第8話

 女の子は俺を強盗とか盗賊とか思っていたようだが、そういう相手にまず誰何すいかをするあたり、あまり荒事慣れはしていないようだった。


 小さく細い体は綺麗なドレスに包まれ、足には歩きにくそうなハイヒールを履いている。


 まだ幼いと思しき甲高い声は恐怖と不安にうわずっていて、右手に持った剣を引きずる姿はあまりにも頼りなく、左手に持った燭台が一本ごとに大きくかたむき、今にも熱い蝋を床の書物に落としそうなありさまだった。


「待ってくれ、怪しい者じゃない」


 怪しいやつはみんなこう言うと俺は思ったし、女の子も信じていないようだった。


 幸いにも俺はこれまでいた集落で『いきなり見知らぬ人が家の中にいた』という事態には行き合っていない。

 見知った人が当たり前のように家で俺を待っていることは珍しくないのだが、その人たちを警戒することはなかった━━という感じか。


 なにせあの村において、もっとも大事な資産は『体』なのだ。


 貯蓄の概念が消えかけている村において物盗りの可能性を疑う必要はなかった。あの村において獲物はみんなの前に残らずさらされ、村長が一括管理するので、各人の家は『寝る場所』以上のものではない。


 もちろんいくらか『個人的なたくわえ』……服や武器などはあって、それが盗られる可能性もあったが、そういうものを持ち主以外が身につけていればまず発覚する。


 なので物盗りに対する警戒というのを、まずしない。


 ところがあの子は俺を強盗かなにかだと警戒した上で、もっとも資産価値を持つはずの『体』をわざわざこちらの眼前にさらし、『本』を守るべく、剣を片手に俺に向かってきているのだ。


 あれだけ弱々しい子なら本なんかくれて・・・やって隠れているべきだろう。

 なにせ、本はなくなっても死なないが、怪我でも負ったら死ぬ可能性がある。


 しかも、一度俺に立ち向かおうとしておきながら、『怪しい者じゃない』という怪しすぎる申し出を受けて足を止め、口を開くのだ。


「では、あなたの身分と、来城目的を告げなさい!」


 身分。


 ……駆除人というのが、世界共通なのか、それともあの村だけの俗称なのか、この時の俺は知らなかった。


 また、身分証など当然ない。顔見知りだらけの村ではそんなもの必要ない。誰がどういう役割の人かみな知っているのだから。


 けれど困り果てていても燭台を持った少女が危なっかしい足取りで本まみれの場所に迫ってくるので、とりあえず浮かぶまま言葉を並べた。


「お、俺は『駆除人』だ! この城には、異世界に戻る方法を探すために来た!」


 怪しさが乗算されていく。


 だが、女の子は俺の言葉を聞くとおどろいたように青い目をまんまるにして、


「…………本当に、来たのですか? 今になって?」


 なにかを知っている口ぶりで、述べた。

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