第Ⅱ章 第11話 ~我が軍はここグロム河で防衛線を敷き、敵軍を迎え討つつもりです~
ノイシュは歩み続けながらも、
「ノイシュ、大丈夫……」
脇から声がしてノイシュが顔を向けると、息を切らしながら義妹がこちらをのぞき込んでいた。
「うん、ありがとう……」
「みんなも、限界みたい……」
そう言って後ろを見やる彼女の視線を追ったノイシュは、マクミルやビューレといった小隊の仲間達とともに、他の友軍もまた列をなしている光景を視界に入れる。皆動きが鈍く、うめき声をない交ぜにした息を吐きながら行軍していた。この術士隊を中心としたヨハネスが率いる軍勢の数は、ざっと自分達を含めて五十人程だろうか――
「おい、前方右手……グロム河じゃないのか」
誰かの声が大隊の中から響き、味方の兵士達が次々と声のした方向へと振り返っていく。ノイシュもまた視線を遠望を向けるや、
――グロム大河……
ノイシュは思わず眼を細めた。この河は古来から外敵の侵入を阻んできた防衛線として知られている。遠目からでも分かる程に河幅が広く、
「ようやく、着いたな」
後ろから声をかけられ、振り向くと隣にマクミルが立っていた。
「あそこを見ろ、河畔に味方が集結している」
隊長の指さす方を見ると、橋のこちら側を中心として河畔に軍勢が広がっていた。さらに橋の
「……集まった味方は、これだけですか」
不意に後方から声がしてノイシュが振り向くと、そこには厳しい表情で眼をつむるノヴァの姿があった。彼女の声は周囲にも届いていたらしく、瞬く間にその場を重苦しい沈黙が包んでいく。ノイシュは視線を下に落とし、自分達の置かれた状況をようやく悟った。味方の兵は、どう見積もっても二百も満たないだろう。確かにバーヒャルトの戦いでは大きな損害を出したが、今回の決戦に際しては聖都の守備兵力からも動員をかけているはずなのに――
「おそらく敵の追撃が早かったせいだろう、兵の召集が間に合わなかったんだ」
ノイシュの心中を読んだかの様にマクミルが
「既に、敵軍も到着を始めているようだな」
慌てて指し示す方へと目をやったノイシュは、風にたなびく黒獅子の軍旗と遠目でもこちらを上回ると分かる数多の戦士達の影に気づく。以前、大神官ケアドはレポグント軍の兵力を四百程と云っていた。さきの戦いでの損害やバーヒャルト要塞に
――本当に僕達は、この戦いで敵軍を退ける事ができるのだろうか……――
ノイシュは
「行軍、止めっ」
突如として司令官らしき声が空に飛び、次々と隊長階級がそれに続いて号令をかけていく――
「みんな、一旦止まるぞ」
マクミルもまた片手を上げて声を上げると、ノイシュは息をついて立ち止まる。視界に映る戦士達から安堵と疲労を綯い交ぜにした声が上がり、その場で倒れ込むように腰を下ろす者も垣間見えた。
「戦士諸君、そのままで結構です。よく聞いて下さい」
不意に老齢特有の枯れた声が耳に届き、振り返ったノイシュは思わず眼を見開く――
突如として大神官が舞空して現れるのが見える。周囲にいる戦士達が驚きの声を上げながら次々と立ち上がり、礼式をとっていく。
――ヨハネス様……ッ
やがてヨハネスは舞空を静止させると、握った錫杖をゆっくりと行く先へと向ける。
「グロム河まで、あともう一息です。きつい行軍だったと思いますが、ここまで付き従ってくれた事にまずは感謝を申し上げます」
ヨハネスはそこで言葉を切ると、いつもの笑みを浮かべながらこちらを見渡してくる。ノイシュは周囲の戦士達とともに、彼の続く言葉を待った。
「……現在、わが軍の主力部隊はグロム河を挟んでレポグント軍と対峙しています。グロム河は対岸まで百歩程の河幅があり、その流れの速さはしばしば家畜を呑み込んでしまうほどです」
ヨハネスは再び両手を広げると、空を仰ぐ。彼の言動を注視していると、ふと手に温かいものを感じてノイシュは振り返った。大神官へとまなざしを向けつつも、義妹が手を重ねていた――
「ゆえに我が軍はここグロム河で防衛線を敷き、敵軍を迎え討つつもりです。各部隊の構成や配置についても、此度の戦いに適応すべく再編を行います」
――なんだって……っ
周囲にいる戦士達から
――確かに今回は防衛戦であり、それに即した部隊編成をすればより全体の力として活かすことができる。しかしそれは、言い換えればヴァルテ小隊のみんなと一緒に戦う事が出来ないという事になる……っ――
「……既に各隊長には
突如としてヨハネスの身体から
「――必ずや皆さんがグロム河を死守して聖都に
やがてその姿が隠れてしまう程に大神官の
「ヨハネス猊下、万歳……っ」
「リステラ王国に栄光あれっ」
戦士達が歓声を上げ、自らの武具を打ち鳴らす金属音が周囲に鳴り響いた。
「みんな、集合してくれ」
マクミルが手を上げると、近くに散らばっていたヴァルテ小隊の仲間たちが集まってくる。彼らの眼差しは誰もが悲壮な程の覚悟を込めていた――
マクミルが一人頷き、ゆっくり口を開く。「レポグント軍との交戦は、まもなく行われるだろう。
マクミルがゆっくりと仲間達を
「……大神官曰く、『わが軍は大きく術士師団、術戦士師団に分かれ、各自は橋頭保を拠点に部隊を展開して敵軍を迎撃すること。、何としても聖都への侵攻を死守すべし』との旨だ」
そう述べた後、隊長が深く頭を垂れた。
「今まで黙っていた事、本当にすまない…」
ノイシュはただ隊長を見つめていた。仲間達からの不満の声も聞こえない。おそらくこの仲間全員で戦えない事に、隊長が誰よりも悔しく感じている筈なのだ――
「……有り難う、みんな」
マクミルがゆっくりと顔を上げた。その鋭い眼差しに、ノイシュは胸が激しく波打った。
「今度の戦いは、リステラ王国の存亡を懸けたものとなるだろう。この一大決戦に臨むべく、ヴァルテ小隊もまた術士隊、術戦士隊の二つに分ける。術士隊は他の術士達ととも後方にて術連携を行い、敵の術攻撃に備えて欲しい。術戦士隊の方は前線の予備隊に入り、順次突撃してくる敵軍を迎え撃つ」
――やはり……っ
ノイシュは一人頷いた。大規模な会戦においては個々人が戦うよりも、他の部隊と連合してその戦力を最大化させるのが
「これより体制を告げる。術戦士隊に私とノイシュ、そしてビューレが支援として入ってもらう」
――えっ……?
隊長の言葉に、ノイシュは大きく眼を開いた。これまで前衛の支援は義妹が務めているはずだった。なのに、なぜ今回はビューレに……っ――
「そして後衛の術士隊にはノヴァ、ミネア、そして彼女達の護衛にウォレンが付く」
マクミルは言葉を切ると、そっと義妹の方へと視線を向けていくのが見えた。不意にその目尻が柔らかく下がっていく――
「……ミネア、お前はバーヒャルトの戦いで
ノイシュは胸が静かに
「ビューレ、君は手傷を負う戦士がいたら率先して回復術を施してくれ」
「は、はいっ……」
隊長に返事した後、ビューレがこちらに顔を向けてくる。
「ノイシュ、がんばろうね」
彼女の眼差しを見て、ノイシュは火傷した様に痛む胸中を必死に押し
「うん、よろしくビューレ……」
「これよりヴァルテ小隊を一旦解散、各自河畔の陣へと向かう……っ」
マクミルの声に、ノイシュはたまらず歩を踏み締めていく。この場を逃げ出したい気持ちで一杯だった。
「ノイシュッ……――」
義妹の声が背中に降りかかり、ノイシュは足を止める。そして振り向くと無理に口角を上げた。できることなら、この戦いの間もずっと一緒にいたかった。でも――
「……ミネア、君が後衛にいられると聞いて安心したよ。ノヴァ達との術連携、しっかりね」
ノイシュはそれだけ告げて再び地を踏み締めた。どうしても彼女の顔を見る事ができずに――
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