第17話 私の初めての現場入り


「今日から、本格的に現場での作業だっ!!! どこに配属されるか、とても楽しみだっ!!!」


 会社に行くと、小金井さんだけがテンションが高かった。

 そう言えば、週末の金曜日、帰り際に今日から各課に配属されて、その課で研修になると、部長の河瀬部長が言っていた。


「やぁ~。師匠は、筋肉痛じゃない?」


 小金井さんのハードボイルド親睦会を乗り越えた、パシリ――同僚の市川さんは、疲れ切った顔をして、ふくらはぎをさすっていた。


「いいえ。何ともありませんよ」


 実は、私も足が筋肉痛だ。優等生キャラを演じるため、そんな弱みを見せられないので、私は市川さんに見栄を張る。


「それでは、貴方たちの配属先をお伝えします」


 そして始業時間になると、人事部長の河瀬部長が、私たちに配属を発表し、そして私が配属された課の課長に案内された。


「はっはっはっはっ!! 君たちがいてくれて、僕も一安心だっ!!!」


 私は、とても小さな部品を作る、第一製造課に配属された。そんな課に配属されたのは、私だけではなく小金井さん。


「木下さんがいてくれて、私も安心だよ~」


 そして、裏切り者の高松さんも、私と同じ課に配属された。


「そうですね……」


 今すぐにでも、この面子から逃げ出したいぐらいだが、私はその気持ちを何とか堪え、何とか高松さんと会話をする。


「第一製造課、何をしている所か、覚えてる?」


 私たちの課長、スキンヘッドの玉川さんは、背中を向けながらそう聞いて来た。


「テレビやスマートフォンの中にある、部品を大量生産し、世界中の人に貢献する、とても重要な業務をしている場所ですっ!!」

「そうそう。ま、大量生産するために、夏季休暇、冬期休暇以外、24時間、設備もフル稼働で動いているから。だから、夏ぐらいからは、君たちにも3交代になるよ」


 私は、交代勤務が始まると聞いた瞬間、心の中で絶望した。求人票にも、夜勤の時間帯が書いてあったので、知ってはいたけど、まさか私が夜勤を担当する事になるとは思っていなかった。

 なぜなら、私の推しに対する育成時間、そして蘭丸君と時間が合わなくなって、すれ違いになりそうだからだ。


「三交代かっ!! 実にやりがいがありそうだっ!!」


 小金井さんは、すごく楽しみにしている。この場で、交代制を喜んでいるのは、小金井さんだけだろう。


「夜中作業していたら……お、お化けとか……出ないよね……」


 そしてさりげない、高松さんのか弱い女子アピール。この言動が、毎回私をイラっとさせる。


「そんじゃ、各々に先輩を付けるから。しっかり話や作業を見て覚えてよね」


 第一製造課の工場内に入ると、騒がしい機械音の中、一人一人が黙々と機械を操作し、作業をしていた。覚悟はしていたが、毎日毎日こんなうるさい環境の中で仕事をしているのかと思うと、私は感心してしまう。


「よ、新入り。私は、斉藤。今日からよろしくな~」


 その中の一人、一世代上の女性の斉藤先輩が、私に指導してくれるようだ。


「木下です。今日からよろしくお願いします」


 私も挨拶し、丁寧にお辞儀をしてから、先輩に微笑むと、先輩にまじまじと顔を見られた。


「可愛い子ちゃんじゃん。なんで、こんな会社に入ったん? 絶対上京して、芸能界入った方が、良かったんじゃない?」

「あはは……。親の意向で……」


 親が就職以外認めなかったから。それで、私はこの会社に入った。『大学に行く事も許されない、誰よりもいち早く社会の厳しさを知り、世界に貢献しろ』。進路を決める時にそう言われたので、私は高卒で就職した。

 特に大学、短大、専門学校に行きたいとは思っていなかった。むしろ、推したちの為にお金を稼げる就職を勧めてくれたから、親には感謝はしている。


「そうなんだ。そんじゃ、大まかな説明をするね」


 先輩からの指導の際は、しっかりメモを取る。それを研修の時に言われたので、私は優等生キャラを演じるために、どんな言葉もメモを取ることにした。


「一日の流れとしたら、最初は朝礼してから、各々で機械を動かす。夜勤の人から仕事を引き継いでから、定時になるまで仕事。そんな感じ」


 先輩の話に相槌を打つ。


「今は止めているけど、後ろの機械が、今日木下さんが入る機械ね。けど、ずっと同じ機械に入っている訳じゃないから、行く行くは、第一のすべての機械をマスターしてもらうつもりみたいだから」


 見た感じだと、機械の数は10台ほどある。これをすべてマスターするとなると、相当大変だろう。


「そこまで力仕事じゃないし、そこら辺にある台車、ハンドリフトとか勝手に使えばいいから。あとその辺で動いているリーチとかは、男の人に言って、動かしてもらえればいいから」


 いきなり専門用語と思われる単語を続けざまに話す先輩。そのせいか、私の頭は混乱しつつある。


「あっはっはっは。訳分かんないよね。けど、こんな風に、専門用語を立て続けに言う人もいるからさ、私が指導のうちに、分かんない事は、色々聞いて方が良いよ。変にオドオドしていたら、理不尽に怒られるからさ」

「は、はい。了解しました」


 斉藤先輩は、悪い人先輩じゃない、まだ私に気を遣える先輩のようだ。この先輩の時に、ちゃんと指導を受けて、一秒でも早く、仕事を覚えようと思った。

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