第Ⅱ章 第4話 ~私……っ、勇気が欲しい……っ~

~登場人物~


 ノイシュ・ルンハイト……本編の主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手


 ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手






重い色の板床に視線を向けながら、ノイシュは廊下を進んでいった。窓から差し込む陽光は弱く、肌に感じる空気もどこかよどんでいる。ノイシュは思わず息を吐いた。間もなく軍事法廷で審問が開かれるという、仲間達の思いが散り散りになっている中で――


 ノイシュは目当ての扉まで辿り着くと冷たい取っ手を握り、開けていく。視界に映るのは飾り気のない椅子や机、くすんだ亜麻色の敷布、そこに腰を掛ける翠色の瞳をした少女――


「ノイシュ……ッ」

 耳に馴染んだ声を聞き、ノイシュは胸に強い鼓動を感じた。義妹がまぶたを震わせながら、

こちらにまなざしを向けている――


――ミネア……ッ

 ノイシュは扉を閉めると、はやる気持ちを抑え切れずに褐色の髪の少女へと歩を進めた。つられる様に義妹が立ち上がるのが見える――


「待たせてごめん……っ」

 そう告げながら彼女を抱き締めた。腕の中の少女がゆっくりと自分の肩に顔を埋めてくる。長い髪から仄かな甘い香りが漂い、心が優しく溶けていく――


「……ノイシュ、逢いたかった」

「本当に、ごめん」

 ノイシュは義妹と顔を見合わせ、ゆっくりと唇を重ねた。柔らかく、温かい感触が胸の奥を震わせる。このまま僕の身体など溶け消してしまいたい、そして彼女の魂に触れて、ずっと一つのままでいられたら――


 ゆっくりと彼女の唇が離れていくのが分かり、ノイシュは少しずつ自意識を取り戻していくのを感じた。ノイシュは大切な人を見つめながら、少女の背中に回した腕の力をそっと緩めた。


「……ビューレは」

 義妹が目尻を細め、不安げに瞳を揺らしている。ノイシュは努めて微笑んでみせた。

「……みんなを呼びに行ったよ。すぐに来ると思う。君に、ごめんって言ってた」

 目の前にいる少女が、ゆっくりと首を振った。


「大丈夫……悪いのは私だから」

 ノイシュは胸の奥がうずくのを感じ、小さく息を吐いた。

「ミネア、どうか自分を責めないで……僕達にとって、今回が初めての実戦だった。それに君の支援術がなければ、間違いなく僕は死んでいたよ」

 そう告げて、ノイシュは思わず俯いた。

――そう、きっと僕は死んでいた……いや、もしかしたらヴァルテ小隊自体が全滅していたかもしれない。それに……っ――


 ノイシュはそのまま静かに眼をつむった。

「……それに、本当のことを言うと僕は嬉しかったんだ」

「え……」

 義妹の困惑する声音を聞きながら、ノイシュはゆっくりと顔を上げた。


「……君は、任務よりも人の命を優先した。たとえ相手が心を歪ませた敵神官だったとしても……」

 ノイシュは眼の前の少女を見つめながら、そっと微笑んだ。

「やっぱり君は、僕の知っている心優しい人だったから……」

 不意に胸の奥が震え、言葉尻を震わせえてしまった。義妹の瞳からは止めどなく涙があふれていく――


「ノイシュ……ッ」

 義妹が自分の胸にその顔を強く押しつけてきた。子供の様に泣きむせぶ彼女の肩に両手を絡め、ノイシュは強く眼を閉じた。

――一体、いつまで僕達は戦い続けなくちゃいけないのだろう……これだけ傷ついているのに、まだ戦いを……っ――


「私……っ、勇気が欲しい……っ」

不意に彼女の声が胸の中で響いた。

「どんな困難にも負けない、強い魂が……っ」

 ノイシュは抱き締める少女の声を聞きながら、深くうつむいた。


――ミネア……

 ノイシュは口を開くが、胸の片隅から生じる思いを上手く言葉にできない。そっと息を吐くと、ひたすらに彼女の頭を優しく撫でた。

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