第34話 私と第二製造課の鉾田さん

 終業時間になり、私は蘭丸君が待つマンションに帰る前に、やらないといけない事があった。


 私は、小金井さんに頼み事をされている。それは、熊谷さんに小金井さんのお土産を渡す事。


 出会った瞬間、互いに喧嘩に発展してしまうという事で、小金井さんは、私にお土産を渡す事を一方的にお願いされ、こうして途方に暮れている訳だ。


「……とりあえず、第二製造課に向かいましょうか」


 私たちは、電子機器に入っている、小さい製品を作る第一製造課。そして熊谷さんと鉾田さんは、私たちより大きな製品を作る第二製造課に勤務している。まだいる可能性がある言う事で、私は行ったことの無い、第二製造課を目指した。


「おっ、師匠じゃん」


 第二製造課を目指して歩いていると、私は市川さんと遭遇した。市川さんは、第三製造課。私たちが作った製品の検品、出荷をしている所だ。


「どったの?」

「熊谷さんに用がありまして、見ていませんか?」


 市川さんは、第二製造課の人がいる工場から歩いて来たので、熊谷さんを見ているかもしれない。そう思って聞いてみると。


「今日、来てないみたいだよ。というか、連休前から来てないみたいなんですわ~」


 熊谷さんは、まさかの欠勤。これじゃあ、小金井さんのお土産を、今日中に熊谷さんに渡すことが出来ない。


「何々~? もしかして、浮気ですか~? 陰湿な男に、興味出ちゃったりして~?」

「それは絶対にありません」


 私は、蘭丸君一筋だ。


「小金井さんのお土産を渡すためです」

「あーはいはいはい。チョコ、めっちゃ美味かったな~」


 この様子だと、小金井さんは会社の全員、初対面の人、社長でも、お土産を渡しているのかもしれない。


「いないのなら、仕方がありません。また日を改めて、伺いま――」

「ちょい待ち。もしかすると、私が気が付いていないだけかもしんないからさ、第二に行ってみよっさ」


 予定がすぐに終わって、蘭丸君に会える。そう思っていたのに、市川さんに強引に背中を押され、結局私は、第二製造課に行く事になった。




 第二製造課。違う建屋で、私が所属する第一製造課と人の多さは変わらないが、ほとんどが男性で構成されている所だ。


「……何かさ、他所の部署に入るときってさ、めっちゃ緊張しない?」


 市川さんの気持ちはわかる。工場の出入り口で、私たちは入っていいのか迷っていた。中は妙に暑く、しかも機械もフル稼働、リフトも絶えずに動いている感じだ。


「普段から、出入りしているのではないのですか?」

「まだ検査の機械を覚えている最中だからさ、検査室からほとんど出ていないに等しいんっすよね」


 決してやましい気持ちなどは無いのだが、なぜか入るのを躊躇してしまう。ただ熊谷さんに、小金井さんのお土産を渡すだけなのに、こんな思いを――


「あっ!! 鉾田クンじゃんっ!!」


 市川さんが、工場内を歩く私たちの同期、鉾田さんを見つけ出していた。

 私と同じ高卒。肥満体系で、小金井さんとは違う意味で、存在感のある男性だ。体型のせいで、小金井さんたちと同じく、年上の男性だと思ってしまう。


「お~いっ!! 聞こえてんなら、ちょっと来てくんな~い?」


 小金井さんに負けるが、市川さんも大きな声で、重い足取りで歩く鉾田さんを呼ぶと、私たちの存在に気付いたようで、一目を気にして、鉾田さんは私たちの所にやって来た。


「……な、なななな何でしょうか?」


 市川さんに呼ばれ、鉾田さんはおどおどしていた。女の子の前で緊張しているのか、それても原宿系女子の市川さんに、恐怖心を抱いているのか。とりあえず、蛇に睨まれた蛙のような光景だ。


「何? 鉾田クンは残業?」

「い、いえいえ。今、引継ぎを終えて、帰ろうとしたところで……」


 市川さんに恐喝されているみたいに見えるので、何だか、鉾田さんが段々と小さくなっている気がする。このままだと話が進まない気がするので、私も話すことにした。


「鉾田さん。もう熊谷さんは帰ってしまいましたか?」

「……っ!」


 私が話した瞬間、鉾田さんはトマトのように顔が真っ赤になってしまい、黙り込んでしまった。どうやら、女性に対する免疫が無いみたいだ。この光景は、高校時代の時を思い出す。


「ちょ、何で師匠にだけ意識しちゃってんのっ!? う、うちには、魅力がないって訳っ!?」

「市川さんの場合だと、恐怖心の方が勝(まさ)っているからだと思います」

「うち、そんな怖いっ!?」


 陰キャの男子と陽キャの女子。それは水と油のような関係で、特別な事が無い限り、交わる事の無い。陽キャのおもちゃにされ、そして陰キャにとっては、恐怖の対象となってしまうのだろう。


「……い、いえ。……市川さんは、とても綺麗な方ですよ」

「じゃ、師匠は? 鉾田クンも同学年なら、この木下マナの事は、知ってんでしょ?」

「……き、木下さんは……と、とても……っ!! 」


 更に顔が赤くなったと思ったら、鉾田さんの鼻からは、放物線を描くような鼻血が噴き出し、それを見た他の社員の人が、事故、労働災害でもあったのかと思って、一時、騒然となってしまい、社長まで駆け付ける、大騒ぎになってしまった。


 ここまで、女子に対する免疫が無いのは、物凄く困ったものだ。第二製造課に配属されて、鉾田さんも命拾いしたのだろう。


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