第Ⅰ章 第2話 ~ヴァルテ小隊の結成~


~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手


ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手


マクミル・イゲル……ヴァルテ小隊の隊長。男性。ヴァル小隊の術戦士で、増強術という支援術の使い手


ウォレン・ガストフ……ヴァルテ小隊の隊員で、戦士。男性。あらゆる術を無効化する術耐性の持ち主


ノヴァ・パーレム……ヴァルテ小隊の隊員で、術士。女性。様々な攻撃術の使い手


ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手


ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。






 大扉を開けると、広い空間がノイシュの視界に飛び込んできた。講堂の中は白を基調とした床や彫刻に覆われ、内壁の両側に配置された硝子ガラスがそれらを様々な色彩に染め上げている。ノイシュは息を吐きながら別世界の様な情景を眺めた――


――僕は戦いに生き残って、もう一度この景色を見られるかな……

 込み上げてくる感慨を何とか打ち消し、ノイシュは前へと歩を進めた。


 鎖帷子くさりかたびらの擦れる音を場内に響かせながら奥に向かうと、壇上には縹色はなだいろの法衣に身を包んだ一人の老人が立っており、その周りには術士学院の戦士服に身を包んだ教官達がいた。そして彼等と向かい合うかたちで男女の若者が居並んでいる。これまで共に訓練を重ねて同期生達だ――


――マクミル、ウォレン、ノヴァ、そしてビューレ……

 ノイシュは修了生達とともに並ぶと、壇上の御仁ごじんをまっすぐに見据えた。高い鼻筋や豊かな白髭、そして表情を見せる度に刻まれる深いしわが印象的なその男こそ、この国で唯一の大神官であるヨハネスだった――――


「遅れて申し訳ありません、ヨハネス校長」

 ノイシュはヨハネスに向かって一礼した。

「ご苦労様でした、顔を上げて下さい」

 温かみのある声を受けてノイシュが顔を上げると、術士学院の長はいつもの笑みをたたえていた。彼の表情はいつも微笑みを絶やさずにいるが、同時にどこか底知れぬ雰囲気を漂わせていた――


「さて、皆さん」

 ヨハネスは言葉を切り、こちらを見渡した。

「改めて当学院の全課程を修了した事、お祝い申し上げます。君達は数々の困難な訓練をくぐり抜け、遂に今日という日を迎えました。そもそも我が術士学院は、君達の様な霊力を引き出せる若者を……」


「校長、前置きは要りません……っ」

 はやる気持ちを抑えられない様に、同窓生の一人が進み出た。


――マクミル……ッ

 濃緑の戦士服に身を包み、先ほどの様な口調と切れ長の双眸そうぼうがその鋭い風貌ふうぼうを際立たせている青年は、物怖じせず校長と向き合った。


「私達は既に、戦場へと向かう覚悟ができていますっ、どうか任務を……っ」

 マクミルの強い視線を受けながらもヨハネス校長は押し黙っていた。やがてその表情から笑みが少しずつ消えていく――


「分りました。マクミルさん、いや隊長殿、その勇気と忠誠に応えるべく率直に申し上げましょう……。あなた方は本日を以てこの学院を卒業し、目の前にいる仲間達と共に小隊を結成しなさい。隊名は、ヴァルテとします」


ノイシュは身体中の血が一気に引いていくのを感じた。校長の声は丁寧ながらも冷徹れいてつな空気を含んでおり、戦地へ赴くという実感が頭の中で急速にふくれ上がっていく――


「各自は三日後にここ聖都メイにて集結し、ヴァルテ小隊として戦地バーヒャルトへと出兵なさい」

――バーヒャルト……ッ

 ノイシュは強く奥歯をんだ。最近、バーヒャルト要塞ようさいはレポグント王国によって陥落かんらくさせられたはずだ。つまり、自分達は最前線へ向かうという事か―― 


「皆さんもご存じのように、我がリステラ王国はレポグント軍によって既に主要な都市が次々と陥落かんらくしています。もしバーヒャルト要塞ようさいを奪還できなければ、敵軍は聖都メイへと一気に押し寄せてくるでしょう」

 不意にヨハネスは言葉を切り、自分達の顔を見渡した。ノイシュはつばを飲み込みながら彼の言葉を待った――


「……この地は我が国発祥の地であり、最後の拠点となる場所です。聖都が敵軍におびやかされるという事態は絶対に防がなくてはなりません。皆さんの力で敵軍をバーヒャルトから駆逐くちくし、解放者として歴史に名を残そうではありませんか」


「聖都のためにっ」

「女王陛下のためにっ」

 すかさず英気溢あふれる同期生達が次々と礼式をとった。


「……この国の子供達のために」

 ノイシュも彼等にならい戦誓する。しかし、未だ胸を穿うがつ様な深憂しんゆうは拭い切れなかった。


――今まで苦しくも温かい学院で過ごした自分達が、いきなり最前線で戦わなくてはならない……それほどこの国は追い込まれて……――


「皆さんは既に、その身に宿るアニマから強力な霊力を引き出すことも、頑強な術連携を組むことも出来るようになりました」

 語気を強めたヨハネスの声を聞き、ノイシュは思わず顔を上げた。 


「そう、皆さんなら、必ずやこの国に平和をもたらしてくれると信じています」

 ヨハネスはそこで言葉を切り、錫杖じゃくじょうを高く掲げた。いつの間にかその双眸そうぼうは鋭い眼光を宿しており、ノイシュは思わず気圧けおされる。そこにいたのは温厚な校長ではなく、圧倒的なアニマを宿す大神官だった。


「皆さんの為に祈りましょう……その高潔なる御霊よ、どうか敵軍を打ち破り、街や民衆を守らせたまえ……っ」


次第にヨハネスの身体から光芒こうぼうあふれ出していく。彼のアニマから霊力を引き出され、術を発現させたのだ――


「そのアニマに、神の加護があらんことをッ」

 ヨハネスがまとっていた光芒は錫杖へと移り、突如として一閃、瞬く間に講堂の至る所に広がっていく。あまりのまぶしさにノイシュは思わず立ちくらみを覚えつつ、両脚に強く力を込めて身体を支えた。視界が明瞭さを失う中、小隊の仲間達は次々とひざまづき、瑞光ずいこうの祝福を受け入れていく。大神官のもつ圧倒的なアニマの片鱗を強く感じざるを得ない――


――この戦争が終わり、皆が平穏な暮らしをおくれますように……。どうか……っ――


 ノイシュはゆっくりと脚に力を抜き、大神官の栄光に身を委ねた。



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