第21話 僕と城戸衛との面会

 日曜日の朝に、不条理に僕のスマホから着信音が鳴る。


「蘭丸君、電話だよー」


 昨日とは一変の、ズボラ状態のマナは、一晩中起きていたようで、推し育成に育んでいたようで、寝ていた僕にスマホを渡した。


「……もしもし」


 電話の相手は、城戸衛。確か、工業団地の中にある工場に入った同級生。変な話し方をしていたせいで、早速会社で浮いてしまったのかと思いながら、僕は電話に出る。


「我、城戸衛」

「知ってる」


 わざわざ名前を言わなくても、スマホの画面で誰からかは分かる。


「現在、通話可能?」

「……眠いから、手短に話して」

「我、蘭丸殿、大至急、面会希望」


 つまり、今日会えないかと聞いているのだろう。


「……昼からでいいなら」

「感謝。我、以前蘭丸殿、遭遇、水洗回転機械屋敷――」

「……なら、昼の2時ぐらい、コインランドリーに行く」


 そう言って、僕は城戸衛と待ち合わせをしてから、再び寝ることにした。今は朝の7時。まだ約束の時間まで余裕があるので、二度寝をしてしまうと、再び目を覚ました時には、昼の1時だった。


「気持ちよさそうに寝てたねー」


 僕が二度寝してからも、マナはずっと推しの育成をしていたようだ。


「何か約束していたんじゃないのかなー?」

「……洗濯ついでに、城戸衛と会ってくる」


 城戸衛という名前にピンと来ていないようで、マナは首を傾げていた。


「古文博士って言えば、分かる?」

「……あーっ、そんな人いましたね」


 古文博士という、城戸衛の異名は、マナも知っているようだ。


「マナさんも来る? と言うか、洗濯物一人で持っていくのは大変だから、手伝ってほしいのが本音」

「……まあ。……中で寝てもいいなら」


 流石のマナも眠いのか、大きい欠伸をしながらも、僕の手伝いはしてくれるようだ。




 そして各々の洗濯物を持って、昼下りに待ち合わせ場所のコインランドリーに向かった。


「……ま、眩しい」


 徹夜していたからか、マナは目も開けられないぐらいに、太陽を眩しく感じるようだ。今はメガネと体操服のズボラ状態。マナに片想いしていた城戸衛でも、ここまで落ちぶれていたら、誰か分からないだろう。もし分かってしまったら、即行で逃げ出さないといけない。


「終わったら起こして……すやぁ……」


 そしてコインランドリーに着いて、各々の洗濯物を入れると、マナは備え付けの椅子に座って、即行で寝た。


「……城戸衛はまだ来ていないな」


 駐車場にも、コインランドリーの中にも、城戸衛の姿は無い。僕たちが少し早めに来たという事もあるからだろう。


「俺、見参」


 待つ事数分で、車でやって来た城戸衛。一週間前と比べても、髭が伸びたぐらいで、特に変わった面は無いようだ。


「元気そうだな」

「体調、良好」


 そして城戸衛は、僕の横に座った。


「上司、超聖人」

「良い人って事か?」


 そして城戸衛は頷く。城戸衛は、優しい人がいる職場に入れたようだ。


「森羅万象、知識大量、俺、教育」

「……色んな事をたくさん教えてくれる上司って事?」


 再び、城戸衛は頷く。高校生の時は、こんな会話の仕方でもノリで楽しめたが、城戸衛はもう社会人。いちいち内容を考えないといけないし、何だかイラっとしてくる。


「社会人規則、毎日、叱咤激励。職場、和気藹々」

「……それって、怒号が飛び交っているって事じゃないですかー?」


 変な会話をしているせいで、あまり眠れなかったのか、僕と城戸衛の間に、マナも入って来た。


「蘭丸殿。其方美少女、何奴?」


 ここで素直にマナとは言えない。城戸衛が好きな、木下マナだと言ったら、城戸衛は狂喜乱舞で、突然道の真ん中で踊り出すんじゃないだろうか。


「私の事はどうでもいいじゃないですかー。そんな事より、貴方の職場、中々面白い所みたいですねー」


 マナも、この姿が知人に知られたくない。なので、話をはぐらかして、城戸衛に詳細を聞く。


「毎日毎日、叱咤激励。それって俗に言う、ブラック企業――」

「断固拒否。其方、無礼」


 この様子だと、城戸衛は上司をかなり尊敬しているようで、マナに悪く言われると、城戸衛は機嫌を悪くしていた。


「それは失敬でしたねー」


 マナもこれ以上何も言わないようで、再び目を閉じていた。


「蘭丸殿。上司、猛烈熱血。俺、尊敬」


 そして城戸衛の、上司の自慢は止まらず、洗濯が終わっても、城戸衛は返してくれず、辺りが暗くなるまで、僕は段々と嫌になり、ほとんど聞き流しながら、城戸衛の会話を聞き続けた。




 城戸衛が、僕たちを解放してくれたのは、夕方の6時。城戸衛は、女子に6時半から放送する、国民的アニメを視聴するように言われているようで、それを見るために、城戸衛は急いで帰っていった。


「城戸さんとは、とても仲が良いみたいですねー。蘭丸君と話している時、彼はとても楽しそうでした」

「どこが?」


 城戸衛が解放してくれた時には、僕の目が半分死んでいたというのに、マナはおかしなことを言っていた。


「けど蘭丸君。城戸さんは、間違いなくブラック企業に入ってしまったみたいですよ」

「だろうね」


 話を聞いていると、マナの言う通りに、城戸衛はブラック企業に入ってしまったようで、尊敬する上司に洗脳されつつあるようだ。残業、休日出勤する人は優秀、定時で帰ろうとするのは甘え、会社のために、骨身を削って働けなど。長時間労働する事は素晴らしいと、まだ社会を知らない城戸衛に、そう教えているようだ。


「高校の学友を仲良くする事って、とても大事な事だと思います」

「……そういうマナさんは?」


 高校時代、マナの周りには王女様を守る護衛のような、多くの生徒が集まっていた。全員と仲良いと思っていたのだが、同棲を始めて以降、マナが誰かと遊びに行く事は、見た事ない。ずっとスマホゲームの推しを育成しかしていない。


「私、友と呼べる人はいませんよー。あれだけうるさく来ていたラインの通知も来ない、みんな新しい環境で、友を作って、私の事はすでに忘れているでしょう。そんな薄っぺらい関係より、別の道を歩んでも、友と思ってくれる城戸さん、そして彼女の私を守ってくださいね」


 マナの言葉に、僕は特に返答する事無く、ぼんやりと見える月を見ながら、マンションに帰った。

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