第33話 私と高松さんの意外な共通点

 何故か高松さんに、私がカジキマグロちゃん推しだという事がバレてしまっている。推しを育成する時は、一目が無い場所、蘭丸君の目の前でしかやらないのに、なぜ高松さんが、私の裏の顔を――


『カジキマグロちゃん、マジ尊ーいっ!!!』


 ふと、私の脳裏に入社当日の日の事を想い出す。眠気が堪えらず、入社式の時に押しが尊いと叫ばないために、トイレの個室で叫んだこと。


「……聞いていたのですか?」

「ごめんね~。まさか、木下さんもプロデューサーなんて~。決して、盗み聞きするつもりはなかったんだよ~?」


 全く信用できない。というか、小金井さんの親睦会に巻き込まれた時から、信用していない。


「そっか~。木下さんは、カジキマグロ推し。それでね、私は、クロマグロ様推しです~」


 クロマグロちゃんも、可愛い推しだ。男っ気があって、どんな事も器用に出来てしまう。天才肌のとっても強いキャラだ。


「勝浦に行ったから、クロマグロちゃんは、買えなかったとか?」

「よっ」


 高松さんは、クロマグロちゃんのアクリルスタンドも紙袋の中から取り出した。


「この連休に、千葉と青森にも行ったようですね。とても大変だったでしょう?」

「飛行機乗れば、あっという間です~」


 高松さんは、かなりのご満悦の様子だ。私に自慢したことで、さっきより口元が緩んでいた。


「こんな身近に、プロデューサーの人がいるなんて、私は感激なんだよ~」


 私は今すぐ距離を置きたい。この様子だと、高松さんは私にフレンド登録したいとか言い出しそうだ。


「だからね、今すぐ引退して欲しいの~」


 このアマが何を言っているのか、私には理解できなかった。


「言っている意味が分かりませんけど」

「噂が噂を呼んで、このアプリは、とっても有名で、プロデューサーもたくさんいるゲームになったよね~」


 推しのゲームは、話題になって、今ではユーザーが750万人超えたと、最近お礼のプレゼントが来ていた。まだ半年も経っていないのに、そこまでのユーザーが増えるのは、異例の事だろう。


「ライバルはたくさん要らないかな~。だから、一人でも多く辞めてくれれば、私もこんなに頑張らずに、イベントの報酬が手に入るから~」

「つまり、楽をしたいから。私に辞めて欲しいという事ですか?」

「うんうん。今までお疲れさまって事で、このアクスタをあげるよ~」


 高松さんは、私にカジキマグロちゃんのアクスタを差し出してきた。もちろん、喉から手が出るほど、堪らなく欲しい。けど、ここで受け取ってしまったら、私は高松さんの思うつぼ。そして、ここで高松さんと喧嘩になれば、非常に面倒臭い事になる。


「すみませんが、受け取れません」

「辞めないの~?」


 拒否されたと思って、高松さんは私を睨むように、スッと目を細めた。


「ただで受け取るなんて、プロデューサー失格です」

「変な意地は捨てて~、早く早く、こんなに可愛いカジキマグロを手に入れちゃおうよ~。これ一応、期間限定で――」


 高松さんは、更に誘惑してくる。もし家の状態だったら、私は飛びついているかもしれない。そして高松さんに、永遠に服従する事になるかもしれない。


「明日から、イベントあるじゃないですか。そのイベントポイントが高い方が勝ちにしましょう」


 明日から、限定キャラを手に入れるためのイベントが始まる。推しをとにかく育成しまくるという、時間を多く消費して、効率良く育成できるかというイベントだ。


「話を聞いていなかったかな~? 私は、イベントキャラを簡単に手に入れたいから、木下さんには引退を――」

「高松さんの考えなんて、私には知ったこっちゃないです。ちゃんと勝利してから、引退を回避して、そして愛しのカジキマグロちゃんのアクスタを手に入れます」


 勿論、カジキマグロちゃんのアクスタをくれるなら、私は遠慮なく頂く。


「私、木下さんと仲良しさんでいたいのにな~」

「仲良しさんでいたいのなら、私にカジキマグロちゃんを自慢しないで欲しかったです」


 そう言うと、高松さんは、私の肩に手を置いて、柔らかく感じる微笑みを浮かべながら、私にこう言った。


「仲良くなりたいのは、本当だよ」


 どうして、私に固執するのか。私は、友達と呼べる人はいない。他人と本当に仲良くなったのは、蘭丸君のみ。高校まで、私の人気にあやかろうと、薄っぺらい関係で、宗教の教祖のような感じで、私は崇められ続けた。


「だって、木下さんは、小金井君に気に入られているから~、木下さんが間に入ってくれれば、私も小金井君と、お近づきになれるのかなって思って~」


 やっぱり、蘭丸君以外信用できない。更に高松さんへの信用が下がった。


「……小金井さんの事が好きなのですか?」

「……好き……だよ」


 高松さんは、小金井さんに恋をしている。小金井さんは、さわやかなスポーツマンな感じで、容姿は良いので、一目惚れと言った感じだろう。


「……そうだ、決めました。木下さん、当然私が勝つと思いますが、私が勝ったら、勿論引退してもらい、そして私と小金井君が付き合えるよう、努力してもらうよっ!」


 なんか、更に面倒なことなったので、私は大きくため息をついた。私も負けるつもりはないので、この勝負は引き下がらず、私の引退をかけて、推しの育成で勝負をする事に決めた。

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