第16話 絡まれました

「おはよう、ジュン。朝から私は美しいだろう?」


「ああ、うん。おはよう。そだね。美しいね」


「うんうん、そうだろうそうだろう」


 クリスチーナを元気付ける事に成功して一年…アレからずっとこの調子である。


 七歳の…いや、八歳の女の子のセリフでは無い、というのはクリスチーナ以外の共通意見だが、修正しようとはならなかった。


 これでも孤児院に来た当初よりはマシだからである。


 …多分、きっと、マシ。


『まぁ、マシやろ、うん。ええんちゃうか』


 責任者のメーティス君のお墨付きも出たので、この件は終了である。


『え。いつからわいが責任者になったんや?クリスチーナの件はマスターが責任者やろ?』


 さて、クリスチーナが八歳になったという事は、俺は五歳になったという事。


 五歳になったら王都に出かけてもいいと、以前からの院長先生との約束があったのだ。


『無視すんなや!ちょ、なんでわいが責任者?ちょっとっ』


 まぁまぁ、過ぎた事に拘ってたらビッグになれないよ、君。


 前を向いて生きようじゃないかっ。


『…マスターがそれ言う?はぁ…もうええわ。ほんで?今日出掛けるん?』


 うむ!御金は無いが、街を見て周るだけでも楽しかろう。なんせ異世界だからな!

五年間、ほぼ孤児院の中で過ごして…偶に隣の教会に先生達と行くだけだったからな。


 俺が男の子だってバレないよう細心の注意を払ってくれてるのはわかるが、やはり孤児院の中だけで過ごすというのは息がつまる。


 何気に、今日という日をかなり楽しみにしていたのだ!


『ま、それはわかるわ。ワイも楽しみやしな。ほな早速行こうや』


 うむ!ではいざ、王都!


「どこ行くの?ジュン」


「街に出るならもう少し待ちたまえよ」


 …出発直前に玄関でピオラとクリスチーナに捕まってしまった。


 なんだよ、早く行かせてくれよ。何気にワクワクが止まらないんだよ。


「そんな恨めしそうな眼で見ないでよ…お姉ちゃんにだって準備があるんだし」


「私も王都の街をじっくり見るのは初めてなんだ。だからジュンが楽しみにしてるのはよくわかるんだが…少し落ち着いたらどうだい?」


 …準備?私も初めて?え?何、その私達も一緒に行くかのようなセリフ。


「…二人も行くの?」


「当たり前でしょ?初めて街に出るジュン一人で行かせるわけないじゃない」


「……OH,NO!」


「…ジュンは妙な驚き方するね」


 …まぁ、考えてみれば当然か。そりゃ五歳の子供を一人で街に出さないわな。それも初めてなんだから尚更。


「待たせたわね……ジュンはどうしたの?」


「…なんでもない」


「…そう?じゃ、ピオラ、これ」


「なあに?」


「これで明日の朝食のパンを買って来てちょうだい。人数分、好きなパンを買って来ていいわよ。おつりは三人のお小遣いにしていいから…きゃっ」


「院長先生大好きー!」


 まさかの軍資金!やはり少なくても御金があると無いとでは街の探索は楽しさが違う!


「…ああ、そうね、そうだったわね…ジュンはまだお買い物をした事が無かったわね」


「うん!」


 物価や御金の価値なんかはメーティスに聞いて知ってはいるが、やはり実際に買い物をするのが一番だし、楽しい。


 今回は多分、数百円程度のお小遣いだろうけど全然OK。


 遠足のオヤツは三百円まで!という厳しい縛りの中で買い物をした経験を活かす時!


「ごめんね…もっと早くに連れてってあげれば良かったわね。でも…」


「全然気にしてないよ!ありがとう、院長先生!行ってきます!」


 多分、院長先生は本当ならもう少し俺が大きくなってから外に出したかったのだろう。


 もう少し、自分で色々な判断が出来るようになる年齢まで。俺が男だと周りにバレないようふるまえる年齢まで。


 しかし、ずっと孤児院の中で過ごさせるのも不憫。俺を男だと知らないクリスチーナも来た事だし、五歳になったら、と許可をくれたのだ。


「三人共!一人になっちゃダメよ!あまり遅くならないうちに帰りなさいね!ピオラ!二人を御願いね!」


「うん!二人共、お姉ちゃんから離れたらダメだからね!」


「わかっているよ、ピオラ姉さん。ジュンは私と手を繋ごう」


「え、いや…」


「あ、私も繋ぐ!ジュンは真ん中ね!」


「え~……」


 …仕方ない、か。女の子に手を引かれて歩くとか…ロリコンからすれば血涙もののシチュエーションだろうな。


「さて…先ずは何処に向かう?ピオラ姉さん」


「そだね、先ずはお使いを済ませちゃおっか。パン屋さんは、こっちだよ!」


 ピオラの先導で王都を歩く。


 聞いてはいたが、やはり道を歩いているのは女性ばかり。男性は子供も年寄りもいない。


 露店や、窓から見える店内で働いているのも女性ばかりだ。


 おっと、アレは…馬車だ。しかも、お貴族様のっぽい。


「貴族様の馬車だね」


「わかるのかい?ジュン」


「初めて見た筈なのに、よくわかるね~」


 馬車から出て来たのは、やはり女性…今の俺と同い年くらいの女の子だ。ちょっと、お高そうな服飾店に入って行った。従者と護衛と思われる騎士も入って行ったが、全員が女性だ。


 どうやらこの世界に執事のセバスチャンは存在しないらしい。


「…残念無念」


「何が?」


「そろそろ進まないかい?良いパンが売り切れてしまうよ?」


 クリスチーナに促しに歩みを再開。


 ついついキョロキョロとしながら歩いてしまうのが可笑しいのか、どうも周りから見られている気がする。


「ジュンが可愛いからだよ~」


「え?俺…じゃなくて、私?クリスチーナじゃなくて?」


「うむ。私も美しいが、ジュンも負けていないぞ。二人そろって注目を集めているんだろう」


「…ならお姉ちゃんも可愛いでいいじゃないの」


 ピオラがちょっと拗ねてしまったが、本当になんでだろう?今の俺は傍から見て直ぐに男の子だとわかるような恰好ではない筈だが。


 この世界の五歳の女の子と男の子の服装の違いなんて、安物の服か高価な服かの違いでしか無いし。


『それはアレやな。マスターから出とるフェロモンが原因やな』


 ……フェロモン?


『この場合は発情、興奮を誘発させる性フェロモンのことでやな――』


 そうでなくて!五歳の子供がフェロモンとか出してるわけなくね?


『そこはそれ。女神様による特別製ボディやからな。一般男性とは比較にならんフェロモンがマスターからは出とるわけや。加えて、この世界の女は男慣れしとらん奴ばかりやからなぁ。ちょっとフェロモンにあてられただけで敏感に反応するっちゅうわけやな』


 なんじゃそら!そんなんじゃ迂闊に出歩けないじゃんか!何とかならないのか?


『なるで。わいはマスターの身体をある程度のコントロールも出来るからなフェロモンを抑えるくらいわけないわ。ほら、抑えたで』


 すると、確かにこちらを見る人が減った気がする。


 マジでフェロモンが原因なんかい…


「着いたよ。ここがいつも買ってるパン屋さん」


「『パンナのパン屋さん』…ジョークのつもりなのかい?」


「…それ、中で言っちゃダメだよ?本名なんだから…」


 つまりこの店の店長の名前はパンナさん…自分で付けた店名ならその程度のイジりは覚悟の上じゃない?


「いらっしゃ~い…おや、ピオラじゃないかい。今日は一人じゃないんだね?」


「うん!孤児院の妹達だよ!今日が初めてのお出掛けなの!」


 店に入った俺達を出迎えたのは少々豊満…ちょいぽっちゃりな肝っ玉母さんといった感じの中年女性。


 アレだ、某アニメ映画で魔女をバイトに雇ったパン屋の奥さんっぽい。


「そうかいそうかい!じゃあサービスしないとねぇ!あたしはパンナだよ、よろしくね、お嬢ちゃん達!」


「私はクリスチーナだよ。私も将来は商人になりたいんだ。色々質問させて欲しい」


 勉強熱心だね、クリスチーナは。この一年、みっちり勉強して来たのにまだまだ学ぶつもりらしい。


「アッハッハッ!まだちっさい子供なのにもう働く事考えてるのかい?偉いねぇ!で、そっちのお嬢ちゃんは?…嬢ちゃんでいいんだよね?」


「はい、ジュンです。初めまして」


「これはまた礼儀正しい子だねぇ!そうだ、これ食べな!」


「わー!ありがとう、パンナさん!」


「感謝するよ、パンナさん」


「ありがとうございます」


 日本人気質が残ってる俺は初対面な人にはつい子供らしくない丁寧な挨拶をしてしまうが、それが気に入ったのかパンナさんは飴玉をくれた。


 見た目通り、気の良いおばちゃんらしい。


「それで、今日は何を買いに来たんだい?いつも通りに食パンかい?」


「ううん、今日は好きなパンを人数分買っていいって言われたの。だからちょっと相談させてね!」


「そうかい!ならオススメはロールパンだよ!今日はまだ売り切れてなくてね!」


 どうやらこのお店の人気商品はロールパンらしい。一人二個として…ちょうどあるな。


「ん~…二人共、これでいい?」


「私は構わない」


「いいよ」


「じゃ、パンナさん!これちょうだい!」


「はいよ!毎度あり!包むからちょっと待ってな!」


 チラッとピオラの手に残ったお金を見たがまだ大銅貨が二枚は残っていた。


 御釣りから察するに院長先生がくれた御金は大銅貨三枚。日本円に換算して約三千円か。


 院長先生、結構くれたんだ…ありがとう!


「ちょっと!ロールパンが無いじゃない!」


「ですから先にパン屋に向かいましょうと申し上げましたのに…」


 三人で大銅貨二枚をどう使うか考えていたら別の客が来ていたらしい。


 この子は…さっき服飾店に入って行った貴族の子かな?


「ちょっと、あんた達!」


「え…何?じゃなくて、何ですか?」


 地団太を踏んでた貴族の子供…パッチリオメメの金髪でツインテール、腰に短剣を挿してる以外は絵に描いたような貴族のお嬢様ファッションの女の子が、なんか絡んで来た。


 ピオラが持っているパンの包みを指差して、何か言うつもりらしい。


「それロールパンじゃないの?!」


「そうですけど?」


「あたしはロールパンを買いにわざわざ来たのよ!だからそれ、あたしに寄越しなさい!」


 え~…めんどくせぇ~…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る