第4話
駆除人は尊敬される職業で、俺はあっというまに村で多くの人に親しく、そして尊敬されるようになった。
不死身、なのだった。
ボロボロのジャージには当然のことながら特殊な防御効果なんかない。それでも俺はもう傷一つ負わずにモンスターを狩ることができた。
武器の一つさえあれば食事も飲み物も必要なく、何日でもずっと狩りを続けられる。
しかも村にもたらす恩恵は膨大。
実力を示し続けた俺が村で発言力や立場を得るのは当然のことだった。
……そんなものを求めていたわけでは、ないけれど。
それでも村の人たちが、よそものでしかない俺に親しく、親切にしてくれるのは嬉しかった。
たった一人でまったく知らない世界に来た孤独感はいつしか薄れ、俺はようやく『元の世界に戻る方法を探さなきゃ』という使命を思い出すことができた。
でも、方法はわからない。
それはモンスター退治の果てにあるようには思われなかったし、いまさら村の人たちを放って、あるかどうかもわからない『元の世界に戻る方法』を求める旅に出るのは、どうなのか……
……でも、心の中には、やっぱり、あの大晦日に交わした約束がある。
生活が安定してきて、毎日のようにあの日のことを思い出している。
幼なじみから恋人になった彼女のこと。初めて迎えた大晦日。除夜の鐘。初日の出を並んで見ようという約束。
もう、あの約束の日からどのぐらい経ってしまっただろう?
彷徨していた時間がどのぐらいだったのかわからなかった。
農業を捨てたせいなのか、この世界の人々は暦を数えることを忘れてしまっていて、それでもまったく問題なく生きられることにおどろいている。
学校もなく、行事もない。
お祭り騒ぎはあるけれど、それは大きな獲物、大量の獲物を狩った時に突発的に行われるものでしかなかった。
来年もまた同じ日に同じように祭りを行おうなんていう発想はなく、そもそも『来年』という概念さえもこの世界にはない。
初日の出のない世界で、彼女とした約束を想う。
そのたび胸の中からあふれ出す郷愁はむせかえるほどに匂い立っていて、のどがひくついて、目頭が熱くなった。
……帰りたいんだ。
どれほどこの世界でよくしてもらっても、どんなにこの世界で恵まれているなと感じても、俺の心はまだあの大晦日にいる。
自分の心の居場所を見つけ出してしまってから、毎日がどんどん色褪せていった。
どうしようもない衝動に任せるまま黙って村を出ていこうと思い立つことが日増しに増えていく。
俺は、ついに、村長に村を出る旨を告げずにはいられなくなってしまった。
「出て、どうするんだい?」
尊重は背の低い優しそうな老婆で、その声にはどこまでもこちらを気遣う気持ちがにじんでいるように思えた。
だから俺は……いや。
『だから』ではない。
この世界に来て、人の温かさに触れてからというもの、俺は自分の本心を偽ったり、自分の本音を隠したり、自分の要求を通すために言いぶりを考えたりということを、しなくなっていた。
それは誠心誠意話せば理解と賛同を得られるものと疑っていなかったからだ。
人には真心が通じるものだと思っていた。実際にそうだった。真心をもって接すれば、それに人も応えてくれる━━俺がこの世界で人と交流するうちに学んだのは、そういう、人と人とのつながり、思いやりだった。
でも。
それは、俺が『村に莫大な利益をもたらす駆除人』だったからなんだ。
「わかったよ。でもねぇ、もう少しだけ、考えてみてもいいんじゃあないかい? その『元の世界』に戻るっていうのは、あてもないわけだろう?」
俺は村長の申し出をありがたく思いつつ、決意は固かったので、留まってもいいという申し出を固辞した。
……なにも衝動にだけ押し流されたわけじゃないんだ。
村の周辺にはもうモンスターもずいぶん減っていたし、そもそも、『村の人口が増える』というのは
俺が活躍することによって村人の生存率が上がり、豊かになることで子を産む人も増えた。
これ以上人が増えてはまずいだろうという配慮と、今の村の周辺状況であれば俺がいなくても大丈夫……というより、俺が来る前よりも楽なぐらいだという計算とがあって、そこも村長に確かに伝えたんだ。
「そうかい、残念だねぇ」
村長は品のよい仕草でため息をついた。
罪悪感は抱いたけれど、それでも俺の想いは変わらなかった。
そうしたら、翌日。
俺と、村の駆除人の女性……俺を最初に発見した彼女との結婚が大々的に発表された。
なにがなんだか、わからない。
広場に引っ張り出された俺は、村人たちからの祝福を受けながら、すっかり困惑して固まってしまった。
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