第Ⅱ章 第5話 ~まさか、あの者が審問長なのか~
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手
マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手
ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主
ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手
ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手
トドリム……王弟であり公爵。リステラ王国軍の総大将。軍事審問所の審問長。男性
「それでは、これよりさきの戦いについてヴァルテ小隊へ
全身を黒の法衣で包んだ男の大喝を聞き、ノイシュは胸が強く脈打つのを感じた。
――遂に始まった。
思わず奥歯を噛み締めながら、正面にそびえる巨大な鉄格子へとノイシュは眼をやった。
天井から床下そして左右の壁へと至るそれは、完全に一つの空間を自分達のいる弁述席と審問官達が居並ぶ審問席を隔てていた。
審問席は場所も広く、高い上段に据えられているのに対し、弁述席は場所も狭く審議官達を見上げなくてはならない構造だった。まるで自分達が
檻の向こうでこちらを
「おい貴様、どこを見ているッ」
突如として耳元に
「この青二才め、しっかりと正面を見ろッ」
ノイシュは急ぎ顔を前方へと顔を向けた。衛兵はさらに大声でがなり続けていたが、ひたすら前方を見据える事でやり過ごす。
やがて相手が舌打ちしながら離れていくのを耳で確認すると、今度は視線だけを周囲に向けた。今まで気づかなかったが、自分達の周りには過剰な程の衛兵が各所に配置され、こちらの挙動を注視していることに気づく。
思わずノイシュは眉尻を上げた。先ほどの衛兵が見せた横柄な言動といい、相手は既にこちらを罪人と決めつけているかの様だった。それは何故か――
――まさか……ッ
ノイシュは自らが行き着いた推論に、眼を見開いた。
――つまり、ここで審問を受けた者達は大抵有罪を宣告されてしまうのではないだろうか。そう、たとえ無実だったとしても審問中に何か行き過ぎた言動があれば、彼等は直ちに不敬罪などの罪状を用いて自分達を逮捕、拘束してくるかもしれないという事だ――
思わずノイシュは身を震わせた。この国の軍事審問所はあまねく戦争被疑者を決裁する機関として恐れられており、時にはその場で終身刑や斬首刑を処断すると聞く。その様な場所で、これから自分達は審問を受けようとしている――
ふと誰かの視線に気づき、ノイシュが前方上を見据えると審問官達の中央に見覚えのある姿が座っている。陽を忌み嫌った不自然な白い肌、腹部の迫り上がった贅肉――トドリム公爵だった。
かつて自分達の総大将だった男は、ただ睨め付ける様な視線をこちらに投げかけていた。ノイシュは強く目をつむり、思わず
「ヴァルテ小隊の諸氏は全員、起立せよっ」
突如として審問官の一人が声を発し、周囲から次々と足音が湧き上がった。ノイシュは唾を飲み込み、彼等に
「今から貴公等に問いただすっ、貴公等は高等神官にして大隊長であらせられたケアド様の別働隊に属していたとの事だが、何ゆえにケアド様の指揮を離れたのか」
先ほどの審問官が高圧的な物言いを続けた。肌は浅黒く、角張った輪郭をしている。知的な雰囲気は微塵も感じさせず、むしろ屈強な武人といった感じだった。
僅かな沈黙の後、不意に脇から石床を叩く足音が聞こえてノイシュは視線を向けた。一歩前に進み出ているのは、マクミル隊長だった。
「――申し上げますっ、我々は指揮から離れた訳ではありません。ケアド様のご命令により、近郊の隘路へと斥候として赴いたのです」
マクミルが言葉遣いに気を配りながらも、気迫では負けじと声を上げているのがノイシュには分かった。
「では何故、その隘路から独断で離れたのだっ」
すかさず別の審問官が声高に口を挟んだ。こちらの非を責める様なその口振りは、審問というよりも一方的な糾弾だった――
「それは、ケアド様率いる別働隊がレポグント軍の奇襲を受けているのに気づいたからですっ、私達はケアド様のお命を守りしようと、ただ味方の窮地を救うために馳せ参じたのですッ」
審問官達へと喰らい下がるマクミルの姿を見て、思わずノイシュはあの日の激戦の様子を脳裏に浮かべた。敵の急襲により次々と分断されていく味方の隊列、あちこちで湧き上がる悲鳴、最後まで戦うと決意したケアドの
――僕達は、圧倒的に不利な状況にも関わらず命を賭して懸命に戦った……っ、どこからも援軍がない中、僕達だけでッ……――
「その結果、ケアド殿をお守りする事も、敵神官エスガルを捕縛する事さえも失敗したのだなっ」
ここぞとばかりにトドリム公爵が立ち上がり、声高に発した。
――しっ、しまった……っ
思わずノイシュは息を詰まらせた。おそらくトドリムは、敢えて自分達に抗弁をさせていたのだ。そして最後に言い逃れのできない失敗の事実を示し、こちらを追い詰めるつもりだったのだろう。そう、これまでの釈明を全て無に帰すために――
「しかし、我々はっ…――」
マクミルがそこで口元を引き締め、言葉を切った。思わずノイシュはうつむく。これで、全てが決してしまった――
トドリム公爵が勝ち誇った様に口許を吊り上げる。
「貴公等がエスガルを討ち果たしていれば、敵軍は指揮官を失い総崩れとなっていたであろうに……即ちこの敗戦は、貴公等が招いたのだ……っ」
「……閣下の、仰せの通りでございます」
うめく様なマクミルの声が耳に届く。ノイシュは静かに顔を上げ、その場で跪づく隊長の姿を静かに見やった。粛々と罪を受け入れる隊長の姿を、せめて最後まで見届けよう――
「我らが敵大将を討ち損じたのは事実でございます。もし、我が隊に何かの処分をお考えならば、甘んじて受けましょう。志はいかに高くとも、我々は実戦経験のない若輩者の集まりですっ……どうか、寛大なご処置を……っ」
絞り出すような声を発するマクミルを見て、ノイシュは自分の胸を強く握った。理不尽と知りながらも頭を下げ、罪の軽減を請う隊長の心の苦しみは、どれ位なのだろう――
「公爵閣下っ、恐れながら……ッ」
突然、ミネアが声を震わせながら一歩前に進み出る。
「今回の敗戦は、私のせいですっ……あの時、敵神官に向けた槍斧をどうしても振り下ろす事ができずに……ッ、処罰するのなら、どうか私をッ」
義妹はそこで言葉を切り、うずくまると肩を大きく震わせて嗚咽した。
――ミネアッ……
とっさにノイシュは彼女の方へと足を踏み出すが、すかさず衛兵達に槍を突き出されて動きを封じられる。
「以上より、結審を申し渡すっ」
不意にトドリムの声が室内に響き渡り、ノイシュは顔を上げた。公爵は片手を挙げて宣誓の礼式をとる。
「神の名において審議した結果、此度の敗戦の原因はヴァルテ小隊によるものとし、その責任は隊の全員が負うべきこととするっ」
ノイシュは目を細めた。これで自分達は、
「尚、貴公等の処遇は追って沙汰するっ、これにて終審である」
そう告げるやトドリムら審問官達は次々と立ち上がり、靴音を響かせながら奥の扉へと消えていった。ノイシュはやり切れない思いを抱えつつ彼等の姿を眺めた。ともに戦った仲間同士なのだ、誠意をもって釈明すれば必ず相手に伝わるとどこかで信じていた。しかし、この声が彼等に届く事はなかった――
「……ノイシュ、ごめんね、みんな、ごめん……ッ」
未だ嗚咽する義妹の声を聞き、ノイシュは静かに彼女へと視線を向けた。顔を上げられずにいる髪の長い少女に対し、声をかけることも、傍に近づくこともできない。こうしてひたすら見据える事しか――
「よし、全員、速やかに退出せよっ」
衛兵の野太い声が室内に響き渡った。仲間達が一人ずつ、反対側の扉に向かって歩み始めていく――
――どうして、こんな事になってしまったんだろう……どうして……っ――
ノイシュは答えられない問いを、胸の中で
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