第Ⅱ章 第15話 ~戦力となれる者の治療を、優先すべきだっ~

~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……本編の主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手


マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手


ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手


 ユンクス……リステラ王国軍の術戦士。男性

 

 シャータ……リステラ王国軍の術戦士。女性


 スカラ……リステラ王国軍の術戦士。男性



 




「こちらに回復術士はおられますかッ」

 遠くからさけぶ様な声を聞こえてノイシュが振り向くと、少し離れた所で複数の戦士達と二つの担架たんかかつ衛生兵えいせいへいが見えた。おそらく最前線での戦いで手傷を負ったのだろう――


「あの、私が……っ」

すぐとなりにいたビューレが声を上げると、衛生兵達が急いでこちらへとやってくる。

「どうか、この者達に治癒ちゆを……っ」 


彼等の下ろした担架を、ノイシュは回復術士とともに見渡した。一人は鎖帷子くさりかたびらを着込んだ女性で、腹部から驚くほどの出血をしている。きっと深傷は臓器に達しているのだろう、すぐに手当をしなければ危険な状態なのは明らかだった。そしてもう一人は輝く甲冑かっちゅうに身を固めた男で、大腿部だいたいぶに大きな青痣あおあざがあった。打撃による打撲か骨折だろうか――


「この人、腹部の傷がひどいっ、すぐに手当を……」

 そうビューレが声を上げると、深手を受けた女戦士の方へと身体をかがめていく――

「ビューレ、待てッ」 


不意にマクミルの強い語気が降り注がれ、修道士の少女がびくっと身体をふるわせた。ノイシュは眼を細めながら、ゆっくりと隊長へと振り向く彼女を見据えた――


「あの、隊長……」

 ビューレの声音は小さく震えており、マクミルの声に怯えながらも判じかねる様子だった。

「ビューレ、回復術をほどこすべきは大腿部だいたいぶを負傷した戦士の方だ、そっちじゃないっ」

 マクミルはけわしい顔つきで彼女を見据みすえており、その表情は決して冗談じょうだんなど言っていない――


「でも、この女性は、危険な状態で……っ」

 ビューレは驚愕きょうがくに目を見開きつつ、するど双眸そうぼうの戦士へと向き直った。

「術士達が連携して治療ちりょうしない限り、おそらく彼女は助からない。それよりも確実に回復できる方を優先し、再びこの戦士を前線に送るんだ……ッ」

 信念を込めたマクミルの声を聞き、ノイシュは口中に広がる苦い味をめながら隊長を静かに見据みすえた。理性では間違いない、でも……っ――


「そ、そんな……っ」

 ビューレは眼を見開き、唇をふるわせていた。完全に狼狽ろうばいしている彼女に向けて、マクミルが再び口を開いた――

「もしこちらの防衛線が破られれば、それこそ味方全員が地獄を見ることになるっ、今は戦力となれる者の治療を、優先すべきだっ」


「――お願いだっ、彼女を助けてくれッ」

 不意に別の声をノイシュは聞き、振り向くと彼女の傍らにいた戦士の一人がビューレにめ寄っていく。容姿から見て自分達と変わらないほど若い――


「あ……っ」

 うろたえるビューレに対し、年若い戦士は彼女の両肩をつかむとその身体をさぶった。

「早く治療ちりょうをしないと、彼女は危険なんだろッ、どうか回復術をほどこしてくれよッ」

 男の痛切つうせつな面持ちに、ビューレはふるえながら小さく首を横に振った。そのひとみから一滴いってきの涙がこぼれていく。


――ビューレ……ッ

 思わずノイシュが一歩を踏み出した瞬間、素早くマクミルが飛び出していくのが見えた――

「貴様、彼女に離れろっ……」

 マクミルは修道士につかみかかる若い戦士の腕をひねり、無理に引きがすと足をかけて男を転倒させていく。


「くそっ、この野郎ッ……」

 若い戦士はすぐに立ち上がるとマクミルをにらみつけ、剣の柄を握った――

「止め……てっ」

 不意にかすれた女性を聞きノイシュが視線を向けると、担架たんかの中にいる女戦士がゆっくりと首を年若い戦士へと向けていく。


「ユンクス、私のせいで……争わないで……どうか、そちらの方を……優先して……っ」

 そう告げると彼女が苦痛に顔をゆがめた。ユンクスと呼ばれた年若い戦士は構えをくと、すぐに彼女の元へとけ寄っていく。


「シャータ……ッ」

 ユンクスに呼ばれ、シャータという手負いの女戦士は彼に向かい懸命に微笑ほほえみかけていく――

「……私は……大丈夫だから……他に手の空いている……術士様に……回復術をお願いして……っ」


「分かった、たのむ……ッ」 

 ユンクスという戦士がそう衛生えいせい兵に告げると、彼等はシャータを乗せた担架を再びかついで歩み去っていく。ノイシュは自分の胸を強く握り、眼を細めてその後ろ姿を見据えた――


――もしも、ミネアがシャータさんと同じ深傷ふかでを負ってしまったら、僕は……っ

 ノイシュはそこで強く眼をつむった

――果たして僕は、他の負傷者を優先できるだろうか……っ


「おいっ、いい加減に治療ちりょうしてくれよ……っ」

ふと別の声がしてノイシュが振り向くと、もう一方の担架に横たわる戦士が不機嫌そうに片頬かたほおり上げていた。

「スカラ様……っ」

 彼を取り巻く数人の戦士達が輝く甲冑かっちゅうの男に集い、声をかけていくのが見えた。きっと彼は上位の階級なのだろう――


「……ごっ、ごめんなさい」

 ビューレが涙をき、身をかがめて彼の患部かんぶにそっと手をかざした。ノイシュが胸を強く握りながら彼女の詠唱えいしょうを見守っていると、やがて回復術士の身体がゆっくりと燐光りんこうに包まれていく。温かみのある色をたたえた光芒こうぼうが、傷口へと注がれる――


「シャータッ、しっかりしろッ……」

 不意に、遠くからユンクスの声がひびわたった――


「いやだああぁぁ――ッ」

 彼の悲鳴が否応いやおうなく耳朶じだを打ち、ノイシュは思わず眼を細めた。そしてビューレの方へと顔を向けるが、彼女はひたすらに瞑目めいもくして意識を集中させていた――


「……もう、大丈夫です」

 やがてビューレが静かにかざした手を下ろした。ノイシュは負傷した箇所かしょに眼をらすが、どこにも彼の脚に傷など見当たらない――


「やっと治ったか……っ」

 スカラが素早く立ち上がった。

「よしっ、皆の者、すぐに戦場へと戻るぞっ」

 輝く甲冑かっちゅうをまとった戦士はそう大声を上げると、かたわらに付きっていた戦士達とともに金属音を鳴らしながら走り去っていく。ノイシュはまぶたを細めながら彼等の姿を見送った。

――これで、良かったのだろうか……最前線に行けば今度こそ、あの人達だって死ぬかもしれないのに…… 

 ノイシュが修道士の少女に視線を向けると、彼女はうなだれながら肩をふるわせていた。


――ビューレ……

 ノイシュはゆっくりとかがみ、ためらいながらも手を伸ばして彼女の肩に置いた。顔に青痣あおあざをもつ少女がこちらへとゆっくりと振り向き、れるまなざしを向けてくる。ノイシュは何も言わずに微笑ほほえんでみせた。ビューレがわずかに眼を細め、そして顔をせていった――

「おい、向こう岸を見てみろ……っ」

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