第31話 掌の上でした

~~ピオラ~~


「ただいま」


「ピオラ先生!ジュンお姉ちゃんは!?」


「お姉ちゃんはどうなったの!」


 孤児院に戻った私を子供達が出迎える。皆、ジュンが心配だったみたい。


 今回の誘拐が見せかけのもの…茶番だと知ってるのは孤児院の中では私と、もう一人だけ。


 この子達は知らないのだから本気で心配している。当たり前だけど。


「ジュンは無事だよ。白薔薇騎士団が保護してるわ」


「そ、そっかぁ~…よかったぁ」


「じゃあお姉ちゃんに会いに行こう!」


「それはまだダメ。誘拐犯が捕まってないから。今日は皆、外に出ずに中で遊びなさい」


「「「ええ~」」」


 嘘だけど…ごめんね。


 …あれ?


「ジェーン先生、院長先生は?」


「あなたが出て直ぐに教会に行ったわ。何の用かはわからないけど…」


「…そうですか」


 教会…そう言えば、それもあの子は予想してたわね…ここまで予想通りだと、不気味ね。


 あの子、ジュンに対しては偶に私以上に異常な執着を見せるのよね…あ、ジョークが言いたいわけじゃなく。


 子供達を落ち着かせて孤児院の中へ。


 私は、私の部屋に戻る。そこには一人の人物が私を待っていた。


「おかえり、ピオラ先生」


「…ただいま、ユウ」


 今日この日、白薔薇騎士団の作戦を完全に当ててみせた、子供とは思えない知略を持つ、ユウだ。


 私がクリスチーナ達でも、ローエングリーン家でも、エロース教でもなく白薔薇騎士団を選んだ理由もユウが理由。


 ううん、本当の意味で私が組んだ相手はユウ個人。


 何故ならこの子は私よりもずっと賢いからだ。


「その様子だと予想通りに運んだ、でいいの?」


「…ええ、不気味なくらいに予想通りよ。白薔薇騎士団に捕まったジュンが抵抗しないのも、私が宿舎を出るタイミングでローエングリーン家が来るのも、院長先生が教会に行くのもね」


「フンフン…なら、今頃はクリスチーナ達も向かってるかな…私達も行こっか、ピオラ先生」


「え?行くって…何しに?」


「勿論、私達も交渉に参加しに。私一人じゃ入れてくれないから、ピオラ先生も来てくれないと困るのよね」


「交渉って、なんの?。白薔薇騎士団にジュンは保護されたのよ?その白薔薇騎士団に協力する条件として、私は…」


「でも白薔薇騎士団だけでジュンお兄ちゃんの独占は現実的じゃないから。ローエングリーン家だってクリスチーナだって、そこを突いて何らかの譲歩を引き出す…それも白薔薇騎士団のクライネは解ってる筈…既に取引条件を揃えて待ってると思うよ?その交渉の場に立てなきゃ私達は蚊帳の外に出されちゃう。それじゃ困るでしょ?」


 …本当にこの子は何者?いえ、ジェーン先生の子供なのは解ってるのだけど…赤ん坊の頃から一緒に居る私でも信じられない。


 あのジェーン先生の子供にしては賢すぎる…そもそもどうやって情報を得ているのかも謎だし。


「何してるの?早く行こうよ、ピオラ先生」


「…ええ」


 部屋を出て、誰にも見つからないようにユウと二人で孤児院を出る。


 ジェーン先生にだけは書置きを残して。


「ふふ♪」


「…機嫌良さそうね?」


「そりゃあ此処まで予想通りだとね。一番の不安要素はお兄ちゃんの行動だったけど…大人しくしてるって事はお兄ちゃんも今後を考えて白薔薇騎士団に色んな問題を解決してもらおうって考えてるってとこかな~お兄ちゃんも賢いし、それくらいは考えつくと思ってたけど。期待通りね」


 上機嫌に隣を歩くユウを見て思い出す。


 私がユウと組むと決めた理由を。


 それは二年前。まだ九歳のユウが話があると私の部屋に来て、言った。


「このままだと、お兄ちゃんは私達の前から居なくなっちゃうよ」


 と。


 私は慌てて聞き返す。居なくなるとは?いえ、そもそもお兄ちゃんとは誰の事を言ってるのかと。


「勿論、ジュンお兄ちゃんの事だよ。お兄ちゃんを欲しがってる人達は一杯居るから。このままだと私達の手が届かない場所へお兄ちゃんは連れて行かれちゃうの」


 この子は一体何を言っているの?何故、ジュンが男だと知ってるの?まさか、ジェーン先生がバラした?


「お母さんは何も言ってないよ。勿論、院長先生も。でも、私がお兄ちゃんが男だって知ってるのは当然でしょ?一緒に御風呂に入ってたんだし」


 でも、それって四歳になる前にはやめたはず…三歳の頃の記憶が残ってるとでも?


「生まれた日から今日までの事、全部覚えてるよ。私、一度見聞きした事は忘れないの」


 そんなバカな話、信じられない。仮に一度見聞きした事は忘れないというのは認めたとしても生まれた日からなんて…


「お母さんと一緒に、私が孤児院に初めて来た時。ピオラ先生は私が女の子か男の子か聞いたの覚えてる?あと、お兄ちゃんが妹が出来たって言って、ピオラ先生は妹ならいっかって反応してた」


 …………………まさか、本当に?確かに、そんな会話をしてた気がするけど、私でさえうろ覚えな会話の内容を覚えてた?


 それが、本当なら…この子は一体何なの?


 少し…ううん、はっきりと怖いと感じる…


「…?あ、もしかして怖がってる?安心してよ、ピオラ先生。私は記憶力と頭が良いだけの子供だから。何も悪い事は考えて無いし。自分で言うのもなんだけど、善か悪かで言えば善側の人間だと思ってるし~。何よりお兄ちゃんに嫌われたくないもの」


 お兄ちゃんに嫌われたくない…ジュンに嫌われたくない?


「そう。私はお兄ちゃんが大好き。だから居なくなって欲しくないの。だからピオラ先生に協力して欲しいの」


 何故かわからないけれど、ジュンに対する想いは真剣だと理解出来た。だからは私は話を聞く事にした。


 一体どういう事なのかと。


「うん、説明するね。このままだとお兄ちゃんは――」


 ユウは話す。ジュンを男だと知った幾つかの貴族家と組織がある事。いくつかのパターンはあれど、それらが動いた結果、ジュンは私達の前から居なくなる、と。


「一番高い可能性は色々煩わしいと思ったお兄ちゃんが誰も自分の事を知らない、遠い場所へ行って一からやり直そうとする、かな。お兄ちゃんは冒険者をやりたがってるから、それが出来ない環境に陥ったら、何もかも捨てて遠くに行っちゃうかも」


 そんなの…ジュンに出来る訳ない。私達を捨てるなんてジュンに出来ると思えないし、色んな組織の追手を振り切って逃げ切るなんて真似、出来る筈が…


「出来るよ。お兄ちゃんは実はすっごく強いの。白薔薇騎士団どころかアインハルト王国とだって一人で勝てちゃうくらいに」


 …そんな馬鹿な事、あるわけない。でも、どうしてだろう…少し、少しだけ、信じられる気がする、ありえそうな気がする…何故かはわからないけれど。


「お兄ちゃんが偶によくわからない力や知識を持ってるとこはピオラ先生も見て来たでしょ?アレはお兄ちゃんの力のほんの一端に過ぎないの。ほんとよ?」


 確かに見て来た。マヨネーズを造ったり、神子と決闘して勝ったり、何時の間にか魔法が使えるようになってたり…


「お兄ちゃんはその気になれば今すぐにでも遠くに行ける。でも、それは嫌。私はお兄ちゃんと離れたくないの。その為にはピオラ先生の協力が必要なの。だからお願い、協力して」


「……わかったわ」


 それからユウが集めたという情報を聞く。


 動いてる貴族家の中では最も大きな権力を持つのはローエングリーン伯爵家。あのカタリナの家だと言う。


 次に最も強大な組織力と権力が集まった白薔薇騎士団。所属する貴族家の一つ一つはローエングリーン伯爵家に劣る家格の家が殆ど。だけど千人の騎士団員の殆どが貴族だし団長のレーンベルク家は伯爵家になった。副団長のクライネも落ち目と言われているが侯爵家らしい。


 次にエロース教。

組織力という点で言えばエロース教が最も強大に思えるけれど、ジュンの確保…というか保護に動いているのはノイス支部のシスター達だけらしい。むしろジュンの情報を可能な限り漏れないように動いてるし、本部にも報せていないとか。


 次にクリスチーナのエチゴヤ商会。

資金力は一番と言えるかもしれないけど、権力や組織力は心許無い。武力もお抱え冒険者のアム達くらい。


 後は偶然ジュンの事を知った大した事の無い商会や貴族達。これらは無視していいとか。


 …九歳の子供が、どうやってこんな情報を集めたのか?疑問しか湧かないけど、今はいい。


「この中で、一番まともなとこにお兄ちゃんを保護してもらう。その上で、お兄ちゃんが出来るだけ自由に過ごせるように環境を整えて…その上で私達と子作りしてもらうの。そしたらお兄ちゃんは何処にも行けなくなるから」


「……んん?子作り?ユウもジュンと子作りしたいの?」


「当然!ピオラ先生もでしょ?いくら弟扱いしてても血は繋がってないんだし。そのつもりだから、ピオラ先生は神子を利用しないんでしょ?」


 …………本当に九歳なの、この子。


「…それで、具体的にどうするの?」


「それはね———」


 それから、ユウの作戦の説明を聞き。納得した私はその通りに動いた。


 ユウの予測は正しかった。クリスチーナが協力を求めて来る事も、白薔薇騎士団が接触して来る事も言い当てた。


 そして………


「先生!ピオラ先生ってば!着いたよ!」


「え?あ…ええ」


「どうしたの?ボッーとしちゃって。ほら、いこ」


 ユウの声で、意識を目の前の建物に移す。一時間もしない内に戻って来た、白薔薇騎士団の宿舎に。


「やっぱり、来てるね」


「…そうね」


 宿舎の前にはローエングリーン伯爵家の馬車とエチゴヤ商会の馬車がある。


 ユウの言う通りに、クリスチーナ達も来ているみたい。


「ん~…この分だと院長先生も来てるかな?」


「何故?」


「院長先生は見届け人として。エロース教の司祭様も多分一緒に。そっちは交渉に参加するつもりだと思う。うん、良い感じ」


 良い感じって…どうして?このまま白薔薇騎士団だけじゃなくローエングリーン伯爵家やクリスチーナ達にエロース教まで加わったら…結局はジュンは逃げ出しちゃうんじゃ?


「そうならないように交渉するの。それにお兄ちゃんをあらゆる組織から護るにはこちらもそれなりの組織力が必要になる。それこそ、この交渉の場に集まった全ての人間が手を組むくらいしないと」


「なにそれ、聞いてない…って、まさか最初からそれを狙ってたの?」


「うん。この作戦の最終目標はお兄ちゃんを護る大連合の結成。それが出来れば私達の大勝利ね」


 …………今日、此処に集まってる人達は全てこの子の掌の上だった?


 やっぱり、この子怖い…



―――――――――――――――――――――――――――――


あとがき


此処まで読んで頂きありがとうございます。


フォロー・レビュー・応援・コメントもありがとうございます。


異世界ファンタジー週間ランキング100位以内を目標に頑張ってますが壁は高いですね。


これからも応援のほど、よろしくお願いします。

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