第21話 頼られました

「どう?三人の様子は」


「ダメですね。出てくる気配はありません。ご飯は食べてるんですけど…」


「そう…」


 孤児院に新たに三人の女の子…猫獣人の子がアム。兎獣人の子がカウラ。赤毛の子がファウ。


 三人ともクリスチーナと同じ九歳。


 ファウは普通の人間の子かと思ったが母親がドワーフで人間とのハーフになるらしい。


 三人の母親もジェーン先生と同じくシングルマザーで、冒険者パーティーを組み、母親三人子供三人、六人で家族同然に暮らしていた。


 しかし、数ヶ月もの間、三人の母親が帰らぬ日が続き…遂にある森にて三人の遺体が見つかったらしい。


 死亡原因は詳しくはわかっていないが魔獣にやられたのだろうと思われる。


 冒険者にはよくある話の一つでしか無いが…母親三人の安否がわかるまで冒険者達の有志で三人の子供は面倒を見てもらっていたのだが、冒険者ギルドで面倒を見るわけにも行かず、この孤児院に来た。


 それが一昨日の話。孤児院で一つの部屋で三人共に入ってからずっと、トイレ以外では引きこもったままだ。


「やっぱり初日にガツンとやり過ぎたんじゃないかなぁ」


「うっ…」


「そうね…完全に怯えてたわね…」


「ううっ…」


 母親を失って落ち込んでるところに道端に正座させて説教だもんな。


 そりゃ心開けって言う方が無理。


「ううっ…ご、ごめんなさい…」


「ピオラ姉さんはジュンの事になるとねぇ…わかるけど。それよりどうする?ご飯は食べてるなら死にはしないにしても、放っておくわけにも行かないよ?」


「そうね…このままは良くないわね。でも…もう暫く様子を見ましょう」


 それから数日。


 三人はほぼ姿を見せる事無く…トイレに行く時すら人目につかないよう、コッソリ行くようになった。


 日中、部屋の中で何をしてるのかもわからないが何かをしているのは確かなようだ。


「台所に置いてある食べ物が減ってるのよね…」


「つまみ食いかな?」


「犯人は…あの三人しかいないよねぇ?」


「もしくはジェーン先生?」


「ちょっとジュン?なんで私?」


「だってジェーン先生ならやりそう…いひゃいいひゃい」


「悪い事言う口はこれかな~?このこの」


 そして更に数日。


 夜中にメーティスが何かに気付いた。


『マスター、マスター。起きてや。お~い』


「…何だよ、まだ真夜中じゃん…」


『どうにも例の三人が何かしよるみたいやで』


 …例の三人?アム達か?


『せや。三人の気配が部屋から消えたわ。孤児院から脱走…いや、家出か?この場合』


 ……は?家出?あんな子供三人が?


『寝惚けた頭が回転して来たか?追い駆けるんなら、急いだ方がええんちゃう?』


 …大事じゃねぇか!?


 慌てて三人の部屋に入っても…メーティスの言う通りに誰もいない。


 三人の荷物も、置き手紙すらない。


 窓は開き、カーテンとシーツをロープ代わりに降りたようだ。


 九歳児の行動力かね、これ…異世界の子供、侮りがたし…


『そんなん言うてんと、はよ追い駆けぇや。放っとけばドンドン離れてくで。わいが誘導するさかい』


 …もしかして捕捉出来てるん?


『もちろんや。デウス・エクス・マキナで現在追尾中や』


 でかした!取り敢えず方向は!?


『孤児院を出て左…王都西門の方を目指しとるみたいやな』


 了解!…って、何で西門?王都から出るつもりか?


『さぁ…もしかしたら三人が暮らしてた家に向かってるんちゃうか』


 …なるほど。元居た家が恋しくなったか。


 いや、計画的に家出してるとこを見ると三人だけで暮らすつもりか。


『何処に向かってるかは兎も角、三人だけで生きて行くつもりなんは確かやろ。だから孤児院から黙って出た…っと、もうすぐ追い付くで。その先、三つ目の路地裏や』


 路地裏って…また危険な。身体強化で追い駆けたかいがあったな。…ん?


「ヒック…うい~…ん~?なんだぁ?ガキ共がこんな時間にこんなとこで何してんだぁ?あ?」


「う、うっせぇな!あんたにゃ関係ねーだろ!どっか行け!酔っ払い!」


「なんだとぉ、こんガキャあ!」


 ああ、もう。言わんこっちゃない!酔っ払いのおっさん…じゃなく酔っ払いのおばさんに絡まれとる!


「痛い目見せて……ぐごぉーぐがぁー」


「…?な、何だよ、寝たのか?おい、ババア」


 取り敢えず、魔法で眠らせておいた。


 さて、お次は…三人を連れ帰るには…うう~ん…魔法で眠らせて連れ帰ってもなぁ…また同じ事しそうだしなぁ。


 しゃあないなぁ…


「よっ!なあにしてんの?」


「うわああ!」「きゃああ!」「ひぅぅぅ!」


 いや、そんな驚かんでも。普通に近付いて、普通に声かけたじゃん?


「て、テメェは…何で此処にいやがる!」


「わ、わたし達を連れ戻しに来たの?」


「……」


 どうやらファウって子は気弱で無口らしいな。ずっとアムの背中に隠れたままだ。


 三人は荷物を背負ってて…多分、くすねた食料だろう。


 本当に三人で何処かで暮らすつもりらしい。


「まぁ、そのつもりだったんだけど…何処にいくつもりなのか聞いていい?」


「「「……」」」


「…三人が以前暮らしてた家に帰るつもり?」


「な、何でテメェが知ってるんだよ!」


 …正解か。気持ちは…まぁ、ね。わからなくもない。


「つ、連れ戻そうたって無駄だからな!」


「わ、わたし達の家に帰るの!帰って、そしたら…」


「…ママを待つの」


 ……そうか、この子達はまだ…母親が死んだ事を受け入れる事が出来ていないのか。


 おそらくは数ヶ月放置されてたであろう母親の死体なんて…子供に見せるわけないしな。


 多分、三人の母親を知る冒険者か冒険者ギルドの職員から、母親は死んだと聞かされただけなのだろう。


 だから母親が死んだ事を受け入れられない、信じられない。


 だから家で帰りを待つ…だけど、それは…無理なのだ。


 様々な理由で。


 だけど…だけど、だ。


「…わかった。取り敢えず家に向かおっか」


「は?お前も来る気かよ!」


「…な、なんで」


「……」


「さっきみたいに絡まれたら困るでしょ?こう見えて私、強いから。家に着くまでは護ってあげる。家に着いてからどうするかは…その時に考えようよ」


「「「……」」」


「ほら、家まで案内して?」


 三人は黙って歩き続ける。


 王都は広い。孤児院は東門に近い方にあるし、子供の足だと…結構時間かかりそうだな。


 夜明け迄に帰らないと大騒ぎになりそうだなぁ…


「あっ…」


「着いた…此処だ」


「ファウ達とママ達のお家…」


 そこは小さな一階建ての家。六人で暮らすには少々手狭に見える、小さな家。そして小さな庭。


 庭には…暫く人が居なかったにしては、雑草もない、綺麗な庭…物干し竿もある。


 …もしかしなくても、これは…


『…マスターの想像通りやろな。もう既に、誰か住んどるわ』


 それは決して、三人の母親では無く…


「よし…あ、あれ?」


「ど、どうしたの、アム」


「か、鍵が開かねぇんだ…どうなって…あっ?」


「誰だい、夜中にガチャガチャ!泥棒かい!…って、子供?」


 中から出て来たのは二十代前半と思しき美人さん…寝てるとこを起こされた事で不機嫌なのか、ちょっと怖い顔してる。


 ただし、ブラジャーすらなく、パンツ一枚で出て来たので目のやり場に困る。


「あ、あんた、誰だよ…」


「んあ?あたしは最近ここに越して来たもんだけど?」


「最近ここに?越して来たって…な、なんだよ、それ…だって、此処はあたいらの家で…」


「ごめんなさい!間違えました!ほら、行くよ!」


「あ、おい!あたいらは間違えてなんか!」


「いいから行くよ!」


「…なんなんだい、全く…」


 女性のぼやきを背に。


 俺達は来た道を戻っている。


 三人は…いや、アムは状況が理解出来ないのか、ずっとブツブツ言ったまま。


 カウラとファウはアムの後ろを黙って歩いている。


「ちくしょう…なんなんだよ、アイツ…なんであたいらの家に…」


「…アム達の家は借家だったんだよ」


 確証は無い。だが間違ってないだろう。もし、アム達の母親の誰かの名義だったのなら、幾ら子供とは言えアム達に無断で売却出来ないだろうし。


「しゃくや?…って、なんだよ」


「君達のお母さん達が、お金を払って誰かから家を借りてたんだ。でもお金を払ってたお母さん達が居なくなって、アム達も居なくなって、新しい人…さっきの人に貸したんだ」


「な、なんだよ、それ…じゃ、じゃあ、あそこはもうあたいらの家じゃねえのか?」


「……うん」


「…お母さん達の家でもないの?」


「……うん」


「…ママ達は…帰って来ないの?」


「……うん」


「なんだよ、それ…なんだよ!それ!」


「う、うぅ…」


「ま、ママぁ~」


 …三人はそこで歩みを止めて、しゃがみ込み…泣き出してしまった。


 九歳の子供には辛い現実だと思う。


 だけど…


「今は帰ろう?孤児院が今はアム達の家なんだ。だから…」


「…いやだ!帰らねぇ!」


「…どうして?今は他に帰る場所なんて…」


「でも!母ちゃんが言ってたんだ!もし、わたしらが居なくなったら、三人で力を合わせて生きていけって!」


「だ、たから、わたしは、わたし達は…」


「……ひっく…ぐすっ」


「…そっか。でも、それは決して他人を頼るなって意味じゃないと思うよ。もっと周りを頼っていいんだ、君達は」


「…他人を、頼る?」


「「……」」


 アム達のお母さん達は、きっと…


 苦しい時、辛い時、悲しい時、そんな時も、そんな時こそ三人で力を合わせて生きていくように言ったのだろう。


 決して他人を頼らず生きていけという意味ではないはずだ。


 他人を全く頼らず生きるなんて…誰にも出来ないのだから。


「た、頼ってもいいのか?」


「うん」


「…だ、だれを?」


「孤児院の皆…院長先生に一応ジェーン先生。ピオラお姉ちゃんにクリスチーナも。特にクリスチーナはアム達の事、すごく心配してたよ。境遇が似てるからね」


 クリスチーナも家族を魔獣によって亡くした。


 きっと、誰よりも三人の気持ちを理解出来ただろう。


「お、お前も頼っていいのか?」


「勿論。さっきも言ったけど、私って結構強いし勉強だってそこそこ出来るんだぜい」


「ぅ…うわぁぁぁ」「ぐすっ…ぁぁあああ~」「わぁぁぁぁ」


 それから三人は泣き声聞いた衛兵が駆けつけるまで泣き続け…衛兵に連れられ孤児院に着くまでも泣き続け。


 夜明けと共に帰った俺達を、院長先生は優しく抱きしめてくれて…そこでまた三人は泣き続け、泣きつかれて眠った。


 そして、それから一ヶ月。


 三人は孤児院の皆と仲良くなった…のは良い。


 それは良いんだ…しかし…


「なぁなぁ、ジュン~、ここわかんねぇんだ。教えてくれよ~」


「わたしも~。あと、ここと、これも~」


「…背中、かゆい」


 何故かアム達は…俺にばかり頼ってくる。


 いや、そりゃね?頼っていいとは言ったよ?


 でもね?限度ってもんがあるじゃない?


 勉強だけじゃなく、身体拭いたり、髪の毛乾かしたり、トイレに付き添ったり…おかんとちゃうんやで!


『ハッハッハッ!ええやん。引きこもってた時期をおもたら。おかん役、頑張ったらええやん』


 いや、でもさ、ますます訓練の時間がね?


「「「ジュン~!」」」


 ああ、もう!


 どうしてこうなった!

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