第20話 私と蘭丸君の本音
蘭丸君もとい、蘭子さんが敵視する、五木弥生さんではなく、違う店員が頼んだ杏仁豆腐を持ってきて、それを互いに美味しそうに食べている。
「美味しいですね~」
「それなりに」
「けど、何か気に食わないんで、星一つにしましょうか」
「いいんじゃない」
商品プラスサービス料という事で、少量の杏仁豆腐1人前でも、1000円近くする。ほぼぼったくりなのに、絶妙に味は美味しいのは、何か腹が立つ。
「それにしても、男性の方だというのに、皆さん整った顔立ちをしていますね。本当に男なのかなって思います」
「紛れもくなく、みんな男」
ここにいる店員は、蘭丸君と同類の男の娘。男だと言わなければ、普通に女性として認知される。
「蘭子さん。私、こんな仮説を考えました」
「仮説?」
「ええ。今から、それを試してみようと思いますね」
声帯模写が出来る蘭丸君。人の心が読める五木さん。そう来ると、私は一つだけ試したいことがある。
「……め……かわ……ちゃん……ばん……りて」
目の前で杏仁豆腐を食べている蘭丸君さえ気づかないぐらい、私はとても小さな子で、店員を呼んでみた。
「あら? 何か御用ですか?」
獲物が、すぐに釣れた。
「お嬢様が、辺りをキョロキョロしていたので、お困りかなと思いました」
「私は、別に困っていません。お気になさらず」
不自然に現れた店員に、そうお断りを入れておいて、私は更に検証してみた。
「あっ、しま――」
私はわざとお冷を落としてみると、これもまた急に現れた店員に、お冷をキャッチされて、事なきを得た。
「大丈夫か? お嬢さん」
「ええ。すみません」
お冷をキャッチしてくれた店員さんに頭を下げてから、私は店員に揺さぶりをかけてみた。
「まるで、こうなる事が分かっていたような、迅速な対応してくださって、ありがとうございます」
「お、おう……」
私の揺さぶりに、店員は少し動揺しているように見えた。これで、私は確証した。
「蘭子さん。私、分かりました」
「……何が?」
最近は、もやしのおひたししか食べていないせいか、蘭丸君はハムスターのように、杏仁豆腐を美味しそうに食べていた。とても可愛らしくて、私は叫びたくなったけど、この姿では、そんなことは出来ないので、一旦深呼吸をした。
「食べ終わってからにしましょうか」
蘭丸君がご満悦そうに食べている風景を見ながら、私も杏仁豆腐を食べた。
「さて、長居するのも嫌――迷惑ですから、この辺で出ましょうか」
今は14時ごろ。帰りながら蘭丸君に分かった事を話しながら、あとは推しの育成をしよう。
「賛成。じゃあ、割り勘で――」
「いつも蘭丸君にはお世話になっていますから、ここは全額負担します」
「いや、それは悪い。互いに金銭的に余裕が無いから、割り勘で出費を最低限に抑えたい」
「蘭子さん。実は昨日、臨時収入がありました」
昨日の会社の昼休みの時、お母さんからの電話。それは、これから歓迎会とか、色んな所でお金を使う場面が出てくるという事で、親から5万円を頂いた。
「一応、私は社会人ですよ。ここは見栄を張らせて――」
「本音は?」
「こんな大金あったら、すべて推しに注ぎ込んでしまいそうなんです」
そう言うと、蘭丸君は納得した。そしてお会計すると、2人で3526円も料金を取られ、料理よりサービス料が高いのが納得できない。
「ご馳走様」
「いえいえ。いつものお礼ですから」
私は、満足そうな蘭丸君の顔を見て、一安心したから、本題を話すことにした。
「蘭丸君は声帯模写。そして五木さんは、読心術。そして他の男の娘の人たちは、地獄耳と未来視と行った所でしょうか?」
「どういう意味?」
「蘭丸君の勧誘理由です。恐らく、蘭丸君の特技、いや超能力の声帯模写を見込んで、蘭丸君を勧誘したのでしょう」
私の推測を蘭丸君に話すと、蘭丸君はなるほどと言った感じで、頷いていた。
「何が目的かは分かりませんが、他の店員も何かしらの超能力があるのでしょう」
私たちは、マンションに帰るフリをして、再び男の娘クラブの前にやって来た。私の推測が正しければ、蘭丸君の問題は、今日で解決する。
「あらあら。まるで、私たちが戻って来ることが分かっていたように、お帰りを待っていたみたいですね」
お店の前には、ビラ配りをしている五木さんがいた。そして再び私たちが、お店の前に戻って来ると、五木さんは、やられたという顔で苦笑していた。
「君も何かしらの力が?」
「ありません。ちょっとだけ有名だった事もありましたが、ごく普通の女性です」
私と争う事は敵わないと思ったのか、五木さんは、すぐに蘭丸君に標的を変えていた。
「君は、もう答えが出ているみたいだね」
「考えは変わらない。僕は働くつもりはない」
「どうして? 君にぴったりな職場だと思うけど」
頑なに蘭丸君は、アルバイトをやらないつもりだ。蘭丸君も、金銭面ではかなり困っている。ジリ貧な生活を抜け出したいと思っているのに、男の娘クラブだけではなく、他のアルバイトもしないと言っていた。
「彼女なら、君も勧めてみたらどうだい?」
「やるかやらないかは、本人の問題ですよ」
私は、蘭丸君の考えを尊重する。けど私も、どうして働きたくない理由は聞きたい。
「……から」
蘭丸君は、ごにょごにょと言って、何を言っているのか、隣にいる私にも分からない。
「よく聞こえないよ。僕は地獄耳じゃないから、もっと大きい声じゃないと、彼女にも聞こえないよ?」
五木さんは、蘭丸君を煽る。五木さんの言葉に火が付いたのか、蘭丸君は顔を真っ赤にしながら、五木さんに面向かって叫んだ。
「マナと過ごす時間が減るからっ!! 悪いっ!?」
公衆の前で、私は蘭丸君に告白されてしまい、私も小恥ずかしくなり、顔を俯かせてしまった。
「ふふっ。素晴らしい理由だよ。それは、私も悪い事をした」
蘭丸君の本音が聞けたことで、ようやく五木さんも納得した。
「けど、いつでも君の事は待っているよ」
私たちが顔を真っ赤にして立ち尽くしている姿を見て、五木さんはニヤニヤしながら、再びビラ配りを始めていた。
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