第10話 僕と彼女との親睦会1
僕は、少ない自分のお小遣いで生活をやりくりし、マナは仕事内容で愚痴を言う事は無いが、推しに会える時間が減ったと言って、帰ってくるたびに不満そうな顔をしている。
そんな日々が続き、週末の土曜日になった。
「……やった。……推しがまた可愛くなった」
土曜日、日曜日。その2日間の休日があると、木下マナは、相変わらずの徹夜で推しの育成。寝間着と普段着になった体操服、ブルーライトカットメガネをかけて、一晩中ゲームをしていたようだ。
「……今日、何の日か覚えてる?」
「今日は、土日限定のライブがあるので、そのライブで好成績を残すために、多くの推しを育成――」
「新入社員同士で、親睦会をするって言っていなかった?」
現在、朝の4時を回ったところ。そして今日は、小金井さんが考案した親睦会をやる日だ。推しの育成で忘れていたのか、僕がそう言うと、マナはこの世の終わりのような顔をしていた。
「朝6時に、河原に集合。僕を巻き添えに出来ると思って、ウキウキしながら話してくれたよね?」
「ま、まあ……」
マナが、友達を連れて参加してもいいかと、小金井さんに相談したらしく、そして難なく小金井さんはオッケーしたらしい。それで僕も参加する事になってしまった。
「僕も行くって事だから、マナだけが、サボるのは許されない」
「……あ、あー、な、何だか急にー、おでこが熱くなってー、目が痛いなー」
入社当日にやっていた演技力はどこに行ったのか。僕に仮病を使うときは、物凄く棒読みだった。
「僕の目の前で仮病使っても、無意味。観念して行く準備して」
「せっかくの休みに、朝早くから活動したくないんですよ~」
せっかくの休みに、徹夜で推しを育成するのは良いのだろうか。
「約束破ったら、優等生キャラが崩れるけど」
「そうなんですけどー。全くやる気が出なーい」
マナは全く動こうとしない。やっぱり僕の声帯模写で、マナの推したちの声で目覚めさせないといけないのだろうか。
「そもそもー、実家にお出かけ用の服とか置いてきているから、行こうと思ってもいけないんですよねー」
「別によそ行きの服じゃなくてもいいんじゃない? 走って滝行するなら、むしろその格好で行った方が、都合がいいと思う」
そう言うと、マナはサボれない口実が出来てしまったので、さっきよりも絶望した顔をしていた。
小金井さんが、本当にそれをするつもりなら、マナが普段着ている体操服の方が、動きやすいし、今回の親睦会にはぴったりな姿だ。
「僕も、この日の為にだけに、新しい服は買えない。だから、僕も体操服で参加するけど」
「……降参でーす」
サボる手段を失ったマナは、観念してようやく体を起こしてから、ケラケラ笑いながら、僕にこう話した。
「ま、蘭丸君とお出かけできるから、全く嫌って訳じゃないからねー」
こうやって、マナがたまに見せる、美少女の面影。
そんな顔で微笑みかけられたら、僕も照れ臭くなって、一度マナから顔を逸らした。
そして集合時間の10分前。5時50分ぐらいに指定された河原に到着すると。
「おはようっ!! 木下さんっ!! 気温は2℃!! 空は快晴っ!! 今日は素晴らしいぐらいの滝行日和だっ!!」
最初に来ていて、河原で仁王立ちするマナの同期、小金井さんが、滝行日和と言う、謎なパワーワードを言い放っていた。
「おはようございます。今日、この日を楽しみにしていました。小金井さんも、ここでテントを張って待機するほど、楽しみだったみたいですね」
小金井さんの後ろには、キャンプで使うような大きなテントが設営されていた。こんな寒い中、ランニングシャツ、短パンでテントで寝泊まりするなんて、もう超人としか思えない。
「もちろんだっ!! 楽しみ過ぎて、昨晩からここにいたっ!! 木下さんも、一緒に冷たい川の水で、気持ちを高めないかっ!!?」
「結構ですー」
この小金井さんのハイテンション。僕は何となく嫌う人が出てきてしまうのが分かった。大声で、超熱血、これはマナも疲れて帰ってくるわけだ。
「それで、木下さんの隣にいるのが、ご友人の桜木さんだねっ!!」
「は、はい。桜木です」
「僕は、小金井尊っ!! 新たな友人が出来て、僕は猛烈に感動しているっ!! 今日からよろしく頼むっ!!!」
僕は、小金井さんと友人になったつもりはない。この人と関わったら、更に僕の生活が大変になると思うので、今日だけの関係にしたい。
「おっは~。みんな、朝から元気だ~」
そして僕らの後にやって来たのは、僕らと同じぐらいの女の人。この澁谷か原宿にいそうな女の人も、マナの同期の人なのだろうか。
「お~、師匠、今日も輝いていますね~」
ああ。この人は、一昨日に会社で出来た、友達と書いて手駒と呼ぶ、マナの同期、市川さんと言う人だ。
マナの噂を聞いて、マナにモテるためのテクニック、ファッションを学びたいと言って、弟子になったと、マナが嫌な笑みを浮かべながら話していた人だ。
「うふふ。ありがとうございます。市川さんも、そのジャージ姿、とてもお似合いです。そう言う、カジュアルな格好を気軽に着るのも、モデルになる為の一歩ですよ」
「やっぱりそうだよねっ! いや~、師匠に一押しされたら、何も怖くないわ~」
年がら年中、この体操服で家を過ごしているマナは、どういったつもりでアドバイスしているのだろう。
「適当な事は言っていませんよ」
僕は疑いの目をマナに向けていると、マナにそう咎められた。
そう言えば、僕とマナが恋人関係になって、初めて出かけた時は、マナは普通におしゃれな服装だった。一応ファッションセンスはあるようだから、適当な事は言っていないようだ。
「午前6時っ!! 丁度、みんな揃ったっ!! これより、新入社員での親睦会を始めるっ!!」
「あの~、小金井さん。高松さんが来てませんけど~?」
市川さんがそう言うまで、僕はそう思わなかったけど、どうやらマナが、前にアマ呼ばわりしていた、大卒の高松さんが来ていないようだ。
「高松さんなら、今日は来ないっ!! そんなラインが来ていたっ!!」
小金井さんがそう言うと、マナと市川さんはすぐに自分のスマホを確認する。
「ありゃー、こりゃ残念だねー」
市川さんが苦笑している反面、マナは真顔のままで、僕にスマホの画面を見せてきた。
『ごめんなさい(/ω\) 今日、弟の面倒見ないといけないから、行けなくなっちゃいました(ToT)/~~~ どうか、みんなで楽しんできてください(/・ω・)/』
たくさんの顔文字を使われている、高松さんのライン。何だか、マナがアマ呼ばわりする気が分かった。
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