第12話

 子供たちはその後も増えてきたのだが、あとから思えばこれにはいくつかの理由が考えられた。


 一つにはそもそも世界がしばらく大規模大攻勢スタンピードを経験しなくなってきて、人類が油断して人口増加を今までよりは厳しく制限しなくなったのではないか━━という予想。


 しかし増えたあとで『増えすぎたな』という恐怖感がよぎって、放逐されたのだろう。

 ……計画性がないだとか、最初から予想ぐらいしとけだとか、まあ、もしもこれが事実だとしたら言いたくもなるのだけれど、悲しいことに、人間というのは、そんなに計画性のある生き物でもないのだ。


『大丈夫そうだな』と思ったことが結果的にダメで、振り返って初めて『そりゃあダメだわ』と気付くことはあまりにも多い。


 人命でそれをやるなとも思うが……なんというか、『やりそう』な空気感はあった。

 ここは、元の世界よりもずっとずっと、生命というものが軽いのだ。


 そしてあふれた子供たちは、たぶん、目に映る中で一番でかい建物がある王都を、なんとなく・・・・目指したのだろう、ということ。


 実際、一番最初に拾った子供たちがそういう動機でこちらに歩いてきていたらしい。

 その後拾った子らも似たような動機だったから、『ランドマークとしてちょうどいい』というのは、目指す理由として大きそうだ。


 ……かく言う俺自身、王都には『なにかあったらいいな』程度の気持ちで訪れたが、王城にたどり着いた理由は、ランドマークとしてちょうどよかったから、なのだった。


 そして、子供たちがたどり着けた理由だが……


 これは、俺と女王陛下が城を拠点に狩りをしていたことが大きい。


 つまるところ、俺たちの住まう王都付近にはモンスターのあまりいない地帯ができあがっていて、ランドマークである王城を目指して歩いてきた子供たちでも、うまく抜けられるまでに危険度が下がっている━━と考えられた。


 同じように追放されていそうなお年寄りが来ていない理由は二つ考えられる。


 そもそも、この世界は『年寄り』の絶対数が少ない。


 歳をとる前にさまざまな事情で死んでしまうからだ。


 そして無事に歳をとれた者はといえば各集落での『長老衆』みたいな、シンクタンク……とはちょっと違うと思うけれど、そういう知的集団に属する。


 つまり、権力者の側になる、らしい。

 権力者は、追放されない。


 だからそもそも追放される年寄りの数が少なく、数が少なければ『モンスターのあふれる大地』という選別を抜ける数も少なくなるし、そもそも、王都を目指す確率も低くはなるだろう。……他に目指すようなランドマークもないとは思うが。


 なににせよすべては結果からの逆算にすぎない。

 ただし、多くの子供たちを抱えることになった俺たちのもとには、この連絡の途絶した大地において、一番と言えるほどの量の情報が集まっていることも事実だった。


 世界の状況が見えていくにつれ、俺たちは本当にここが『滅びたあとの場所』だという実感を強めて、物悲しいような、切ないような気持ちになった。


 ……幸いなことに、と言っていいかどうかはわからないが、大攻勢スタンピードに対するデータは足りていない。


 子供たちはそのすべてが追放された者であって、大攻勢スタンピードによって村が滅びて逃げ延びた者がいなかったので、『滅んだ村の最低人口』と『滅ばなかった村の最大人口』の境目を割り出す情報はないのだ。


 ただ、どの村も三十人から五十人ぐらいの様子で、どれほど多く見積もっても人口七十人を超えている村がなさそうというのは、気になる数値ではあったが……


 考えるべきことの多い日々は俺に『元の世界に戻る』という目的をひとまず忘れさせてくれた。


 はっきり言うと、手詰まりだったのだ。


 それに、子供たちが増えてきたおかげで忙しくなり、俺と女王陛下のあいだに一時期流れ始めていた、奇妙に息の詰まるような粘度の高い空気も、気付けば消え失せていた。


 俺たちは子供たちを鍛え、教え、彼らの成長を見守るのに多くの時間を割いた。


 そういうことを続けていくうちに王都の人口もずいぶん増えて、石造りの街は王城周辺だけ瓦礫がどかされ、旧貴族街には多くの子供たちが住居を持つようになった。


 ……王城は半壊しているとはいえ部屋数はあるのだし、そこに子供たち全員を住まわた方が、安全管理の面からいいとは思うのだけれど……


 子供たちは俺と女王陛下とを『特別なもの』として扱うことを自分たちに強いているような感じがあった。


 それは『ごっこ遊び』のような雰囲気ではあったけれど、彼らは彼らなりに考えてその階級社会を生み出し、そこに意義を見出しているようだった。


 彼らは訓練・勉強がうまくできたり、あるいは手柄を挙げたりするたびに話し合って、住む場所を入れ替えるということをしていた。


 観察していると『より活躍した者が、より王城の近くに住んでいい』というルールがあるようだった。


 そんな遊びをしている彼らにとって『王城に住まうこと』は『ゴール』のようで、特に明確な基準はなさそうなのだが、彼らの中ではなにかしらの『でかい手柄』を立てれば王城に住めるような、そういう決まり事になっていることがわかった。


 ……権力・階級制度の萌芽だ。


 これがいいことなのか、悪いことなのか、俺には判断がつかない。


 もちろんなにごとも熱意を持って取り組むのはいいことだ。

 だが、その熱意が行きすぎて、たとえば無理をしたり、あるいは足の引っ張り合いが生じたりとか、そういうことが起こると思うと……


「信じましょう」


 俺のこぼした言葉に女王陛下はそのようにおっしゃった。


 それは美しい信頼というよりは、『どうしようもないから、疑うより信じた方が精神衛生上いい』という話のように思われた。


 そう、どうしようもないのだ。


 俺たちは権力者でいることに不慣れだったし、子供たちの『ごっこ遊び』には大人を寄せ付けない空気感が常につきまとう。


 そこに乗り込んでいって彼らにだけわかるルールにしたり顔で口を出す大人が好まれないことはわかりきっているし、そもそも、大人が大人だからという理由で子供を制御できる世界でもない。


 ……増えていく人口。

 始まってしまった『階級社会ごっこ』。


 色々なものが俺たちの心の奥底で不安としてわだかまっているけれど、俺たちは解決法を思いつけない、それ以前に本当に問題かもわからないそれらのことについて、気付けば考えないようにしていた。


 だから、このあとのことは、起こるべくして起こった問題なのだと思う。


 久々の━━


 人類が今の形態になってからの、おそらくは初めての大攻勢スタンピードが発生した。


 それは俺たちの王都ではなく、ここから俺の足で歩いて七日ほどの位置にある村……


 俺がこの世界で初めて拠点とした、あの村で起きたらしかった。

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