第13話

 二度と会うこともないと思っていた人との再会は、俺にひどく気まずい気持ちをわき起こさせた。


 俺の元妻は生き残った村民を率いて王都へとたどり着き、そうして俺と再会した。


 元妻らが王都を目指したのは、彼女らが大攻勢スタンピードによって家をはじめとした防衛設備を失ったからであり、また、『王都』に対する忌避感がない世代が生き残っていたからなのだった。


 四十年前に王都は大規模大攻勢スタンピードにより滅びたという話だが……


 その当時生きていた村長などは、王都という場所に『呪い』みたいなものがあると、なかば本気で信じていたようだった。


 それは大攻勢スタンピードのメカニズムがなんとなく解き明かされても払拭されないものだった。


 だがそれは当時を知る当事者の心を縛り付ける鎖であって、かつてこの国がまだ国としての体裁を整えていた時代を知らない世代にはなんの効果ももたらさなかった。


 元妻は人類が今のように小集落に点在するようになってからの生まれであり、長老衆から『かつて国が国だった時代、一夜にして滅んだ時の話』を聞かされて育ってはいるらしいが……


 それは拠点となる集落が無事ならわざわざ王都を目指さないというだけで、住むべき拠点を失ってモンスターのうろつく『外』に放り出されてみれば、とりあえず建物があるらしい王都を目指すというのは自然なことだったのだ。


「迎え入れてもらわねばならない」


 妻は代表者として俺や女王陛下に向けて言い放った。


 紫色の瞳は相変わらず美しかった。

 けれどその美しさは、あの夜に俺が感じた宝石のようなものではなくって、ちゃんとした人間の、強い意思の宿った輝きによるものだった。


 彼女は、赤ん坊を抱いていた。


「……せめて、我らが新しい集落を作れるぐらいになるまでは、なんとしても、壁も建物もあるこの土地に住まわせてもらわねばならない。子供を抱えて壁で区切られてもいない場所で野宿はできないんだ。……頼む」


 俺は横にいる女王陛下を見た。


 女王陛下も俺をご覧になっていた。


 ……ああ、そうだ。俺たちがしているのはあくまでも女王ごっこであり、従者ごっこなんだ。


 歳上で強い俺が……もっとも多くの食い扶持を稼げて、仮に大攻勢スタンピードが起こってもみんなを守れるであろう力を持つ俺が、決めなければならない。


「……受け入れましょう。ただし、これで王国の民は七十人を超えてしまいます。独り立ちできる者は、早く独り立ちの準備をしてもらわねばなりません」


 ……たとえ大攻勢スタンピードが起こっても、俺は死なないだろう。


 最終的には襲いかかってきたモンスターどもを全部倒せるかもしれない。


 けれど、それは『人を守り切れるか』というのとは、まったく別な話なのだ。

 大攻勢スタンピードが起きたなら、俺は生き残れても女王陛下をはじめとした『国民』たちをたった一人で守り切れる自信は全然なかった。


 だから、大攻勢スタンピードは避けられるなら、避けるべきだ。


 女王陛下はため息をつき、うなずく。


「わかりました。能力のある者を選別し、領地を与えましょう」


 ……たしかにこれは領地の下賜だ。


 そういえばそうなるな、と思ってしまい、おかしくなる。


 俺たちがしているのは『王国ごっこ』にすぎない規模なのだけれど、このごっこ遊びが長いこと維持できているのは、女王陛下の語彙というか、発想というか、そういうものに間違いなく『王』を感じるからなのだった。


 その『王』は日常のちょっとした場面での言葉遣いなどに現れ、俺たちの『ごっこ遊び』にリアリティを与えていく。


 だから俺たちは何年もこうやって女王と臣下ごっこを続けていられるのだろう。


 何年も。


 ……そしてそれは、きっと、これから先もなのだろう。


 俺はすでに二十代半ばになり、この世界に来てからもう十年は経っている。


 帰るための方法は未だ見つからず、果たされない約束はふとした瞬間に俺の胸を締め付けるのだ。

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