第7話

 道まで石畳を敷かれて整備されていたであろう名残は今なおうかがえて、瓦礫を足でどかしながら歩けばたまに白骨が見えた。


 死の都、だなんていう表現は陳腐かもしれないけれど、ここ以上にその表現がしっくり来る場所を俺は知らない。

 吹く風に砕けた石造りの家々の破片でも混じっているのか、物悲しく、それから凄惨なにおいが鼻につく。


 俺の目的地は都市中央に見える巨大な建物━━王城だった。


 白亜の美しい石の名残を遠目からでもうかがわせるその建物は、なにか巨大な化物にこそぎとられたように、こちらから見て左側半分がごっそり消え失せていた。


 王城になにがあるか、それはわからない。

 あそこを目指しているのはランドマークとして都合がよかったからでしかなかった。


 歩いていくうちに『王城にもしも資料が残っていれば、異世界転移についてもなにかあるかも』というざっくりした目的は見つかったけれど、そもそもこの世界の文字が読めるかはわからない。


 村には文字の文化はなかった。


 おそらく村長なら書けたのだろうとは思うが、習うことも使うこともないので、見る機会がなかった。

 獲物の数を記すなら、獲物のぶんだけ線を引けばよかったし、そもそも全体が顔見知りだけで回っているのだ。

 わざわざ『契約書』だの『注文書』だのを用意する必要もなく、マンパワーも不足しているので『書』を用意する手間も惜しい。

 また、他村への伝令なども、もはや途絶えて久しい。


 こうして文字文化は習得難易度という面からではなく、必要性という面から潰えていたのだった。


 つらつら考えごとをしているあいだに王城にたどり着く。


 王都に入ってからというもの、一匹のモンスターにも遭遇していない。

 連中は大攻勢スタンピードによってすっかり王都を滅ぼしたとなんらかの手段で確信し、そうしてこの都に興味を失ったのかもしれなかった。


 外側から見ると崩れきっていないのが不思議な建物である王城内は、半身をごっそり削られながらも奇妙な安定感をもってそこにたたずんでいた。


 内部に入ればかつての栄華をうかがわせる調度品、絨毯、他にも豪華な衣服をまとった白骨などがあり、すべてが時間の経過を前に薄汚れ、朽ちてボロボロになっていた。


 昼下がりだというのになんだか内部は薄暗く、探索のためには、壁に手をつき、歩幅を小さくして、慎重に進まねばならなかった。


 片っ端からドアを開いて━━もはや歪んでいて開かなかったり、半分以上瓦礫になっていたりするので『開く』というより『ぶち壊して』確認していくと、書庫らしき場所を発見した。


 それは俺の元の世界にあっても違和感がないような、しっかりした背表紙、表紙、裏表紙のある本が整然と並べられていただろう、図書館とでも呼ぶべき場所だった。


 もちろん今は整理する者もおらず、すさまじい震動に襲われたあとのように本はばらばらと床にこぼれおち、幾重にも折り重なるようにして知識の死骸をさらしている。


 うずだかく積み上がったその中から手ごろな位置にあるものを取り、なんとなく読んでみる。


 読めてしまった。


 というか、これは━━


「日本語、だ」


 それも、文章が古くない・・・・

 これは感覚的なものなのだけれど、これを『四十年前にはすでに書かれていた文章だ』と言われても疑ってしまうような、現代っぽさ、みたいなものがあった。


 夢中になって本を拾い、目を通し、置いて、また目を通す。


 床にばらまかれた本はどうにも、もともとはジャンルごとに整理されて並べられていた気配があった。


 たとえば一番そばにあった山を構成する本は『歴史』ジャンルのものだったし、もう少し違う場所には『精霊』という、ようするに自然現象についての内容があった。


 なんとも奇妙な心地だ。


 この世界は現実ではない。

 けれど書にある内容に次々目を通していくと、それは『自然科学』を『精霊の力』と置き換えただけのような、あるいは『科学』を『魔法』と置き換えただけのような、俺の知る『現実』との不可思議な相似性があったのだ。


 しばらくそうして夢中になっていると、日が暮れたのか、わずかな明かりさえも城内に届かなくなってしまった。


 そんな折、だった。


「わ、わ、わ、我が城に、なんの用事ですかっ!」


 怯えた子供の声が聞こえて、振り返る。


 そこには片手に燭台を持って、もう片方の手には……暗くてよく見えないが、なにか重そうな、引きずる音からして金属製のものを持ち……


 こちらに向かって胸を張っている、女の子? の姿があった。

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