第19話 高スペックでした

「来たわね!さあ!早速勝負よ!」


「やだよ。何でだよ。帰れよ」


 朝も早うからカタリナが孤児院にやって来た。朝から

元気なやつ。


「何で断るのよ!ちゃんとあたしに従いなさいよ!」


「従う理由が無いし。大体もうロールパンは無いぞ」


「ロールパンはもうどうでもいいのよ!あたしが負けたままなんて許されないからよ!だから勝負よ!」


「あ、前回は負けたの認めるんだ」


「間違えた!負けてない!引き分けよ!」


 え〜…めんどくさ。大体、お供はどうした?


 前回の従者と護衛の騎士は来てないのか?


「これは我が主からのお詫びの品です」


「お嬢様が大変ご迷惑を…」


「いいえ。子供達は気にしていないようですし、お気になさらずとも大丈夫ですよ」


 …お嬢様ほったらかしにして、院長先生と何やら話してらっしゃる。


 手土産を渡している所を見ると、勝負勝負と息巻いているのはお嬢様だけらしい。


「何だか騒がしいね、一体どうし…あぁ、この間の」


「あ、カタリナちゃん…だっけ?」


「それってジュンに泣かされた子?」


「だ〜う」


 カタリナの騒がしい声が聞こえたのだろう。


 ピオラ達も集まって来た。


 しかし、ジェーン先生。俺に泣かされたとか止めてください。絶対ムキになるんだから。


「泣いてない!良いからサッサと勝負するわよ!今日は勝つんだから!」


「…はぁ~」


 なんか、もうサッサと勝負して終わらせた方がいいか。


 で、ワザと負けよう。それで満足するだろ。


「あたしが勝ったらあんたはあたしの下僕よ!」


 負けられない闘いが此処にある…!


 い、いや、まだ受けると決めたわけでは!


「因みに君が勝ったらお嬢様の今月のお小遣いは全て君の物だ」


「なんでよ!?」


「お母様からの御指示です」


「ぐぬぬぬ…お、お母様の…」


 ふむ…お小遣い全部か。子供とはいえ、相手は金貨を簡単に渡せるような家の子。


 ならお小遣いも結構な額なんだろうが…残念だったな!マヨネーズの御蔭で定期的に入って来るお金がある以上、子供のお小遣い程度でなびいたりはせん!


『こないだは金貨一枚で簡単に食いついたくせに…』


 あーあーきーこーえーまーせーん!


「で、でも!この前、金貨渡しちゃったのに、今度はお小遣い全部なんて…あたしのお金無くなっちゃうじゃない!」


「おや?もう負けるつもりなので?」


「負けないわよ!でも…そう!もしもの時のためよ!」


「ならばお嬢様も勝った時の要求など、しなければいいでしょう」


「勝っても負けても何も無し。それなら公平です」


「ぐっ…わ、わかったわよ…」


「聞いた通りだ。勝とうが負けようが君にも孤児院にも何も要求はしないから、お嬢様と遊んで欲しい」


「良かったですね、お嬢様。初めて歳の近いお友達が出来て」


「遊びに来たんじゃない〜!」


 …こいつ、友達いないのか。まぁ、わがままだし…いや、子供なんて大体わがままか。


 仕方ない、遊んでやるか。


「それで?何して遊ぶの?」


「だから遊びじゃないわよ!勝負よ、勝負!」


「はいはい、勝負ね。何の勝負?」


「…今日は絶対にあんたを泣かせてやるんだから!今日は剣で勝負よ!」


「剣?」


 剣で勝負…チャンバラか。木の枝とかでやんのかな?


「安心しなさい!ちゃんとあんたの剣も用意してあるわ!」


「ジュン君だったね、これを」


 騎士の女性が木でできた模造刀…木剣を渡してくる。


 子供用なのだろう、騎士が持つ剣よりも見た目ではっきりわかるくらいに短い。


「これでチャンバラやるのはいいけど…どうやって勝敗を決める?」


「チャンバラって何よ…先に相手に一撃を入れた方の勝ちよ!頭でも足でもいいわ!」


「そ、そんなのダメ!危ないよ!」


 勝負の内容を聞いていたピオラが俺をカタリナから引き離そうと抱きしめて来る。


 まぁ、木剣といえど頭に一撃はなぁ。確かに危ないか。


「安心してくれ。この木剣、実は魔法道具でね。どんなに力を込めても、紙束で叩かれた程度にしか感じないように出来ているんだ。これで怪我をすることは無い……あぁ、いや。眼を狙うのは禁止で頼むよ」


 へぇ〜魔法道具。そりゃ大事なお嬢様に怪我させるわけにも殺人をさせるわけにも行かないだろうしね。


 それくらいは考えるか。


「納得したわね?じゃあ始めるわよ!」


「待った待った。流石に屋内じゃダメ。庭に出よう」


「庭?なんでよ?家じゃいつも部屋で練習してるわよ?」


 …ぶ、ブルジョアめ。ナチュラルに家の中に剣の練習が出来る設備があるって言いやがった。


「でも確かに此処じゃ狭いわね…良いわ、庭に出るわよ」


「…狭くて悪かったね」


「す、すまないな…」


「あれでお嬢様には悪気は無いんです…許してあげてください」


 あれで悪意有り有りなら性悪もいいとこだ。早急な矯正が必要…いや、今も大概か?


「庭も家の部屋より狭いけど…さっきよりはマシね。我慢してあげるわ」


「……」


「いや、すまん、ほんとすまん」


「帰ったらお嬢様にはキツく言っておきますので…」


 ふっ…いいさ、相手は子供。子供の言う事にいちいち怒ってられないさ。


『そうそう。その通りや。此処はサラっと流すんが大人やで』


 フッ…わかってるさ。此処は大人の余裕ってもんを…


「さぁ、やるわよ!かかって来なさいチビ!」


「だれがチビじゃ!どう見ても俺の方が背高いじゃろがい!」


「何言ってんのよ!あたしの方が高いし、あんた年下でしょ!あたしは五歳!もう立派なレディなんだからね!」


「同い年じゃねーか!五歳で立派なレディならピオラとクリスチーナだって立派なレディになるやろがい!」


『…うおお〜いマスター…落ち着きぃや。大人の余裕はどこ行ったんや〜』


 いいや!いくら子供でも言って良い事と悪い事があるっちゅう事を教えてやらんといかんけん!


『なんや言葉使いがえらい乱れとるけど…迂闊な事言うと後が怖いで』


 あ?後が怖いって何の事…ん?


「ジュン〜…私の事はお姉ちゃんって呼びなさいって言ってるよね〜?あと、俺じゃなくて私でしょ!」


「それより今の言い方だと、ジュンは私達を立派なレディだと思ってないようだね。どういう事か、じっくり話そうじゃないか」


 …しまった、ついうっかりピオラと呼び捨てにしていた。


 クリスチーナは…アレか、美人だ美人だと言っておきながらレディ扱いしてないのはどういうわけかってか?


 いや、不本意ながら俺は女の子って事になってるし?二人をレディ扱いしなくても良くない?


「もう!いいからやるわよ!あたしが勝ったらあたしは立派なレディだと認めなさいよね!」


「じゃあ、俺…じゃなくて、私が勝ったら私の方が背が高いって認めろよな!」


『マスター…もしかしてチビって言われたんが腹立つんか?』


 いや、だってどう見ても俺の方が高いじゃん?!


『そうかぁ?同じくらいちゃうん?』


 いやいや、靴見ろ靴!俺のより厚底だし踵も高いじゃん!それで同じくらいなんだから、絶対に俺の方が高いって!


『ああ、うん…そやねぇ…でも…細かっ!』


「何よそ見してんのよ!」


「うわっ!」


 メーティスのツッコミに対応してたら、いつの間にか距離を詰められてた。


 寸でのところで躱せたけど、剣を練習してると言うだけあって、五歳にしては鋭い突き…なのかな?


「よく躱したわね!でも、いつまで躱せるかしら!」


 ふむ…いつまで躱せるか、ね。いいだろう、挑戦してやろうじゃないか。


『ん?躱すだけで、攻撃はせえへんの?』


 考えてみれば神様が用意したこの特別製ボディのスペック…特に運動面がよくわかってないしな。


 今まで魔法の訓練ばかりで体力トレーニングすらしてないし…いい機会だ。


 同じ五歳児と比べてどのくらいなのか測ってみるとしよう。


『了解や。なら、身体強化の魔法は禁止やで。負けたところで大した事ないんやし』


 ………お、おう。


「ぐぬぬぬ…なんで当たらないのよ!大人しく当たりなさいよ!」


「それじゃ勝負じゃないじゃん」


 カタリナは始まってからずっと木剣を振り続けてる。


 その太刀筋が素晴らしいのかと言われれば…多分、そうでも無いんだろう。


 僅か数分で、もう当たる気しないし。完全に見切れたと思う。


 …いや、そう思える事こそが、特別製ボディの御蔭なのか?


『そうやな…それであってると思うで?マスターの身体は動体視力も学習能力も高いしな。子供の剣くらい、直ぐに見切れるようになるわ』


 そ、そうか……うん、よし。近いうちに体力トレーニングと剣術…いや、何らかの武術を練習しよう。


『ん?そらかまわへんけど…急になんで?』


 いや、ほら…なんかアレじゃん?神様にもらった特別製ボディの御蔭で強いっ言われたら否定出来ないし。


 多少なりと否定出来るように…少なくとも努力はしたと言えるようにしときたいと言うかなんと言うか…


『…ははっ、ええんちゃう?マスターの身体は特別製ってのはどないしようも無いけど、努力するんはええこっちゃ。応援するで』


 応援だけじゃなくサポートも頼むぜ、相棒。


『了解や。んで、取り敢えずやな…そろそろ気付いたりぃや』


 …ん?そう言えばカタリナは?


「あっ」


「うっ……グスッ…なんで当たってくれないのぉ…」


 メーティスと会話してる間も躱し続けていたのだが…いつの間にかカタリナはコケていた。


 立ち上がらない所を見ると、足でも捻ったか?


「此処までかな…お嬢様、帰りましょう」


「い、嫌よ、だって、まだ決着が…」


「また今度にしましょう。という訳だ、ジュン君。また来るから、お嬢様と遊んであげて欲しい」


「遊んでるんじゃない〜!」


「はいはい。先ずは帰って足の手当てをしましょう。足、痛いんでしょう?」


「う、うぅ…」


 未だ駄々をこねるカタリナを騎士は抱き上げて、三人は帰って行った。


 また今度…つまりはまた近いうちに来るらしい。


『ま、来るやろな、あの様子やと。で、マスターの運動能力は現時点でもかなり高いと言っていいやろ。体力的にも。自分で気付いてないやろけど、息切れすらしてないで?』


 お、おう、確かに。まだまだ全然元気だわ。


『やろ?まぁ、マスターの地獄は今からかもしれんけど…』


 んあ?何の話し…お?


「さぁジュン。お説教の時間よ」


「私達はもう立派なレディだと証明してあげようじゃないか。ついでにジュンも立派なレディにしてあげよう」


 い、いや、それ無理じゃね?レディとしての教育なんて受けてない二人に…あ、ちょ、いやー!

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