第8話 僕と落ちこぼれた学級委員長

 洗濯が終わり、そして一度マナのマンションに洗濯物を置いてから、再び外に出て、近所のスーパーに向かった。

 平日のせいか、人通りは少なく感じるが、まだ小中高も春休みなので、子供が無邪気に遊んでいたり、少し大人ぶっている中学生の姿もある。大人が少ない、子供だけの世界になった気分になった。


「……着いた」


 フレンドランドというスーパーマーケットに到着し、僕は店内に入る。


「いらっしゃいませ――って、桜木君っ!?」


 地元だから、高校の同級生に会うのは仕方のない事だろう。けど、今日は遭遇し過ぎじゃないだろうか。


「……藤原は、ここでバイトなのか?」


 3年生の時の学級委員長、藤原ふじわら純恋すみれが、近所のスーパーで品出しをしているとは思わなかった。


「こ、これには深い訳があって……っ!!」


 藤原とこうやって話すのは、3年生の時の、クラス替えがあった初日以来だろうか。そんなに関わっていないはず。


「何? 藤原が通う大学は、バイト禁止とか?」


 藤原の進路は知らないが、多分バイトで働いているのだろう。


「そ、そそそそうじゃありませんよ~っ!! みんなに頼れる学級委員長が、こんな惨めで、落ちこぼれた生活をしていたら、幻滅するでしょ~っ!!」

「今、先輩の従業員に喧嘩売ったよ」


 藤原に指導している先輩だと思われる店員さんが、徐々に口元がつり上がっている。早く会話を終わらせて、このスーパーを出よう。


「まあ、僕は何も思わないから。仕事、頑張って――」

「桜木君っ!! あたし、もう少しで休憩だから、少しお話ししましょうっ!!」

「……はあ」


 城戸と同様、僕は藤原の愚痴を聞かないと、どこかに移動できないようだ。大人の世界って、すぐに愚痴をこぼすほど、辛くて苦しい世界なのだろうか。


「まあ、僕もいろいろ買うものあるし、色んな物が売っているから、目移りして、長い時間、このスーパーの中にいるかもね」


 そう言い残して、僕は藤原と別れると、早速藤原が注意されている声が聞こえてきたが、僕はそのままスーパーの奥に進んでいった。




 もやし。一袋、45円。消費税抜きの値段だけど、50円切っていると安く感じる。最近は、自販機の100円のジュースでも高いと思ってしまう。


「……一応、5袋……いや、8袋が打倒?」


 マナと同棲するまで、物の値段なんて気にした事ない。世界中の親は、いつもこんな苦悩しながら、買い物をしているのかと思うと、僕は頭が上がらない。


「……いや、4袋……2袋だ」


 まとめ買いしても意味がない事に気が付いたので、僕は2袋だけ入れた。


 何故なら、マナのマンションには家電製品が無い。つまり、保管しておく冷蔵庫が無いって事だ。一応、その対策として、僕の家からクーラーボックスは持ってきてあるので、ここで氷を買えば、暫く冷蔵庫の役割は果たしてくれる。


「……寿司……食べたいな」


 店の中を回っていると。寿司や弁当など、惣菜などがものすごく美味しそうに見えてくる。けど500円以上するので、僕は我慢して生活に必要な物を買って、レジに向かう。


「お会計、893円です」


 一応、千円以内に押さえられたけど、やはり1000円近くになると、高いと感じてしまう。だけどこれも暮らしていくため、少しばかりの出費は我慢しないといけない。


「あっ、やっと来ましたねっ!! と言うか、何で構ってくれないんですか~っ!?」


 どうして、僕が藤原を庇わないといけないのだろうか。この様子だと、僕が行った後、こっとり注意されたようだ。


「それで、話って何? 僕、氷を買っているから手短に」

「休憩時間に付き合ってくれるって、言いませんでしたかっ!?」

「言ってない」


 改めて関わって分かる。藤原はマナと違って手のかかる人のようだ。


「……はぁ」


 休憩時間、丸々付き合わないと、返してくれないようなので、僕は諦めて藤原の話を聞く事にした。


「あたし、就活に失敗したのですっ!!」


 元気そうなので、慰めることはしなくてもいいみたいだ。


「高卒で募集している所、出来る範囲で参加しましたっ!! けど、すべて不採用っ!! 何やかんやで、このスーパーで何とか働けるようになりましたっ!!」

「それは良かった」

「そこで相談ですっ!! あたし、ここで働いている事を、知人に知られたくありませんっ!! どうすればいいでしょうっ!?」

「その大声、知人と遭遇したら声をかけない。以上」


 バレたくないなら、それぐらいしかない。僕がアドバイス出来るのはこれぐらいだ。


「あたしは、全世界から頼られる学級委員長だったのに、どこでどう間違えて、こんな事になってしまったのでしょう……?」


 さっきの大声はどこへやら、藤原は急にローテンションになった。


「選択肢に、間違いなんてないと思うけど」

「いいえっ!! あたしは間違い続けたのですっ!! あの最初の面接で、あんなパフォーマンスをしなければ、このスーパーで働くことは――」


 どんなパフォーマンスをしたのか、すごく気になるが、僕は落ち込んでいるであろう藤原に、こう言った。


「その後悔をバネに、転職を考えたら?」

「転職ですか……っ!?」

「そう。仕事を続けるか、辞めるのか、それは藤原の自由。じゃ、本当に氷が解けちゃうから、僕は行く」


 買った氷を水にしたくないので、僕は何を言われようが、マナのマンションに帰る。


「そうですっ!! それは考えていませんでしたっ!! そうとなれば、今日の帰りにハロワに行って、転職の準備をしますっ!! 絶対に上場企業に就職してやりますよっ!!」


 マナの同期、小金井さんには及ばないが、藤原も相当声が大きい。その長所、短所と言った方が良いのか、僕がスーパーを出ようとしたら、僕の助けを呼ぶ藤原の声が聞こえたが、聞こえないふりをして、マナのマンションに帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る