第Ⅱ章 第12話 ~僕達には、君の力が必要なんだ~


~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手



マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手



 ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手






ノイシュは稜線りょうせんに沈む夕陽を眺めつつ、静かに干し果物を咀嚼そしゃくした。視界の先では斜陽しゃようが幾つもの光を放射させることで、虚空を鮮やかな雄黄ゆうおうへと染め上げていた。


 その壮美そうびな空の色彩は留まる事が無く、刹那せつなの間だけ淡い鮮緑を浮かべた後に星々を散りばめる濃密な紫へと変じていく。ノイシュは静かに眼を細めた。自然が織りなすその移ろいゆく静寂な情景こそ、いかなる術士にも真似できない至高の幻想術で――


「――どうしたんだ、空ばかり眺めて」

 声がした方へと振り向くと、マクミルが革袋をこちらに差し出している。中身はおそらく水だろうか。ノイシュは思わず顔を背けた。


「何でもありません」

「感傷的なやつだな」 

「違うってば……っ」

 ノイシュはほおが熱くなるのを感じながら隊長から革袋をうばい、ゆっくりと中身を口に含んだ。のどを流れる冷たさに胸のざわめきが静まっていくのを感じ、一息つく。


 ノイシュが顔を上げると、視界には立ち並ぶ幕舎や食事をとる戦士達の姿が映った。その様子は一見すると至って穏やかであり、時おり笑い声さえも聞こえてくる。が、誰も口にしないものの周囲にはどこか悲愴ひそうな空気が漂っており、皆が目の前の平穏な時間を惜しむ様に過ごしているのが分かった。こうして食事をとる間でさえ、河畔では味方の戦士達が交代で敵の動向を見張っているのだから――


ノイシュがかぶりを振って隊長に革袋を返すと、不意に離れて座るビューレが視界に入った。伏し目がちなその表情は強張っており、手にした豆の吸い物には全く手をつけていない。ノイシュは彼女を見据えつつ、そっと眼を細めた。

――そうだ、ビューレが前衛に立つのはこれが初めてなんだ……


 ノイシュはゆっくり立ち上がると彼女のそばに向かい、その肩を軽くたたいた。

「ビューレ」

「えっ……」

 ビューレが驚いて我に返り、振り向いたはずみで汁がひざにこぼれていく。


「あ……ッ」

 彼女が慌てて衣嚢いのうから手拭きを取出し、服の水分をふき取っていく。不意に後方から小さく息が吐き出される音を、ノイシュは聞いた――  


「ビューレ、緊張する気持ちは分かるが食事はしっかり摂るんだぞ……いざ戦いになったら、身体がもたない」

 ノイシュが振り返ると、険しい顔つきでたたずむマクミルの姿が視界に入った――


「はい、隊長殿……っ」

 ビューレがおびえた様な眼差しでマクミルに視線を向けている。

「マクミルでいい、今は隊長じゃない」

「はい……」

 マクミルの声は落ち着いたものだったが、ビューレが力なく項垂うなだれていく。ノイシュは慌てて微笑みをつくった。


「……ビューレ、戦いが始まれば君の回復術はきっと、みんなに感謝されると思う。だから今は体力

をつけておかなきゃね」

 ノイシュは顔を上げた修道士の少女に向かい、ゆっくりと頷いた。

「僕達には、君の力が必要なんだ」

 少し大げさかなとも思ったが、思いが通じたのか彼女の顔が少しだけほころんだ。


「有り難う、ノイシュ」

 そこでノイシュは眼を細め、悪戯いたずらっぽく口許をつり上げた。

「たぶん戦いが始まったら、傷ついた戦士達が『早く治療してくれよ』って君に殺到するんじゃないかな」

「だがな、まずは俺達を優先しろよ」

 すかさずマクミルが声を重ねてくる。

「はいっ、え、あっ……」

 修道士の困り顔に、ノイシュは思わずマクミルと哄笑こうしょうした。


「ごめん、からかったりし……っ」

 突然、轟音ごうおんがして空気が震えるのが分かった――

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