2.7 狂人王の子供たち

 婚約披露パーティーの日、王家の使者がアンジューを訪れて贈り物と手紙を届けてくれた。

 使者はブルターニュ公の弟でアルテュール・ド・リッシュモンと名乗った。いまは王太子ドーファン付きの騎士をしているという。

 私は王太子の弟だが、私よりもずっと身近なところで兄に仕えている人物だ。


 ヨランドの計らいで、リッシュモンはパーティーが始まるまで私の話し相手を務めた。


「兄上は優しい方だとわかりました」

「存じております」


 王太子の多忙な仕事ぶりと兄の人柄を教えてもらい、私は見知らぬ兄のことが大好きになった。

 もう少し成長したら、私も兄のもとに馳せ参じて力になりたい。心からそう思った。


 私は狂人王シャルル六世の10番目の子で五男だ。

 だが、私が誕生する前に長兄と次兄は夭折していた。

 ふたりとも祖父と父にあやかりシャルルと名付けられた。


 1413年の時点で、王太子を務めているのは三男のルイ。

 王太子とは年子で四男のジャン。

 私は末弟で五男のシャルル。


 祖父と父の名を継承したと考えれば、とても光栄だと思う。

 ただし、父も母も末っ子の私に関心がなかったと聞くと、少々ひねくれた考えかもしれないが、死んだ子の名を再利用しただけかもしれなかった。


 両親に愛されていても疎まれていても、フランス王位を継承できる者は男系血統の男子のみ。

 王位継承権を持っている直系王族は私たち三兄弟だけだった。




***




 王太子ルイの初仕事は、私たちの叔父で王弟オルレアン公を殺害したブルゴーニュ公を裁くことだった。

 王に統治能力がないため、これまでは王弟が国王代理として宮廷を動かしていた。

 王弟の死で、わずか10歳の王太子が表舞台に駆り出されることになった。


 宮廷に申し開きの場を設けると、ブルゴーニュ公は素直に出廷した。

 玉座に座る王太子の足元にひざまずき、許しを乞うた。


 しかしその実態は、宮廷の中も外もブルゴーニュ公配下の兵に取り囲まれ、まるで王太子を恫喝するようなありさまだったという。


 王弟殺しの罪をまともに問い正すことができなかったとしても、このときの兄は10歳の子供だ。為す術はなかっただろう。

 父王に至ってはブルゴーニュ公に赦免状を与えてしまった。

 弟を殺した犯人を、王みずから無罪放免したことを意味する。


 王の赦免状を根拠に、ブルゴーニュ公は宮廷に居座り、さらに詭弁を弄して王太子の後見人になることを希望した。


「王弟殿下が亡くなり、代わりを務める王太子殿下は若すぎる。国王代理は荷が重いでしょうから、私がお手伝いして差し上げましょう」


 ブルゴーニュ公は悪びれるどころか、「王弟殿下の不幸は私にも責任がある。これは罪滅ぼしだ」とさえ言い切った。

 王太子の後見人になると、今度は娘を王太子妃にすることを要求した。

 私の姉王女と、ブルゴーニュ公の息子の縁組も進められた。


 王族殺しはきわめて重罪だ。

 大逆罪・反逆罪と呼ばれ、本来ならば八つ裂きの刑に相当する。

 だが、ブルゴーニュ公は王弟殺しの罪を問われるどころか王太子の義父に上り詰め、ついに宮廷の実権を握った。


 これほどの理不尽がまかり通ったのは、ひとえに母妃イザボーとブルゴーニュ公が愛人関係だったことにある。

 そもそも、王弟とブルゴーニュ公が争うように仕向けたのは妃自身でもあった。

 父王は、王弟を殺し、妃を寝取っている男の横暴に何も反応しなかった。


 幸か不幸か、私は宮廷と縁遠かった。

 修道院では両親と兄姉に会いたくて泣く日もあったが、従兄のジャンと麦畑を駆け回った。

 アンジュー家の教育は厳しかったが、アンジュー公夫妻はわが子同様に私を慈しんでくれた。マリーとルネは兄のように慕ってくれた。


 この頃、王城も城下もブルゴーニュ公の息のかかった者たちで占められ、私の兄・王太子ルイは常に監視下に置かれていた。

 王家の子供たちの中で、末弟の私だけが目くらましのように宮廷の外に隔離されていた。




***




 アルテュール・ド・リッシュモンはブルターニュ公の弟だが、訳あってブルゴーニュ公のもとで育てられた。


「貴様がブルターニュ公の弟アルテュールか。ふん、大げさな名だな」

「恐れ入ります」


 この物語を読んでいる読者諸氏には、少し分かりづらいだろうから説明しよう。

 フランス王国にはブルゴーニュとブルターニュという地名があり、それぞれブルゴーニュ公とブルターニュ公が治めている。

 私の物語は、この二者を省いて語ることはできない。


 名前が似ていて区別しにくいだろうが、ついてきてもらえると嬉しい。じきに慣れる。

 ブルゴーニュはフランス東部の内陸側、ブルターニュはフランス北西部の海側に位置する。


 王弟殺しを犯したのはブルゴーニュ公だ。

 二つ名を「無怖公」という。怖れ知らずという意味だ。


 ブルターニュ公兄弟のエピソードは、また別の機会にご紹介しよう。


「我が娘マルグリットが王太子妃になることが決まった。輿入れに同行して王城へ行き、そのまま王太子の配下に就け」


 このとき、ブルターニュ公の弟アルテュール・

ド・リッシュモンは十代後半くらい。

 年齢の割りに大人びた佇まいだったが、明らかに困惑していた。


「私はまだ従騎士エスクワイアです」

「だからこそ適任だ。王弟殺しの私は、王太子に警戒されているからな」


 ブルゴーニュ公は、くくっと笑った。


「恐ろしい義父に睨まれて、王太子は蛇に睨まれた蛙の子のように怯えていたぞ。気の毒な王太子殿下を慰めて差し上げろ。そうして信頼を勝ち得るのだ」

「お言葉ですが、閣下に送り込まれた私を王太子殿下が信用するでしょうか」


 ブルゴーニュ公はにやつきながら、従騎士を舐めるように品定めした。


「アルテュール・ド・リッシュモン伯よ、外面はいかついくせに『略奪はいやだ』などと抜かしているらしいな」

「騎士道精神に反しますゆえ」

「くく、騎士道物語にかぶれた理想主義者め。だが、その生真面目な性格は王太子に気に入られるだろう」


 ブルゴーニュ公は娘の嫁入りにかこつけて、さらに多くの配下の者を宮廷に潜り込ませようとしていた。

 王太子を取り囲むあらゆる人間を支配下に置く。敵対者、味方、友人、妃、そのすべてを。


「出立の準備をしておけ。貴様の兄には説明しておく。だいじな弟の栄転だ、さぞ喜ぶだろう」

「恐れ入ります」


 かのリッシュモンも、そうやって宮廷に送り込まれたブルゴーニュ派のひとりだった。

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