第18話 僕と五木弥生の勧誘
初めての大学の講義。高校と比べると、授業の速さが違う。しっかり話を聞いて、ノートも取らないと、置いていかれる。大学になると、こんなにも勉強が難しくなるのかと思い、少し不安になっていると。
「想像以上の速さにびっくりしたみたいな顔をしているよ?」
「……それで、何の用?」
何もなければ、このまま帰って、スーパーに買い出しに行こうと思っていた。けど、五木弥生に呼び止められてしまい、僕は帰れない状況になっていた。
「ここじゃ、みんなの声が聞こえてきて、うるさいから、外に出ようか」
五木弥生に、完全に主導権を握られて、僕は不満に思いながら、五木弥生の後ろをついて行く。
「ここでいいかな」
僕たちは、大学の中にある、小さな広場みたいなところにやって来た。
「見た目は少女。けど性別は男、そんな存在を、界隈では男の娘って言うよね」
「それで?」
「君を、男の娘クラブの勧誘に来た」
僕にとって、五木弥生には関わってはいけない人のようだ。
「何? 得体の知れない宗教勧誘、セミナー講習の勧誘とかなら、興味ないから」
「勧誘は否定しない。けど、これは君にとってもとても利益がある話。彼女との同棲生活、お金がなくて困っていない? いや、絶賛困っているようだけど?」
こういう時に、五木弥生が心が読める特技がある事に、腹が立つ。確かに、マナが推しのために貯金を使い果たしてしまったので、マナの給料が入るまで、僕の貯金を切り崩して生活をしている。
「男の娘クラブって言うのは、所謂メイド喫茶のような、特定のユーザーにご奉仕をするお仕事。つまり、アルバイトの勧誘さ」
僕のような男の娘にもてなしてほしい、そんなサービスに需要があるとは思えないが、そんなマニアックなサービスを求める人がいるのだなと、大人の世界は変だなと思った。
「内容は簡単だよ。ただお客さんの話を聞いたり、料理を運ぶ――」
「やるなんて言っていないけど」
勝手に話を進める五木弥生に、僕はイラっとして、突き放すように拒否した。
「確かに、僕はお金に困っている」
「それなら、いずれアルバイトはしないといけないだろう。そうなる前に、安定した収入を得るために――」
「僕は、この状況が楽しいと思っている。五木弥生、そう言うのは、余計なお世話って言うから」
そう言い残して、僕は五木弥生と別れた。
無駄な時間を過ごした。少し気分が悪くなったので、帰り道にコーヒーでも飲んで帰ろう。
「それは悪かった。けど、私は諦めない」
けど五木弥生は、僕を解放しない。がっちりと僕の腕を掴んで離さなかった。
「時間を与えよう。一週間後に、答えを聞かせて欲しいな」
「答えは変わらないけど」
「時間も経てば、君の考えも変わるものさ。親、もしくは同棲する彼女に相談してみたらどうかな?」
五木弥生は、そう言ってから、僕を解放した。無礼な態度、そして何よりも、僕に対して偉そうにしてくる態度に腹が立ち、五木弥生を睨もうとしたが、時すでに遅しで、五木弥生は姿を消していた。
「……あの野郎」
そして僕の手には、五木弥生の名刺、そして男の娘クラブの場所がある住所が書かれていた。このまま破り捨てたい気分だが、五木弥生は執念深い。無視しても、今までのように、僕を拘束して来るだろう。面倒なことになったと思い、僕は重い足取りで、家に帰った。
数日分の必要な物の買い出しを終えたが、時間が余った。今は17時、気分転換に散歩ついでに、マナのお迎えでもしてあげようと思い、僕はラフな格好でマナの会社に向かった。
「よっ」
会社の中からチャイムが聞こえて数分後、優等生キャラを演じているマナが出てきた。
「お迎えありがとうございます。そうそう蘭丸君。初めての大学は――」
「歩きながら話そう」
僕の気分を察したのか、マナは僕の歩くスピードに合わせながら、耳を傾けていた。
「疲れた」
「大学の勉強ですからね。きっと授業も大変でしょう」
「それ以上に、疲れた事がある」
僕は、親よりもマナに相談したいと思い、五木弥生の事、そして男の娘クラブに勧誘されたことをマナに相談した。
「成程。つまり蘭丸君は、同級生に風俗店の勧誘を受けたと」
簡単に言えば、そう言う話になる。
「確かに、蘭丸君は私が嫉妬しちゃうぐらいに可愛いですし、その五木さんの目は正しいと思います」
「擁護するなよ」
マナが五木弥生を褒めた事は気に食わない。
「ですが、蘭丸君を困らせるのは、彼女として許せません。私も一言文句を言ってやりたいですね」
マナは何かひらめいたようで、手を叩いてから、僕にこんな提案をした。
「そうだ、せっかく回答までに猶予があるのですから、一度そのお店に行ってみましょう」
マナの突拍子な言動に、僕は思いっきりズッコケた。
「ど、どうしてそうなるっ!?」
「えーっと、文句と興味本位?」
「……相談相手を間違えた」
元優等生キャラのマナなら、何か断る口実を考えてくれると思ったのだが、間違いだったようだ。僕以外の男の娘に興味があるようで、少しショックだった。
「実際行ってみないと、断る理由なんて見つけられませんよ? 闇雲に変に断り続けても、執念深い相手なら、絶対に諦めませんよ?」
「……まあ、そうかもな」
マナの言う事に一理あるので、僕はマナに文句言えなかったので、僕はマナの提案を受け入れ、一度男の娘クラブに行ってみることにした。
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