第10話 護ると決めました

〜〜院長先生〜〜


「かわいい子ですね~院長先生!」


「そうね。とてもかわいい…あら?これは…手紙?」


「ばぶ?」


 なになに…この子の名前はジュン。可愛がってあげてね、ですか。


 孤児院に捨てたにしては随分と軽い文章…一体どんな母親なのかしら。


 どうしようもない事情があるんでしょうけど…きっと後先考えない頭の軽い女ね。


「院長先生…この子を包んでる布…かなりの高級品ですよ」


「高級品?」


「はい!私、商会に奉仕してましたから多少の目利きが出来ます。間違い無く高級品です。この籠も作りがいいし、手触りのいい木材…これも高級品だと思います」


「あぅー」


 だとするなら…この子は貴族の子?

それとも大商会の…いえ、どちらにしても子供を捨てる理由は無いはず。


 でも一般家庭の子だとしても高級品を用意出来るならお金に困って捨てたわけでもなさそうだし…我が子へのせめてもの贈り物?


 でも、それならそれで、もっと別の物がありそうだし…わからないわね。


「それにしてもこの子…何だか知性的な眼をしてるわね」


「確かに!賢そうな眼をしてますね!」


「いいえ、そうじゃなくて…何だか興味深そうに周りを見てない?私達の会話も理解してるような…」


「あぶ!?」


「え〜?まっさか〜!そんなわけないですよ!」


 そうかしら…今も何だか慌ててるように見えるのだけど。


「院長先生!どうしたの?」


「あら、ピオラ。まだ起きてたの?」


 この赤毛の女の子はピオラ。

今、孤児院にいる唯一の子で、明るくショートカットの似合う、大きな眼が特徴な子。


「その子…赤ちゃん?わぁ!赤ちゃんだぁ!」


「そうよ、赤ちゃんよ。ジュンって名前なの。今日から一緒に暮らすのよ」


「ジュン!ジュンってお名前なんだ!ピオラはピオラだよ!」


 うふふ…ピオラったらはしゃいじゃって。

ピオラ以外の子は卒院しちゃったから、一人で寂しかったみたいだし、無理ないかしらね。


「それより、服を着せてあげましょう。赤ちゃん服、まだあったかしら」


「ですね。赤ちゃん服は確か………い、いい、いんちょ、い、院長先生!こ、これ、これ、これは!」


「どうしたの?落ち着い…て…ま、まさか…そんな…」


「なあに、これ。わたし、こんなのついてないよ?」


「あぶ!あぶぅ〜〜!!!」


 この子は、まさか…男の子!そんな…男の子を捨てる母親なんて、ありえない!


「い、院長先生…どうします?」


「…どうするって?」


「だ、だって…男の子を捨てるなんて、ありえないですよ…どう考えても訳あり…下手すればこの子は…誘拐されて、此処に居るんじゃ…」


「え!ジュンは男の子なの!?」


 確かに…手紙なんて誘拐犯でも書けるのだし…あてにはならない。


 でも…


「…誘拐犯が孤児院に捨てる理由が無いわ」


「いざ誘拐したはいいけど、怖気付いたとか…」


「この布や籠は高級品なんでしょ?なら、それなりに裕福な家から誘拐した筈…計画的な筈よ。となると、一人で誘拐したとも思えないし…仲間が居るのに苦労して誘拐した男の子を手放すとは考えられないわ。多分違うと思う…」


「で、でも…それなら、一体どうして…」


「わからないわ…」


 この国では…いいえ、世界中の何処の国でも男の子を生めば将来は安泰なはず。


 国から支援されるし、場合によっては貴族、ひょっとしたら王族に養子に欲しいと請われ、代わりに莫大な財を貰えたりもする。


 権力で無理やり連れて行かれる場合もあるけれど…この子はそうなってもおかしくないくらいにかわいい。


 なのにどうして?


「…兎に角、様子を見ましょう」


「様子、ですか?」


「ええ。この子がもし、何処の家から誘拐された子なら、きっと噂になる。直ぐに耳に入って来る筈よ」


「そ、そうですね、確かに…」


「だから、暫くはこの子の事は誰にも言わないでおきましょう」


「え?で、でも、誘拐された子なら騎士団とかに言わないと確認に来ないんじゃ…」


「ダメよ!絶対にダメ!」


 もし、本当に捨て子だったなら…男の子の孤児なんて簡単に連れ去られてしまう。


 それこそ、碌でもない連中に眼を付けられて誘拐されかねない。


 この子が男の子だと言う事は絶対に秘密にしなければ…


「そ、そうですね…わかりました。秘密にします」


「ええ。ピオラもよ。ジュンの事は誰にも言っちゃダメ。特に男の子だって事は絶対に秘密…ナイショよ」


「…喋ったらジュン、居なくなっちゃう?」


「…そうよ。ジュンが居なくなっちゃうわ」


「…ピオラ、絶対に言わない!ピオラはお姉ちゃんになるんだもん!」


 そう言えばピオラは前から弟が欲しいと言ってたわね。

女の子なら、いつか来ると思っていたけれど…まさか本当に男の子が来るなんて。


 それから一週間、二週間と経ち…三週間たっても何処の子供が誘拐された、なんて話は聞こえて来なかった。


 それとなく、孤児院出身で兵士になった子にもそれとなく聞いてみたけど誘拐事件があったとはきいていないらしい。


「じゃあ、この子はやっぱり捨て子なんですね…」


「そうね、そう考えていい筈だわ。どうして男の子を捨てたのか、わからないけれど…」


「でも…どうします?孤児院に男の子なんて…院長先生が言ってたように、いつか誰かに連れて行かれちゃいますよ」


「えー!やだー!ジュンはピオラが護るの!ピオラの弟なの!」


「ピオラ…」


「あぶぅ…」


 そう、そうね…この子はもう孤児院の子。私達の子よ。


 もう二度と、私の子を渡すものですか!


「……ジュンは女の子として育てましょう」


「え?女の子として…ですか?」


「あう?」


「え…ジュン、女の子にしちゃうの?」


「本当に女の子にするわけじゃないわ。私達以外の人には女の子だって言うだけよ。ジュンが大きくなった時、恨まれるかもしれないけれど…ジュンを護る為よ」


 私は、この子を護る。その為に恨まれるのなら…私は受け入れるわ。


「…わかりました。そうしましょう」


「…わかった。ピオラも、ジュンが男の子だって言わない。ジュンはピオラが護るよ!」


 ええ、護りましょう…この子が自分の人生を、自分で選べるように。


 今度こそ…必ず。

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