第15話 変わってしまいました
クリスチーナが来てから三ヶ月が過ぎた。
院長先生に言われた通り、出来るだけクリスチーナと一緒に居たが、未だ立ち直ってはいない。
というより、なんの変化もない。元々がどんな性格の子だったのかわからないのだから、立ち直ったとしてもわかんねーじゃん。
という話を院長先生にしたのだが、クリスチーナは最初から孤児院に入ると決まっていたわけではなく、元々住んでいた村で里親になってくれる人を探したり、遠縁でもいいから親戚を探したりしたらしい。
その過程でクリスチーナの事も聞いていて、元々は少々引っ込み思案な所はあれど、よく笑い、ちょっとした事ではしゃぐ子だったらしい。
なるほど、今とは全然違うね。笑顔なんて一度も見た事ねぇや。
「こういうのは根気が大事なの。あせっちゃダメ。ゆっくりとあの子の心を癒やしてあげて。ジュンなら出来るわ」
「お姉ちゃんにはむ~り~…何していいかぜんっぜんっわかんないんだもん!」
ピオラは一週間で早々に諦めていた。十歳の子供にそんな繊細な事求めても…って、俺もまだ四歳なんだけどなぁ。
『マスターは心は大人やん。大人らしくなんとかしてみぃ』
いや、さっきはああいったけど、大人ならなんとか出来るって話でもないよ?
其処にいるダメな大人見てみ?
「なんかジュンの視線が腹立たしい…バカにされてる気がする…」
「ソンナコトナイヨ」
「むっき~!見てなさい!私が今直ぐクリスチーナを元気にしてみせるんだから!」
いや、だからあせっちゃダメだって院長先生が言ったばかり…あぁ、行っちゃった。
「…他に何か無い?クリスチーナについて」
「クリスチーナについて?…そうねぇ……村では周りの人に将来はお母さんみたいに行商人になって色んな街や村を見て周りたいって言ってたみたい。それがあの子の夢なんでしょうね」
「夢…夢かぁ」
「でも引っ込み思案な所があるって言ったでしょう?そんなんじゃ商人は向いてないって、姉によくからかわれていたみたい」
でも…それでも行商人になりたいって、今でも言えるのなら。
それを原動力に立ち直る事が出来るかもしれないな。
「うぅ…ダメだったぁ…とっても冷たい目をしてたぁ…ユウ、ママ、凍え死にそう…」
「ば~う~」
数分でジェーン先生は戻って来た。てかっ諦めるのはやっ。
「まぁ…期待はしてなかったけど」
「うぅ…言い返せない…」
そして更に一週間。
院長先生にある本の用意を御願いして、今日渡された。
これが何らかのきっかけになってくれればいいんだけど…
「クリスチーナ~入るよ~」
「……」
何時も通り、ノックしても返事は無いので勝手に入る。
クリスチーナは何時入っても、椅子に座って窓を眺めているだけだ。
「今日はね、クリスチーナも興味を持てそうな本を持って来たんだ。一緒に読もうよ」
「……」
返事無し。これもいつもと同じだ。
「じゃあ勝手に読むね。タイトルはね~【行商人ハンネリーゼの珍道中】だってさ」
「……行商人?」
反応有り、か。
少し、デリケートな部分に踏み込み過ぎかとも思ったが、もう三ヶ月も変化無しなのだ。
ここらで少しくらい変化が無いと、俺の心が先に折れる。
我ながら、かなり辛抱強く接して来た方だと思うんよ? 自分のやりたい事も我慢してさ…そろそろ俺の為に訓練する日々に戻りたい!
故に、ここらで一歩踏みでるのは正当!許される行為!の、筈!……許されるよね?
『…誰に許可求めとるんや?わいでいいなら許したるから、早う話進めぇや』
許可を頂いた事だし、進めよう。
行商人ハンネリーゼの珍道中…あらすじを簡単に述べると、だ。
ハンネリーゼが行く先々で不思議な現象に出くわしたり、おかしな注文をする客に出会ったり、時に事件に巻き込まれたりしながらも最終的には出会った人々に助けたり助けられたりして、商人らしく儲け話に変えて逞しく生きていく。
そんなストーリーだ。
「面白かった~クリスチーナはどう?面白かった?」
「……うん。お母さんの話と似てる所があった…」
うっ…踏み込み過ぎたかな……いや、でも進むしかあるまい。
「へ、へ~…行商人って、色んなとこ行って、色んな物見るんだろうね。俺…じゃなくて私もね、冒険者になって色んなとこに行きたいんだよね」
「……冒険者?」
「そう、冒険者。まだ他の誰にも言ってないけど、それが私の夢…かな?クリスチーナは?何か夢…やりたい事とか、ある?」
「夢……あたしの夢は…」
そう呟いた後、しばらく下を向いて考えこんでいたクリスチーナはこう言った。
「商人になりたい…お母さんと同じ行商人になって、お金を貯めて…お母さんと…お姉ちゃんと…一緒にやる筈だった場所でお店を出したい…!」
おそらくは孤児院に来て初めて、自分の意思を語ったクリスチーナの眼には涙が浮かんでいる。
しかし、意思の籠もった眼はすぐに沈み。また下を向いて暗い顔に戻ってしまった。
「でも…無理…無理だよ…」
「無理?どうして」
「だって、あたし…文字は読めるけど、計算出来ないし…」
「お…私が教えてあげるよ。院長先生だって計算は出来るし」
「…しょ、商売の事もわかんないし…」
「教えてあげる」
「……商売の事、わかるの?」
まぁ、前世では大学生だったんだし、経営学の講義も受けた事がある。多少ならなんとかなるだろ。
どうしようもない時はメーティス先生も居るし。
『そこでわいに振るん!?そら簡単な事ならいけるやろうけども!』
お?いけるんだ。期待してるぜ!
『え~…商売に関するデータとか、デウス・エクス・マキナに入っとるやろか……うわっ、入っとるわ』
え?メーティスの知識ってデウス・エクス・マキナ頼りだったの?
『ちゃうわい!でも、わいかて何でもかんでも知ってるわけやないし!忘れる事だってあるんや!せやから、記憶の補助としてやな、デウス・エクス・マキナに色んなデータ入れてもらったんや!』
なるほど。備えあれば憂いなし。頼りになるぅ。
『…なんや、素直に喜べへんな』
まぁまぁ。素直に喜びたまえよ。
「他に何かある?良い夢だと思うよ?やらない理由はもう無いよね?」
「…で、でも、あたし…自信ない」
「自信が無い?そんなの当たり前じゃん」
「え…」
「自信なんてね。自分がその目標に対してどれだけ努力して来たか、どれだけ積み重ねて来たか、で決まるの。まだ何にもしてないのに自信しかないって奴はただの自信過剰な誇大妄想野郎だよ」
「こ、こだいもーそー?」
おっと、七歳児には少し難しい言葉だったか?いや、そんなの今更か…とっくに子供には難しい話をしているのだから。
その点、クリスチーナは話について来ている。
しっかりと現実を受け止め、自分が置かれている現状を理解している。
だからこそ、まだ哀しみから立ち直れていないのもあって何をしたらいいのかわからず、何もせずに過ごすしか無かったのだろう。
多分、地頭は良いんだろうな。商人としての才能はあると見た。
「で、でも…お母さんが言ってた。良い商人は誰にも負けない武器を持ってるもんだって。知識だったり、他には無い商品だったり、人脈だったり…でも、あたしには何にも無い…お母さんもお姉ちゃんも居ない…居なくなったあたしには、何にも…」
…どうやらクリスチーナは自分に自信が無いらしい。
それが引っ込み思案な性格とやらに繋がってるのかもな。
「そういう商人の武器は商人として経験を積み重ねて行く過程で身に付くものだと思うけどね。でも、今のクリスチーナでも確かな武器が一つあるよ」
「え…な、なに?それって…」
「クリスチーナは美人だよ。大人になったらとびっきりの美人になる」
「………ぴゃっ!?」
「見た目が良いって、交渉事が多いだろう商人には良い武器だと思うよ?服を売りたい時には自分を着飾れば良いし、アクセサリーなんかもそう。化粧品も良いかもね」
「そ、そんな事無い!あたし、そんな美人じゃないよぉ!」
「いやいや、クリスチーナは美人になるよ。いや、今も十分美人…美少女だよ。自信持って良い」
「ひゃっ、ひゃうぅぅぅ……」
銀髪の切れ長の目をした美少女…うん、前世じゃ漫画でしか見た事ねぇな。
漫画のキャラに負けない容姿をした美少女。
それがクリスチーナだ。
…そういや、俺の今の見た目って、どんなんだ?
この孤児院、鏡が無いからまだ見た事無いんだよなぁ。
「ほ、ほんとに?あたし、美人になる?良い商人になれると思う?」
「思う思う。少なくとも美人になるのは確定だし、良い商人になれるかは努力次第だけど」
「努力……うん!わかった!あたし頑張る!」
…ほっ。良かった…取り敢えずは立ち直れたようだ。
「あっ、でも私も冒険者になるって夢があるから、先ずは院長先生を頼ってね」
「え~…さっきと言ってる事違う~」
『マスター…それは今言わんでも…』
そ、そうかな?いや、でも大事な事だし?
三ヶ月もの間あまり訓練出来なかったしさぁ?仕方無いじゃん?
とまぁ。
何とかかんとか元気が出たクリスチーナから色々質問されながら一ヶ月。
勉強の合間に「あたし本当に美人?」と何度も聞かれ、その度に「うんうん、美人美人」と答える日々。
結果、出来上ったのが…
「ふふ…どうだい?私は美しいだろう?」
「……ああ、うん。そうだね…美しいね」
「そうだろうそうだろう。もっと見てくれていいんだよ?」
クリスチーナはとんだナルシストキャラになっちまった。
どうしてこうなった…
「…ところで、その口調はなに?」
「これは母の真似さ。母は自信無さげな商人は信用されないと言っていたからね。母はいつも自信たっぷりな態度だった。母から教わった事は数少ないが…これからは母の教えを胸に生きて行くつもりさ」
なんだろうな…良いセリフなんだけど…何故かダメな方向に進んでる気がする。
「…なんか、クリスチーナ変わっちゃったね…」
「お、落ち込んだままより、良いんじゃないかな…お姉ちゃんは、ジュンはよくやったと思うよ?」
「そ、そうね…これで良かったのよね、きっと。あ、ありがとうね、ジュン」
「……」
「うむうむ。私が変われたのはジュンの御蔭だよ。感謝してるよ」
さっきも言ったが、あえてもう一度言おう。
どうしてこうなった!?
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