第17話

 俺たちは攻勢ラナウェイには慣れきってしまっていたので、その規模についても感覚でわかるようになっていた。


 物見はいつでも最低二人は各村落に配置されているから、遠くに迫り来るモンスターがあればこれが攻勢ラナウェイの前兆であり、前兆を察知した物見が警鐘を鳴らせば、事前に決めてあった通りの対応がとられる。


 訓練は当然のように万全。装備管理も人口が増えたことによって分業できるようになっていた。


 各村落は五十人を最大数として、それ以上増えそうなら、他の村落へ人口を回したり、あるいは新しい村落を拓いたりすることになっている。


 とはいえこの制度ができてからさほど経っていないので、王都とそれを東西南北で囲む四つの村落の他には、新たに一つ、北東方向に作ろうか━━という計画がある程度だった。


 という状況での、大攻勢スタンピード


 世界やモンスターに、人類側が勝手に見出したルールを押し付けることはできない。


 人類は『ある程度人が集まると大攻勢スタンピードが起こる』と集積した知識により読み解いたけれど……


 もしかしたらそれ以外にも起こる条件があった可能性もあるし、そもそも、読み解いた条件が間違っていた可能性さえ捨てきれない。


 あるいは『人が増えたら村落を拓かせ、別な土地に住んでいることにする』という裏技的な方法が、モンスターどもに大攻勢スタンピードなんてものを起こさせた『なにか』を怒らせた可能性も考えられた。


 ……とにかく、対応しなければならない。


 この世界は現実で、俺たちは生きているし、これから先だって、生きていくつもりなのだから。


 全力で、抵抗した。


 モンスターどもは王都を目指しているようだった。


 その東西南北には新しくできた村落があり、そこは防備を固めているだけあって、王都へのモンスター侵攻をわずかな時間押しとどめることができた。


 けれど本当に攻勢ラナウェイとは比べものにならないほどの数のモンスターがひっきりなしに押し寄せる中では、ほとんど村落の防衛機能は役立たなかった。


 作り上げた壁は一瞬で壊され、築いてきた家屋はぐしゃぐしゃに踏み潰された。


 訓練していたはずの村民たちはあまりの数を前に連携を発揮できず、武器が壊れるまでねばったところで侵攻に終わりは見えなかった。


 俺は東西南北の村落を駆け回って防備に手を貸したけれど、どうにもならない。モンスターは世界中から集まって来ているのではないかというほどの数で、殺しても殺しても、群れが減っている印象はなかった。


 鍛え上げた国民たちはそれでも生き残りはしたけれど、それはもう、個人の武勇に優れた者が、王都目指して押し寄せるモンスターの津波の中で点在し、どうにかふんばっている、という程度でしかない。


 俺たちの築いたなにもかもが、無慈悲に呑み込まれていく。


 けれど、きっと『終わり』はあるのだ。


 これまでこの世界の人がわずかでも生き残って『破滅後の世界』でつつましく生きていたように、わずかでも人が生き残れる可能性はある。


 俺たちは行方のわかっている人を王城に集めて、その周囲に戦力を配置し、王城だけを守るように集中した。


 ……大攻勢スタンピードをかけてくるモンスターに『最後尾』がもしも見えたらそちらの方に人を逃がすこともできただろう。

 けれど、俺たちが直面した大攻勢スタンピードには、最後尾なんかなかった。

 どれほどの高所から見下ろしたって、大地いっぱいのモンスターがひしめいていたのだった。


 戦うしかなかった。


 踏み荒らされていく王都はあっというまにモンスターどもに覆われて見えなくなっていく。


 王城周辺にありったけの武器を並べて、ただただひたすら戦った。


 補給する暇はなく、交代する人員もいなかった。


 戦いはいつまでもいつまでも終わりなく続く。


 周囲をサポートする余裕もなく、ただ手の届く範囲にいるモンスターを殺す以外のことはできなかった。


 ……時間の感覚はとうになかった。


 背後で衝撃音が聞こえたのはどのぐらい戦ったあとだろう?


 王城を囲んでいた誰かが、モンスターに抜かれたのだ。


 下がるべきかこの場を死守すべきかの選択の機会がここだったのだけれど、俺はもう周辺状況を冷静に判断している余裕などなく、結果として『この場の死守』を選ぶこととなった。


 この選択がどう結果に影響したのかはわからない。


 どこにいようと、結末は同じだったような気がする。


 思い返せばそれは十日間ほどの休みのない戦いだっただろうか。


 気付いたらモンスターたちは死に絶えていて、あたりには死体がうずだかく積もっていた。


 かつてあったという『国を滅ぼした大攻勢スタンピード』において、人々は大した抵抗もできずに滅ぼされたらしい。


 それは幸いなことだったのかもしれないと思えた。

 ……モンスターどもを大量に殺してしまったがゆえに、俺たちはこの大量の死体と向き合って生きることを強いられるのだから。


「……誰か」


 しばし呆然と死体どもを見下ろしてから、ようやく思い出した。


 生存者は。


 仲間たちは。


 彼女・・は━━


 振り返る。


 王城は死体に埋もれて、見えない。


 掘り返さないといけないということを理解して、王城があっただろう位置へと歩いていく。


 その途中でか細いうめきをあげるモンスターを見た。


 なにげなく、その首を撥ねて━━



『Congratulations!!』



 ━━なにかが、視界にちらついた。


 それは底抜けに明るくて、あまりにもだしぬけで、血臭漂うモンスターの死体でできた地面というロケーションに、これ以上なくそぐわなかった。


 滑稽すぎて固まってしまう俺に、『それ』は告げる。



『あなたはすべての目標を達成しました。


 クリア、おめでとうございます。


 このゲームはここでおしまいです』



 硬直している俺に、『それ』は最初から決められていた手順をこなすように表示され続ける。


 意味がわからなかった。


 ゲーム的な演出━━というのはわかる、のだけれど。


 あの除夜の鐘の最中に俺は唐突にゲームを始めたわけじゃあ、ない。


 たしかにまったくなんの前兆もないまま、この世界に飛ばされたというのに━━


『それ』は、俺に選択肢を提示する。



『クリアデータを引き継いでもう一度遊べます。


 →データを引き継いで最初から遊ぶ


  データを引き継がず最初から遊ぶ


  ゲームを終わる(現実に帰る)』



 ……動けない。


 ただ呆然と、信じられないぐらいの長い時間、俺は目の前の選択肢を眺め続けるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る