第18話

 人生をやり直せるなら、俺はいったいどうするのだろう?


 すべてが『はじめから』にされてしまったら、俺はどう生きるのだろう?


 努力して、あるいは『未来を知っている』というアドバンテージを活かして、『今よりもっといい人生を歩む』?


 それとも人間の本質は変わらないのだから、けっきょく『今と同じ人生を歩む』?


 あるいは━━


『知ってしまっている』せいで、より『悪い人生になる』?



 俺の思考はいつだってなにかを選んだあとに始まって、『この選択は本当に正しかったのか?』と自分で自分を問い殺そうとする。


 選択は本当に無意識に反射的に行われてしまって、だから俺は、自分が無自覚になにかを選んでいた可能性をいつだって考慮しなければならなかった。


 白い、部屋にいたのだった。


 その部屋が白かったのはしかしほんの一瞬のことで、壁面の色合いはすぐに変化した。

 そこはどうやらスクリーンだったらしい。なんらかの映像が四方の壁……と天井に映し出されている。


 それは、俺がこの世界で過ごした人生だった。


 俺の選択が、俺の行動が、いちいち壁に映し出されている。


 吐き気がした。

 自分のすべてが監視され記録されていたという事実は、とてつもないストレスとなってすべての臓腑を犯すようだ。


 口をおさえて体を折って、必死に吐き気をこらえながら映像をにらみつける。


 そこに『なにか』がいると思ったわけではないけれど、なにかに強い敵意を向けなければ自分を維持できないような気がしたんだ。


 そうしたら━━


 にらみつけている先に、文字列が現れた。


 それはどこまでもシステマチックでポップな文字列だった。


『俺』のステータス。


 クリアボーナス。


 引き継ぎのためのチェックボックス。


 持ち越し確認をされているスキル【死因対応】。


 ━━気色悪い。


 気色悪い。気色悪い。気色悪い!


『自分を数値化される』というのがこうまで嫌悪感を覚えるものだとは、想像さえしたことがなかった。

 その『ステータス』は、俺が、あの世界で生きて培ったものなのだった。あの世界で生きた証で、努力した証で……人生という足跡そのもの、なのだった。


 それが顔も知らない何者かに勝手に査定されて数値化される。こんなに不愉快なことがあるものか!


 衝動的というよりは、発作的な怒りに息が荒くなる。


 だというのにどこにもいない。この怒りを向けるべき者は本当に影もかたちも見当たらず、俺がにらみつける先にあるのは、いくらでもループする数千倍に加速されて流れいく俺の人生と、無味乾燥な『ステータス』!


 ようやく理解した。


 これは、ゲーム世界への転移だ。


 しかもセールで五円ぐらいの、まともなストーリーもないゲーム。


 他人のアセットを無断借用して形作られた無目的なゲーム。


 ……ああ、事実は知らない。でも、自分以外のなにかを罵る経験の少なかった俺は、この世界を精一杯罵るための表現を他に思いつくことさえできない。


 俺の語彙ではとうてい足りない嫌悪感を振りまくこの世界・この現象。


「…………」


 その時、自分の中でなにかが形作られていくのを感じた。


 たぶんそれは俺がなにかで迷うたびに求めて、しかし俺には欠けていたものだった。


 弱く、ふらふらして迷い続け、なにも決断できない自分にもっとも足りなかった要素━━


 ━━信念。


 それは怒りによって確保されたものだった。


 あるいは『信念』だなんて上等なものじゃなくって、ただの『意地』だったのかもしれない。


 とにかく、俺は。


 あの結末が、気に入らない。


 ……それだけで、よかったんだと思う。


 人を小馬鹿にするようなこの世界には嫌悪感しかわかないけれど、同時に俺に色々なことを学ばせてもくれた。


 俺はいつだって『いつか、現実に戻った時』のことを考えていた。

 戻るつもりで努力も重ねていたし、戻ったあとのことを考えて、彼女に不誠実にならないように過ごそうとしていた。


 それはきっと真面目て潔癖で、立派なことなんだと思う。


 でも、目の前のことをないがしろにしていい理由にはならない。


 ……この世界に生きている人を、『ゲームでした』と茶化されるのがたまらなく気に障るなら……


 俺自身がちゃんと、『目の前に、実際にいる人』として扱うべきだったんだ。


 未来はもう気にしない。

 初日の出の約束は、横に置いておく。

 彼女のことさえ、この世界では忘れよう。


 そして。


 全部終わったら、全部話して謝ろう。

 黙っていても良心がとがめないような行動ばかりを選ぶんじゃなくって、ちゃんと終わらせるために、精一杯、やろう。


 ……大晦日の鐘の音はまだ頭の中に響いているけれど。


 俺は初日の出のない世界で、強くてニューゲームをすることにした。

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