第11話 僕と彼女との親睦会2

 高松さんが来ない事を知ったマナは、今にも人でも呪いそうな形相で、高松さんに『お大事に』と言った感じのスタンプを送っていた。顔と気持ちが真逆になっている。


「それでは準備体操だっ!! 僕の真似をしてくれてもいいし、己のやり方でやってくれてもいいっ!!」


 本当に、滝がある山まで走るようで、小金井さんは大きな声を発しながら準備体操をし始めていた。

 僕は、バスケ部時代の準備体操をするが、マナと市川さんはあまり経験が無いようで、小金井さんの真似をしようとしていたが。


「アキレスが切れるまで伸ばせっ!! 己の限界を越えろっ!!!」


 小金井さんの準備体操は、もはや準備体操ではなく、自分の限界を超えるためのトレーニングになっている。人間離れした準備体操にはついて行けず、マナと市川さんはすぐに僕の準備体操を参考にしていた。


「それでは行こうっ!! 目指すは、あの朝日山っ!!」


 小金井さんが指差す山は、ここからだとかなり小さく見える。多分、数十キロメートル離れているだろう。


「心に残るような、楽しい親睦会にしようっ!! それでは、親睦会の開始だっ!!」


 大きな声で叫んだあと、小金井さんは走り出した。


「早っ……」


 楽しくジョギング感覚かと思っていたのだが、小金井さんは、まさかのいきなり全力疾走。もう姿が見えなくなりつつあった。


「僕たちも早く走らないと、迷子になるけど」


 もう追いつけないかもしれないが、マナたちにそう言うと、市川さんが自分のスマホを取り出して、余裕そうな顔をして口を開いた。


「大丈夫っしょ。今時の社会人なら、スマホを使いこなせるんだからさ。うちたちはゆっくりと行こっさ」


 まあ、無理に小金井さんのペースに合わせてもいいだろう。マップで山の名前を入力して、案内通りで行けば、時間はかかると思うが、到着するだろう。


「市川さんの言う通りです。女子たちで楽しくウォーキングしましょう」

「河原でウォーキングする女子は、輝くって事っしょっ!? そんなら気合を入れてウォーキングしないとねっ!


 マナがそう言って、市川さんがやる気を出して、歩き出した。


「おーい、マナさん」

「はい? 何でしょうか、さん?」


 なぜかマナに、知らない名前で呼ばれる。理解できなかったので、僕はマナに耳打ちし、事情を聴くことにした。


「もしかして、僕がだって、言っていない?」


 そう言うと、マナも僕に耳打ちして、そしてズボラモードの口調で説明した。


「そっちの方が都合がいいですからねー。という事で、今日一日は、蘭子さんでお願いしまーす」


 通りで、小金井さんや市川さんが、僕を女性みたいな扱いをするわけだ。


「ま、別にいいけど」


 マナが、そう紹介してしまっているなら、僕は女性を演じるつもりだ。別に男の娘と言うジャンルをコンプレックスに思っていない。マナが女性の格好で付き合えというなら、僕はスカートを穿くし、女性になり切る。


「おーい。置いてくぞー」


 マナと話し合っていると、市川さんが僕たちが歩き出すのを待っていたので、僕はマナの後を追うように、ゆっくりと歩きだした。





 歩いて2時間ほど。僕たちは何とか滝行が出来るという、朝日山に到着した。


「会社だけではなく、世界中の人たちに貢献できるような人間になるっ!!!」


 周りは木々に囲まれ、そして轟音で落ちる滝の音。マイナスイオンが広がっているのか、冬のように寒く感じる場所で、海水パンツを穿いた小金井さんが、大きな声で目標を掲げなら、滝行していた。


「と言うか、何の会社なの?」


 勿論、他の観光客もいるので、もしこの状態で小金井さんと関わってしまったら、僕たちも変人扱いだ。なので、自分の保身に入り、小金井さんとは他人のふりをして、砂利の上でマナと市川さんで話すことにした。


「うち、難しい話ばかりしているから、何の会社かよく分かんないだよねー」


 市川さんは、よく分かんない会社を、どうして入ろうとしたのか。


「電子部品の製造会社です」


 優等生キャラを演じるマナは、僕たちにそう説明した。ズボラモードだと、『口を動かす事がメンドー』と言い、説明する気はなかった。なので、優等生キャラの時に、そう聞いた。


「テレビやパソコン、そしてお世話になっているスマホの中に入っている小さな部品の製造です」

「へー。そうなんだー」


 僕が感心するなら分かるのだが、なぜ僕以上に、市川さんが感心しているのだろうか。


「細かい作業なので、かなり体力と精神力を使うと思います。すぐ辞めたいと言い出さないよう、きちんと上司の話は聞いておきましょうね」

「はーい」


 マナの難しい話には興味はないのか、市川さんは立ち上がって、周りの景色の写真を撮りだしていた。


「私は、この会社に入って良かったと思っています」

「へー」


 推しに会えないから、会社に行きたくないと言っていた、どこかのズボラ女子とはえらい違いだ。


「だって、推しの育成を、物理的に作っていると思うと、もう嬉しくて、嬉しくて……っ!」


 やっぱり、そんな理由だったか。自分が作った部品が、推しの体の一部になると思ったら、マナにとっては100万円以上の課金以上に嬉しいのだろう。


「……蘭子さん。……ちょっとお手洗いに行ってきます」

「はいはい」


 これ以上話したら、マナの推しに対する思いが爆発し、『カジキマグロちゃんが、尊すぎるーっ!!』って叫んでしまうのだろう。それを抑えるために、マナはトイレに籠って、推しのライブを見に行ったのだろう。


「あれー? 師匠はー?」


 写真を撮り終えたのか、市川さんは僕の横に座り、スマホを操作しながら、僕にそう尋ねた。


「トイレ」

「そっか。じゃあさー」


 市川さんは、僕を女豹のような視線を送りながら、こう聞いた。



「何で師匠と付き合ってんのさ? 桜木蘭丸クン?」


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