第29話 伯爵様も御執心でした
~~アニエス~~
私はアニエス・エヴァンナ・ローエングリーン。
カタリナの母、そしてローエングリーン伯爵家当主だ。
最近、娘が色気づいて来た。もう娘も十五歳。成人だと考えれば少し遅いぐらいなのだが…あのお転婆娘がこうも変わってしまえば感慨深くもなろうと言うもの。
「な、何ですか、お母様。その妙な眼は…」
「いや、なに。あの我儘なお転婆娘が、いっちょ前に色気付きやがって。なんて思ってないぞ?」
「それは思ってるから出て来た言葉でしょう…色気付いてなんていません。あたし…いえ、私ももう十五。成人です。いつまでも子供のままでは居られない。それだけの事です」
「へ~…ほ~」
やたら胸を強調した卸したてのドレスに靴…ティアラまで着けて。
化粧も派手になり過ぎない程度に抑えたメイド達の力作…お前は今から何処のパーティーに出るつもりだ?
「髪型まで変えて…似合ってたのに」
「あ、アレは流石に子供過ぎると思っただけで…」
「しかし、だ。お前は今から我が家で食事でもどうかと誘いに行くだけだろう…本当にその格好で行くつもりか?」
「え?…何か変ですか?」
…まぁ、いいか。昔の我儘っぷりを思えば今の方がいいし。
「恋は女を変える…か。やはりお前は私の娘だな」
「こ、恋?ち、ちがっ…く無いけど、別に私は変わってなどいませんから!」
カタリナを良い方向へ変えた少年…ジュン。
私はまだ会った事が無いが…ゼフラとファリダも絶世の美少年だと言っている。
彼について話を聞いたのは約十年前。
ゼフラがカタリナが負けたと報告して来た時だ。
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「何?カタリナが負けた?握力勝負で?」
「はい。それもカタリナ様と同じ年頃の子供…孤児院の子供に、です」
「…何を言っている?」
カタリナが握力で負けるなど…それも同じ年頃の子供に負けるなど、有り得ない。
我がローエングリーン家の直系の血を引く者は代々、何かしらの力が人並み外れて高い。
ある者は視力だったり、ある者は脚力だったり。
私の場合は聴力で、娘のカタリナは握力だ。
「ああ、握力ではなく腕力で負けたのではないか?腕相撲とかで」
「それだと私も握力と腕力を間違えている事になるでしょう…違います。お互いの手を握って痛いと言った方が負け、という勝負です」
違ったか…その勝負なら確かに握力勝負だが…有り得ない。
生まれたばかりのカタリナが私の指を折りかけたのはまだほんの五年前。
成長して更に強くなったカタリナに握力勝負で勝つなど…しかも孤児だと?
「……その孤児の出自は聞いたか?」
「いえ。何せお嬢様と同じ年頃の子供です。賢そうな子供ではありましたが、自分の生まれの説明が出来るとも…孤児ともなれば心の傷に触れかねませんし」
…確かにな。しかし、考えたくは無いが…
「我がローエングリーン家の血を引く者かもしれん。一度、その孤児院に行って情報を集めて来い」
「ローエングリーン家の?まさか…」
「可能性はある。私にも伯母上や従姉妹連中がいるようにな。いずれかの誰かが、何処かの誰かを襲って孕んだ…エロース教の神子のパターンもあるか」
私の妹…なんてパターンだけは避けて欲しいが…どうかな。
そしてゼフラが持ち帰った情報は私の懸念を解決するものではなく。むしろ助長するものだった。
「…捨て子?」
「はい…だから出自はわからないと。手掛かりも何も無いと…強いて言えば捨てられていた時、高級な布に包まれ、高級なベビー・バスケットに入れられていたくらいだと…」
…嫌な予感が増して行く。しかし、いくらなんでも捨て子などと…そんな外道が我が一族に居るなど考えたくもない…ないが…調べないわけにもいかんか。
「手が空いている者を集めよ。ローエングリーン家の者に子供を捨てた者がいないか、調べる」
「はっ…」
調べた結果、出された答え。その孤児はローエングリーン家の者ではない、という事。
それは良かったが、それならそれで謎が残る。
一体、その孤児は何者だ?と。
「身体強化の魔法を使ったのでは?」
「それで勝てるなら大人の騎士がカタリナ様に負ける筈があるまい。何らかの魔法道具…アーティファクトの類では?」
「孤児院の子供が持っているわけがなかろう!もっと考えて発言せぬか!」
と、家臣達がああでもない、こうでもないと議論しているが…どれも違うだろうな。
身体強化の魔法は初歩的な魔法なので孤児院の子供が使えても、さほど驚きはしないが…その強化率は大した事がない。
子供が使っても大人には勝てないし、大人が使っても握力でカタリナには勝てない。
魔法道具やアーティファクトに握力を強化するものがあったとして、どちらも非常に高価な物だ。
子供に出せる金額ではない。
となると、だ。
「ローエングリーン家とは全く無関係に、ギフトを与えられた者、がもっとも可能性が高い、か?」
「…しかし、ギフトを持つ子供は貴重です。捨て子にする理由がありません」
「だが、それしかあるまい。その、ジュンと言ったか?その子供に他の貴族家が気付いている可能性は?」
「ありません。接触した貴族家はローエングリーン家のみです」
「良し。その子供はローエングリーン家で確保する。他の貴族家が手を出さないように目を光らせておけ」
「「「はっ」」」
ゼフラの話ではカタリナがその子供に御執心らしいからな。
暫く孤児院に行かせておけば友達になり誘いやすくなるかもしれん。
将来的には養子に迎えて貴族籍を与えてやっても良い。
優秀なら、だが。
いくらギフト持ちと言っても孤児院の子供だ。
学は期待出来ないし、剣の訓練も受けてないはず。
教育は我が家に迎えてからになるだろう。
他の貴族家が動かない内はカタリナと遊ばせておけばよい。
そう考えていたのだか…その認識は甘かった。
ゼフラからの報告には驚かされた。
「何?このマヨネーズを作ったのはジュンだと?」
「はい。商業ギルドで確認しました。間違いありません」
「更に…なんだ、ジェンガ?これを作ったのも?」
「はい。これはよく考えられています。シンプルなのに奥深い…確実に流行るでしょう」
マヨネーズだけでも相当な利益になるはず…更にこの玩具もあれば子供では有り得ない財産を持つ事になるぞ。
「いえ、それが…商業ギルドの登録には別の子供、同じ孤児院の子供の名前で登録してるようです」
「何?どういう事だ」
「何でも、クリスチーナという子供は商人になるのが夢らしく…その資金へと、特許で得られた収入の半分をクリスチーナに。残り半分は孤児院の人間全員で分けているようです」
無欲な事だ…貴族には向いていないかもしれんな。
しかし、欲が無いという事は付け入る隙も少ない、か。
それを短所と取るか長所と取るか。難しい所だ。
そして、またある時には…
「エロース教の神子と決闘して圧勝した?なんだ、それは」
「はい。自分が立会人を務めました」
詳細を聞くに…孤児院の子供を気に入った神子が手を出そうとして神子を殴った。
殴ったのではなくデコピン?それで気絶?いくら男とはいえ、情けなっ!
これまでも問題行動だらけだった神子の再教育が決まり、それを無かった事にするため決闘を挑んで負けた、と。
「新しく来たノイス支部の神子は問題児だと聞いてはいたが…想像以上の阿呆だったようだな」
「間違い無く、阿呆ですね。しかも…」
まだあるのか。
エロース教の宝物庫から魔法道具の持ち出し?
それを自慢?阿呆じゃなきド阿呆だったか…いや、それより…
「魔法道具を無効化?どういう事だ?」
「さぁ…申し訳ありません。それについてはさっぱり。本人も、神子も、どうなっているのか解ってない様子でした」
…どういう事だ?まさか、それもギフト?
いや、そんなギフト聞いた事も無いし、ギフトを二つ持っているなんて話も聞かない。
ならば一体…
「…その、神子が使ったという魔法道具はどういう物だ?」
「一つは…リビング・アーマーズと呼んでました。中身の無い、動く鎧という感じの…実際にどういう物なのかは見てませんので、なんとも。もう一つはアブソリュート・フィールドとかいう…何らかの結界を張る魔法道具だと思われますが、それも詳細は不明です」
動く鎧に何らかの結界…ダメだな。結論は出せん。
「…その魔法道具について、調べよ」
「はっ。…しかし、エロース教の宝物庫にあった品です。詳細を調べるには時間がかかるかと」
「構わん。多少の出費も許す。可能な限りの情報を集めて来い」
「御意のままに」
エロース教のシスター達ならば多少は知っているだろう。
司祭も寄付でもすれば口も軽くなって教えてくれるだろうさ。
そう思っていたのだが…情報は一向に集まらない。
エロース教ノイス支部の司祭、シスター共は何も知らない、答えられないの一点張り。
ならば他の支部の連中に、と聞いてみてもノイス支部の連中が手を回したのか、それでも知らないの一点張り。
魔法道具に詳しい者にも聞いてみたが、どうやら宝物庫にあるに相応しい物らしく、完全な一点物。
もしかしたらアーティファクトかもしれないとのこと。
アーティファクト…かつて地上に存在した神族が遺した遺物。
エロース教なら持ってても不思議ではないし、持っているだろうが…そんな物を持ち出したのか?あの神子は。
今頃抹殺されてても不思議じゃないぞ?
結局、魔法道具の詳細がわかったのは一年以上経過してから。
遠いエロース教本部に人をやって、ようやく判明した。
「伯爵様、例の魔法道具に関する報告書ですか」
「ああ………………くくくっ、アーハッハッハッ!そうか、そういう事か!」
「伯爵様?」
まさかジュンという子供は男だったとはな!
それならそれで謎が増えるが…今はどうでも良い!
「おい、今だジュンに近付く貴族家は存在しないな?」
「はっ……あ、いえ、います」
「何?何処だ」
「レーンベルク家…その嫡子です」
レーンベルク?その嫡子…聞いた事があるな。
「まさか剣術大会で優勝した、あの?」
「はい。ソフィア・サリー・レーンベルク。私の妹弟子で今は白薔薇騎士団の新人騎士です。ジュンに剣術の指導を頼まれたようです」
チッ…戦争の気配が強くなって、カタリナが傍に居る時間が減ったからな…失策だった。
「ソフィアはジュンが男だと気が付いているか?」
「……はっ?えっ?お、男?」
…ああ、言ってなかったか。確証は無いが、ほぼ間違いなかろう。
「男…き、気付いてない、と、思い、ます。多分…」
「頼りないな…しかし、戦争が始まれば我々も早々に手を出せん。今、確保してしまえば王家や公爵家に横から掻っ攫れかねん。ギフト持ちで頭も良い美少年など、他所にとられてたまるか。先ずは戦争に勝つ準備。それと平行して他の貴族を黙らせる下地を作り、同時に他の貴族に悟らせないよう動く。忙しくなるぞ!」
「男…」
「大丈夫か、お前…」
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・
とまぁ、そんな事があり。
戦争と平行してアレやコレやと裏工作を行い…戦争が終わる頃には何処から嗅ぎ付けたのか、木っ端貴族や商人が動いているのを潰したりしてる内に、今日まで時間が掛かってしまった。
まぁ、幸いにしてカタリナとジュンの関係は良好のようだし、カタリナも、この数年でガッツリとジュンにホレている。
そうなるように仕向けたのだが…後はジュンがカタリナにホレているか、だが…聞いた限りでは問題なかろう。
カタリナのデカ乳に釘付けだったらしいからな。
我が娘ながら腹立たしいほどにデカい乳してるだけはある。
「チッ」
「お母様?何故、私を見て舌打ちするのです」
「気にするな。さて、そろそろ出発したらどうだ。ジュンが冒険者ギルドに着く前に誘った方が楽だぞ?」
「わ、わかってます。行ってきます」
同じ孤児院出身の冒険者が待ってるだろうからな。
そいつらに邪魔される前に…
「大変です!ジュンが孤児院を出た途端、誘拐されたと報告が!」
「「はっ?」」
ゆ、誘拐だと…何処の阿呆だ!
何にせよ、ローエングリーン家を出し抜くなど…タダではおかんぞ!
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