第17話 泣かせてしまいました

「ほら、とっととあたしにロールパンを寄越しなさい!」


 異世界に転生して初の貴族?と思しき人物との接触だが…中々にめんどくさそうな子に絡まれてしまった。


 従者の人達はまともそうなんだけど…なんとかしてくれません?


「…あ~…こほん。お嬢様、お嬢様」


「何よ、うるさいわね!」


 俺の視線に気付いてくれたのか、従者の女性がお嬢様とやらを説得してくれるようだ。


「いくら相手が平民といえど、御金を出して買った物を寄越せはないですよ。せめて売ってくださいとか、いくつか分けてもらうとか…」


「なんでこのあたしが平民なんかに御願いしなきゃいけないのよ!」


 あ~…ダメだ。典型的な我儘お嬢様だ。


 …ん?


「奥様がいつも仰ってる事をお忘れですか?」


「…お母様が言ってる事?」


「そうです。奥様はいつも――」


 従者の人が俺達とお嬢様の間に立ち、背中に回した手で『行け』と合図してる。


 護衛の騎士も俺達がお嬢様から見えないように壁になる位置に移動してくれている。


 …慣れてるんですね?こういう事に…


「(ピオラお姉ちゃん、クリスチーナ、行くよ)」


「(…え?いいの?)」


「(構わないんじゃないかな。このまま此処に残っていてもパンナさんに迷惑なだけだしね)」


 その通りなので、さっさと出よう。去り際にパンナさんをチラッと見ると苦笑いを浮かべながらも見送ってくれた。


「どこの誰だったんだろうね、あの子」


「さぁ…貴族かと思ったけど、店の前にあった馬車には家紋が無かったよ。どこかの商会のお嬢様じゃないかな?」


「そんなのよく見てたわね、クリスチーナ」


 商会のお嬢様に騎士の護衛とか付いてるかな…御金さえだせば雇えるものだろうか?


「さて、それじゃ気を取り直して…次は何処に行く?」


「はいはい!私、市場に行って甘いお菓子買いたい!」


「市場か…いいんじゃないかな。色んなものが売ってるし、市場調査にはうってつけだね」


「じゃ、次は市場へ行こっか」


 しかし、市場に甘いお菓子ってあるかな?野菜とか果物とか魚とか、加工前の物がメインに売ってるイメージなんだけど…あ、屋台で何かあるかな?


「ちょっと待ちなさいよ!」


「うわ、また出た…」


 大きな声に振り返ると、さっきの女の子が居た。


 息を切らしている処を見ると、馬車に乗らずに走って追いかけて来たらしい。馬車も見当たらないし。


 俺達が何処に向かったかもわからなかっただろうに。なんでそんなにご執心なの?


「話の途中に居なくなってんじゃないわよ!あたしを無視なんかして…どうなるかわかってんの!?」


「いや、わかんないけど」


 何せ、おたくが何処の誰様なのか存知あげませんし?


「何でよ!…って、そう言えば名乗って無かったわね。いい?よーく聞きなさい!あたしの名前はカタリナ・ロー…」


「お嬢様!」


 遅れて登場した従者と騎士の内、ずっと無言だった騎士の女性がお嬢さんの名乗りを遮って、怒ったような顔をしてる。


 その顔を見て、ビクッとしたお嬢さんを引き寄せ、何かコショコショと話をしてる。従者の女性はこちらに頭を下げてる。


 その間に逃げようかとも思ったが、また追いかけて来そうなので、話が終わるのを待った。


「…よろしいですね?お嬢様」


「わ、わかってるわよ…ま、待たせたわね!あたしの名前はカタリナよ!覚えておきなさい!」


「あ、うん…ええっと…俺…じゃなくて、私はジュンです」


「ピ、ピオラです」


「クリスチーナだ」


 名乗られたので名乗り返したが…今後も絡まれる危険性を考えたら、名乗らない方が正解だったかな?


『いやぁ、無駄ちゃうか?あのお嬢ちゃんが貴族やろうが大商人の娘やろうが、御金さえ払えばマスターらが孤児院の子供って事くらい簡単に調べられるやろ。個人情報の保護なんて概念、ザルやしなぁ、この世界』


 出来るだけ穏便終わらせたいが…かといってタダでパンを渡したくはない。てか、お金持ちの娘さんなら、ロールパンごときでそこまでむきにならんでも。


「あたしはね!欲しいと思った物は必ず手に入れるのよ!だからあんた達!そのパンを賭けてあたしと勝負しなさい!」


「嫌だよ」


「何で断るのよ!」


 何でも何も…俺達に何のメリットも無いじゃん?そんなの受けるわけが――


「むぐぐ…あ、あたしが負けたら金貨一枚払うわ!」


「勝負の内容を聞こうじゃないか」


「ジュン…」


「ジュン、金貨は私に投資してみないか?」


 ピオラは呆れて、クリスチーナはもう勝った気でいるらしい。勝ったとしても金貨は山分けだぜ?


「勝負は…そうね、握力勝負よ!お互いの手を力いっぱい握って先に痛いって言った方が負けよ!」


 …握力勝負?なんか女の子が選ぶ勝負方法としては変な気がするが…短剣を挿してるとこを見ると鍛えてる己に自信があるってとこか?従者と騎士の納得しつつも呆れた顔が気になるが。


 フッ…しかし、残念だったな、少女、いや幼女よ。


 君の眼の前に居るのは女の子では無く男の子なのだよ。しかも身体強化のエキスパート。


 現実を知り己が無力を知るがいい!


『うわぁ…マスター身体強化使うつもりなん?大人気無さすぎへん?』


 これは教育なのだよ、メーティス君!誰彼構わず喧嘩を売るからこうなるのだとな!


『喧嘩て…パンが欲しいって可愛い理由やん…まぁ、タダで渡すわけにもいかんねんから、しゃあないねんけど』


「で?そっちは誰が勝負するの?そっちのあんた?」


「いや、お…私だ」


「ジュン!?勝負ならお姉ちゃんがやるよ!」


 いやいや…どう見ても相手のカタリナ嬢は俺と同い年くらいだし。


 十一歳のピオラお姉ちゃんが相手は不公平でしょ。


「で、でもぉ~…負けたらパンが…」


「フフン。あたしは相手が誰でも構わないわよ?なんなら大人を連れて来ても構わないわ」


「凄い自信だな…いいからやるよ」


「フン!すぐ後悔させてやるんだから!」


 お互い右手を差し出し、握手をする。


 言うだけあって中々強い…いや、強すぎない!?なんだこれ!?


「フフン…顔が歪んでるわよ?随分面白い顔ね?サッサと負けを認めたら?」


「いや、全然?全然平気ですけど?」


「あらそう?言っとくけど、あたしはまだ全然本気じゃないわよ?本気だったらあんたの手はとっくに千切れてるんだからね?」


 骨が折れるんじゃなくて千切れるのかよ!流石にハッタリだろ!


「君、お嬢様の言ってる事は本当だ。早く降参した方がいい」


 マジで!?騎士さんが認めちゃったよ!?


「くっ…クックックッ…」


「な、何よ…変な笑い方して…」


「ジュ、ジュン~…」


「頑張りたまえ、ジュン!君は出来る子だ!」


 いいだろう!子供だと思って何だかんだ手加減してやろうと思っていたが!


 俺の真の力を見るがいい!


「…え?な、なんで…」


「フ、フフフ…どうかした?顔が歪んでるぞ?」


 身体強化魔法ON!ここからが本当の勝負だぜ!


「こ、この…!あ、あたしが本気だせばあんたなんて、簡単に…」


「へ~?ほ~?なら本気出せば~?言っとくけど、私もまだ本気じゃないんだからね~?」


『マスター…大人気ないで…』


 だまらっしゃい!相手は子供!だが俺も子供!だから本気でも問題無し!そもそもこっちは若干生活が懸かってるからな!


 負けるわけにいかないんだから多少本気出しても問題なかろうて!


「う、うう…な、なんで…あたしが本気出してるのに、なんで…なんで…」


「いや、泣くのはやめてくれる!?泣く程ならサッサと負けを認めてよ!」


 泣くのは反則だろう!自分から勝負吹っ掛けて負けそうになったら泣くとか子供かよ!


 あっ、子供か!


「グスッ……あ、あたしは負けてないんだからね!覚えてなさいよ~!!うわあああああん!」


「あ、ちょっと!」


「お嬢様!?待ってください!」


 結局最後まで痛いとは言わず、負けも認めず去って行った。なんか、ただ女の子を泣かせたみたいになっちゃったじゃん…


『実際にそうなんちゃうか?マスターは女泣かせになるとはおもとったけど、まさか幼女を泣かせるとは…』


 やめい!罪悪感を上乗せするんじゃない!


「えっと…すまなかったな、君達。お嬢様が迷惑をかけた」


「あ、いえ…」


 従者の女性はお嬢さんを追いかけて行ったが騎士は残っていた。


 そして懐から取り出し、渡してくれたのは金貨だ。


「…いいんですか?」


「構わない。お嬢様が言い出した事だし、勝ったのは君だ。しかし、驚いたよ。まさかお嬢様が負けるとは…私でもお嬢様の握力には敵わないというのに」


 …手が千切れるって言うのは本当にハッタリじゃないんですね?それがわかっててよく握力勝負なんて認めたな。


「だからこそ、お嬢様に勝った君の事が知りたいな。君はジュンと名乗っていたな?君達は何処の子なのかな?」


「あー…私達は孤児院の子供です」


「…そうか、孤児院の…なら、そのパンはさぞかし大事だろう。本当にすまなかったね。それでは、失礼する。これでも護衛なのでね。あまり離れるわけには行かないんだ」


「あ、はい…」


 騎士の女性は手を軽く振ってから、走って行った。多分、馬車に戻ったのだろう。


「…ハァ~…もう!ジュンってば!勝ったから良かったけど、負けたらどうするつもりだったの!」


「私はジュンが勝つって信じていたよ。しかし、あの女の子は本当に握力で大人の騎士に勝てるのかね?」


 …勝てるだろうな。本気を出す前の握力でも並の大人より強かったんじゃないか?


 落ち着いて考えてみれば、謎な握力だな。


『確かに謎やな。もしかしたらギフトってやつかもなぁ』


 ギフト?生まれながらに持った才能って事か?


『まぁ、そんなとこや。実際のとこはわからんけどな。ただ、この世界にはそういうわけわからん力を持った人間が少なからずおるらしいで?』


 あの子の場合は握力の異常な強さがそれにあたるって事か…通りで自信たっぷりだったわけだ。


「それよりもジュン。その金貨はどうするつもりかな?」


「あ!そうだよ、金貨を貰ったなんて…院長先生になんて言おう…」


「そこは正直に事情を説明するしかないだろうね。で、使い道だけど…私に投資しないかい?この未来の大商人クリスチーナに!」


 投資って…そう言えばこの間投資の事を教えたっけな。八歳の女の子に投資とか…ギャンブルすぎるだろ。


「チェッ…じゃあどうするんだい?」


「金貨一枚分のお菓子なんて買ったら虫歯になっちゃうよ…どうしよう…」


 誰も金貨一枚分のお菓子を買うなんて言ってませんがな…でも、さてな…どうするべか~。




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あとがき


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