第6話
夜逃げという方法を選んだのは少しでも義理を欠くためだった。
義理を通して丁重にお断りするのと、俺が黙って逃げ出すのと、どちらが……この村で妻となってくれた人の未来を傷つけないか、考えた。
するとやっぱり、俺が強引に、実力で押し通った方がいいだろうと思ったのだ。
行くあてはなかった。
ただ、あの村に留まっても、歳を重ねるだけで人生が終わるだろうなという確信があった。
幸いにも食糧も水も必要ない。あれば嬉しいがそれで死ぬことはない。
モンスターの攻撃で俺を殺すこともできないだろう。少なくとも戦いが続けば最終的に死ぬのは俺ではなくモンスターの側だ。
……ただ、不安なのは、『時間』だった。
元の世界とこの世界との時間の流れの差がどのぐらいかはわからない。
まったくないのかもしれないし、この世界での一日が向こうの世界では一年だなんていう、絶望的な法則性がある可能性もある。
だけれど元の世界に帰るのは早いにこしたことがないのだけは、動かしようもない事実だった。
彼女が生きているうちに戻れなければ、俺の冒険にはなんの意味もなくなってしまう。
……そういえば、俺はなぜこの世界に呼ばれたのだろう?
『呼ばれた』。
この時点の俺には本当になんの情報もなくって、自分が呼ばれた理由もわからず、『死ぬたび死因に耐性をつけて蘇る』という特性の名称についても知らなかった。
それでも『呼ばれた』というのは確信していた。
自分の状態を定義する時に『迷い込んだ』も『来た』もなにかいわく言い難い違和感があったけれど、『呼ばれた』と表現すると、すんなりと胸に染み込むような適合感があったのだ。
ふと、滅びたという王都を目指してみようと思った。
すでに四十年以上も前……例の村の村長がまだ少女だったころに滅びたというので、そのぐらいかなと思うというだけの話だが……にこの世界は今の体制になったのだという。
つまり廃都となってすでにそのぐらいの時間が経っているというし、その時間の中で
つまり『王都は人口が多かったから滅びた』わけで、王都それ自体に人口以外の滅びるべき要素はなかったというのは、共通認識としてゆるぎないわけだが……
それでも、なにかがあるとするならば、それはきっと大きな都市だろう。
……このぐらいの思いつきなのだった。そして、それ以上にすがるべき情報も方針もないのだった。
だから俺の足は王都へと向いていた。幸いにも大まかな方向は知っていたし、途中でなにかあっても無事に済むだろうと思い込めるぐらい、俺は俺の不死性に順応していた。
たぶん一週間も歩いただろうか。
暦のない生活を長く送るうちにどんどん時間感覚はあいまいになっていった。意識しなければ『昨日』をうまく認識できない。
だからこの旅路でもっとも気を払ったのは『昨日のことが昨日起こったと忘れないようにすること』だというのは、なんとも牧歌的で、滑稽な話だ。
モンスターには当然遭遇したが、もはや俺を殺せる手段を持つものはなかった。
そうしてたどり着いた旧王都━━
もとの荘厳な姿を今なおうかがわせる、壊れ果てた石の門がようやく俺を出迎えた。
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