第15話

 次の『問題』が持ち上がった時にホッとしてしまったのは、もはや俺をもっとも悩ます問題が『人間関係』のみになっていたからだろう。


 起こった問題は物理的というか、物質的というか……

 とにかく人と人との機微に根ざす、答えの見つからないまま悶々としなければならないような、そういう性質からはかけ離れていた。


 攻勢ラナウェイとのちに定義されたそれは、大攻勢スタンピードの小規模版だった。


 大攻勢スタンピードが『目標とされた土地から人類がすっかりいなくなるまで』『ありったけのモンスターが襲い来る』というものなら━━


 のちに攻勢ラナウェイと呼ばれることになったその現象は、『一定の時間』『一定数のモンスターが襲い来る』というものだった。


 その最初の被害に遭ったのは、王都北部に新設されていた領地だった。


 そこは俺と女王陛下が最初に拾った姉弟の治める土地であり、伝令役には姉の方が駆けつけた。


 弟は逃げる村人を守るため、しんがり・・・・に残ったのだという。


 弟の方は目が見えないのだけれど、やはり度重なる狩りにより、その強さは『国民』の中でも上位にあった。


 しかし『長距離を駆ける』というのはやはり苦手だったため、姉の方が持ち前の速度を活かして伝令に来た、という背景があったらしい。


 ……大攻勢スタンピードを前に一人で残るなど、自殺行為だ。


 この時の俺はまだ大攻勢スタンピードを生で見たことはなかったのだが、それがいかに圧倒的な破壊をもたらすものかは、世話になっていた村でよく聞かされた。


 実際に大攻勢スタンピードで滅んだ村の人たちも、臨場感をもって語ってくれたことから、それに抗おうという発想自体が愚かであるという認識がゆるぎなかった。


 ……この時は攻勢ラナウェイという概念がまだ確立されていなかったので、モンスターがたくさん来る現象はすべて大攻勢スタンピードだと思い込んでいたのである。


 だから勢い込んで駆けつけ、どうにかまだ生き残っていた弟と力を合わせてこの現象を乗り切った時は、予想を下回るあっけなさに肩透かし感さえ覚えたほどだった。


 ケガ人はしんがり・・・・に残った彼のみで、死者はゼロ。


 この喜ばしい戦果に王国中が盛り上がり、盛大に祝われた。


 一人で村人たちの背を守った彼は『元帥』という地位を与えられた。

 ……まあ、率いる軍はないので、それは名誉以外にはなにももたらさなかったのだけれど、例の『王国ごっこ』において彼が頭ひとつ抜けたのは事実だろう。


 ……ところが、『大攻勢スタンピードを無事に乗り切ったぞ!』という盛り上がりの中で、違和感を訴える者もあった。


 それは実際に大攻勢スタンピードに村を滅ぼされた人たちで、特に俺の元妻の彼女は、『あれは大攻勢スタンピードではない』と確信のある口振りで注意喚起をして回った。


 結論から言えばその意見は正しかったのだが……


 これが、いけなかった。


 盛り上がりに水を差されると人は不機嫌になるもので、さらに水を差している連中が『よそもの』ともなれば反発も大きくなる。


「もちろん、モンスターの攻撃・・から身を挺して人々を守ったのは立派なことではあるが」


 だなんていう前置きは、人々のあいだに広まる時には省略され、彼女はすっかり『英雄の活躍にいちゃもんをつけるよそもの』とされてしまった。


 ただし、これは大きな問題になる前にどうにか解決した。


 のちに攻勢ラナウェイと称されるモンスターの中規模襲撃は、その後定期的に続いたからだ。


 それらはいくらかのケガ人を出し、油断し、英雄になろうと無茶をした者を数人殺しながらも、かつての大攻勢スタンピードを知る者から『あれはたしかに大攻勢スタンピードとは呼べない』と言われ……


 そうして攻勢ラナウェイという、『大攻勢スタンピードよりは脅威度の劣るモンスターの襲撃』を表す言葉が造られた。


 俺はこの攻勢ラナウェイの解決のためにほうぼうを走り回り、この間は人間関係の話題を忘れることができた。


 そうして━━


 その日・・・が来る。


 この世界と、『元の世界に帰る』という俺の夢と、どちらをとるかを選ばされる、その日が。

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