第7話 僕と城戸衛
部屋の照明、水道の蛇口もちゃんと締まっているか確認してから、僕はマナが借りているマンションの部屋を出る。
市街地、立地も悪くない、ただしっかりと日用品、電化製品を買えば、それなりの暮らしが出来るはずなのに、どうして貧乏生活、常にお金のことを考えて過ごさないといけないのか。
けど、どこかこの生活を楽しんでいる僕がいる。ただ単に、彼女との同棲して嬉しいだけなのか。それとも、非日常的な生活を面白いと思っているのか。どっちの方を強く思っているのか分からないが、昨日まで思っていた、即行で別れたいと思う気持ちは薄れていた。
まずは、マンション近くのコインランドリーに向かい、溜まった服を洗濯する。洗濯、乾燥まで時間がかかるため、僕は洗濯が完了するまで、スマホでネットサーフィンをしようと思ったら、さっき会社に行ったばかりのマナからラインが来ていた。
『朗報。私、推しと同じ体験が出来る』
意味不明な事が書かれていたので、僕は既読スルーしておいて、ネットサーフィンをしようとしたら、唐突に肩を叩かれた。
「卒業式以来、蘭丸殿」
僕に絡んできたのは、高校時代の唯一の話し相手だった、
「再会、歓喜。俺、号泣寸前」
しかし、城戸衛もとても変わった人物。なぜか接続詞を使わないと言う、謎の設定を貫いている。そのせいで、僕以外話し相手はいないそうだ。
「再び会えてうれしい、感動のあまりに泣きそうだ。それは、僕もここに来た甲斐があった」
「感謝」
こんな動詞や名詞しか使わないので、城戸衛は、僕たちの学年では『古文博士』って呼ばれていた。
「城戸も洗濯しに来たのか?」
「否。蘭丸殿、姿発見。再会、歓喜」
「僕がここに入って行くのを見て、卒業式以来に話したくなってついて来たって事だよな」
毎回、城戸衛の言葉を翻訳して、確認するのが、僕たちの会話だ。僕は物凄く面倒だと思っているが、城戸衛は、僕が話を聞いてくれるのがとても嬉しいようで、こうやって3年間話していた。
「城戸も、就職したはずだけど、行かなくていいの?」
城戸衛もマナと同様で、高校を卒業したら少し遠くにある工業団地にある会社に就職した。朝から出社なら、僕とこうやってのんびりと話している余裕はないと思う。
「時間、余裕。俺、蘭丸殿、会話」
この様子だと、城戸衛の気が済むまで話さないと、僕は解放されないようだ。
「どうだった? 仕事先は?」
「和気藹々。活気一杯、俺、労働可能」
明るい職場で、この会社に入社してよかったと言っている。言葉通りに、城戸衛の表情も、やる気に満ち溢れた顔をしている。
「会社でも、そうやって話している?」
「無論」
これは嘘だ。同級生の間では、この話し方をしていたが、先生の前では普通に話していた。年上だらけの現場で、こんな話し方をしていたら、即行でハブられるだろう。
「蘭丸殿。其方、状況、模索中」
「僕はどんな感じって事だよな。僕は、まだ大学が始まっていないから、こうやって時間を持て余している」
僕は、誰にもマナと付き合っているという事は言っていない。
もちろん、城戸衛も一緒。何せ、城戸衛はマナに恋心を抱いていた。そんな人に、僕がマナと付き合っていると報告したら、僕は城戸衛が持っている日本刀でめった刺しされそう。ちなみに城戸衛の家は、先祖が殿さまの家来だったようで、家の至る所に甲冑や刀がある。
「俺、不在。蘭丸殿、号泣?」
「城戸がいなくても大丈夫。城戸だって、僕がいなくても大丈夫だったなら、お互いに違う道でも頑張っていこう」
「蘭丸殿、立派」
やはり、一人で大人の世界に踏み入るのは不安で、怖かったのだろう。けど、こうやって僕と話して、城戸衛は気が晴れたようで、さっきよりも明るい表情をしていた。
「俺、出社」
「頑張れよ」
そして城戸衛は、会社に向けて歩き出した――
「……やっぱり車だ」
城戸衛は、コインランドリーの駐車場に、自分の車を駐車させていた。僕が歩いている姿を見て、車を駐車させたのだろう。僕にも、卒業後にも話しかけてくれる、良い友達を持ったなと思った。
「……さて、ネットサーフィンって、またマナか」
既読スルーをしたはずなのに、またマナからラインが来ていた。
『速報 新入社員がさらに分裂』
テレビの上に映る、どこか鬱陶しく思えるニュース速報みたいな感じで、僕にラインを送るのは止めて欲しい。
「……不安なんだよな」
やはり、まだ会社で一人で行動するのは不安なんだろう。こんなくだらないラインで、気を紛らせたいのかもしれない。
「……これでいいか」
既読スルーしても、また変な事を言ってきそうなので、僕は驚いている顔をしているスタンプを送った。
「……もやし以外の料理も考えようかな」
まだ本格的に働いていないが、働いているのには変わらない。一週間の仕事が終わる、金曜日にはもやしのおひたし以外の料理を作ってあげようと思い、僕はレシピサイトで色んな料理を検索した。
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