マナ、蘭丸の社会人の付き合い方

第32話 私と小金井さんのお土産

 楽しかったゴールデンウィークが終わって、早くも数日が経った。


「木下さん。機械の方は、何ともない?」

「異常なしです」


 休み明けは、数日間止まっていた機械の立ち上げ作業から始まった。大きな機械なので、一人で点検するのは大変なので、数名で確認作業している。


「異常なしっ!! 異常なしっ!! ここも異常なしっ!!!」


 休み明けだというのに、小金井さんはとても元気だ。私とかなり距離が離れているというのに、間近でいるような、鮮明に小金井さんの声がする。


「小金井君、連休にアメリカに行ったらしいね」

「すごいですね……」


 4日間の連休で、小金井さんはアメリカに旅行に行ったらしい。親睦会の為に、前日から河原で野宿するぐらいの人だから、思い付きでアメリカに行ってもおかしくないかもしれない。


「まあ、今日は無理しないで、ゆっくりやろうよ。連休明けだし、無理してポカしたら大変だからさ」

「そうですね」


 私も連休明けで、本調子ではない。体が重く感じるし、これまで教わったことを復習するするつもりで、今日は慎重に作業をしよう。


 そして休憩時間。


「木下さんっ!!」


 私は車を持っていないので、車の中で休憩出来ない。食堂も、色んな人がいて、推しの育成に集中が出来ない為、私は工場の外で休憩している。蘭丸君が作った、もやしのおひたしを食べながら、推しの育成をしようと思ったら、全く疲れを見せない、小金井さんに呼び止められた。


「これ、土産だっ!! 是非受け取ってくれっ!!」


 そう言って、小金井さんは私に紙袋を手渡した。


「ア、アメリカのお土産ですか……?」

「そうだっ!! マカダミアチョコっ!! そして木下さんと、桜木さん用のアロハシャツだっ!!」


 小金井さんは、ハワイに行ったのだろうか。そう言えば、小金井さんの家は私たちとはかけ離れているぐらいのお金持ち。正月をハワイで過ごす、有名人みたいに、簡単にハワイに行けてしまうのだろう。


「蘭丸――蘭子さんの分までありがとうございます。それで、アメリカには何をしに?」

「滝行だっ!! 世界最大級のナイアガラの滝で滝行しようと思ったのだが、現地の人に止められてしまってなっ!! やむなく、ハワイに行って、遠泳をしたり、火山を登って満喫したっ!! とても充実した、連休だったっ!!」


 この人は、スーパーヒーローでも目指しているのだろうか。そんな理由でアメリカに訪れるのは、小金井さんぐらいだろう。


「それと、木下さんに相談があるっ!!」

「何でしょうか……?」


 小金井さんは、まだ私を解放してくれない。気を遣って、お土産をくれたのは嬉しいが、あまり小金井さんと関わりたくない。疲れるし、何より推しの育成時間が減る。


「熊谷君についてだ」


 小金井さんは、いつものハイテンションから、急に落ち着いて話し出した。


「どうも、熊谷君は僕を嫌っている。なので、代わりに僕の土産を渡してくれないか?」


 入社日から、小金井さんと熊谷さんはの関係は最悪だ。私も、新入社員全員で参加していた研修会以降、熊谷さんとは話すどころか、顔すら見ていない。私だって、気兼ねなく熊谷さんと話せるかと思うと、少し心配だ。


「……ここは、小金井さん本人が渡した方が――」

「既に実行済みだっ!!」

「結果は……?」

「もちろん、完全に無視されて、僕は朝から心が折れているっ!!」


 心が折れている人が、こんなに元気なはずないだろう。


「しつこいと、更に熊谷君に嫌われてしまうっ!! なので木下さんには、僕と熊谷さんとの橋渡し役として動いて欲しいっ!!」

「は、はぁ……」


 面倒な役目を押し付けられた。お土産を貰ってしまったので、私は断ることが出来ず、熊谷さんに小金井さんのお土産を渡す役目を引き受けることにした。




 小金井さんと話していたので、なんと10分近く休憩時間が削られてしまった。10分もあれば、推しの能力を100以上上げられるのにと思いながら、いつも休憩している場所にやって来ると。


「連休、楽しかったね~」


 何故か、私の因縁の相手、高松さんが先に来て、サンドイッチを頬張っていた。


「あ~。木下さんも、小金井君から貰ったんだ~。私もだよ~」


 高松さんの横には、小金井さんから貰ったであろう、マカダミアチョコが入った紙袋が置かれていた。


「何か御用ですか?」


 なぜ、私か迷い込んだ野良猫ぐらいしか来ない場所に、高松さんがいるのか。私は警戒してしまい、少し突き放すような感じで、高松さんに問いかける。


「私も休憩だよ~。せっかくだし、のんびり食べながらお話ししようよ~」

「……まあ、いいですけど」


 けど、私はどこか高松さんを警戒してしまう。このニコニコしたまま話す高松さんの行動が、不気味に思えた。


「はぁ……美味しかったな~。タンタンメン~」

「ゴールデンウィーク、どこかに行かれたのですか?」


 高松さんも、連休にどこか旅行に行ったようだ。その旅行中に食べた料理の味を思い出して、急に食べたくなったようだ。


「そうだよ~。勝浦で食べた、勝浦タンタンメン。ラー油の味が癖になって、とっても美味しかったの~」

「それは良かったですね――」


 勝浦。それは千葉県の房総半島にある町。


 私が、ゴールデンウィークで行かないといけない場所だった。



「木下さんは、行かなかったの? 推しなら、行っていると思ったのにな~?」


 そう言って、高松さんは紙袋から、私が猛烈に欲しいと思った、カジキマグロちゃんのアクリルスタンドを取り出した。


「何者ですか?」


 高松さんが何を考えているのか分からない。私は距離を取って、高松さんにそう聞くと、高松さんはニコニコしたまま、私にこう言った。


「ただの、アイドルをプロデュースするプロデューサーの端くれだよ~」


 会ったときから、どこか嫌悪感を感じると思っていたら、まさかの高松さんも、ウオ娘のプレイヤーだった。

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