第6話 私の会社2日目
「流石に7徹は無理だったようだな」
私は、推しを育成している時に寝落ちしていた。そして気が付くと朝になっていて、自分でかけたはずの無い、毛布があった。蘭丸君がかけてくれたようで、私は目をこすりながら頭を下げた。
「……腹減った」
「もやしのおひたしならあるけど」
「……昼も?」
「傾け厳禁。鞄の中が醤油臭くなる」
私が貯金をすべて使い切ってしまったため、お金がない中、蘭丸君が編み出した節約料理、もやしのおひたし。単に、もやしを醤油にしばらく漬しておくだけの簡単な料理。
「……いっつもありがとーございますよー」
「ちょっとでも申し訳ないと思っているなら、今日もしっかり、遅刻しないで会社に行ってくれ」
蘭丸君も料理が出来ないみたいだが、そんな状態でも、蘭丸君は私と生活するために、考え出した料理を、私は残さず食べた。
「……蘭丸君は、何すんのー?」
まだ大学の講義が始まらないようで、蘭丸君には、まだ自由時間がある。ものすごく羨ましい、ニート生活みたいで、私と変わってほしい。
「これ以上電気代を使わないよう、外にいる。あとコインランドリーに行って、洗濯してから、僕のお小遣いを切り崩して、もやしの買いだめ」
蘭丸君が、神様のように思えてくる。それ全部やる時間があるなら、私は推しの育成をしている。電機はバンバン使って、洗濯はしないで、ずっと着回し、適当な時間にコンビニに行って、料理をしなくてもいい、スナック菓子を食べているだろう。
「ボーっとするな。また走る事になるぞ」
「ういー」
蘭丸君にそう言われても、私は全く起き上がることが出来ない。まだ2日目だが、もう私は会社に行きたくない、働きたくない。
「おーい」
蘭丸君に再三言われようが、私の体は全く動こうとしない。
唐突に、会社で推したちのゲリラライブなら行きたい。推したちに最高なライブをしてもらうために、私は全力で応援し、その後は馬車馬のように働くだろう。
「……こほんっ。……プロデューサー」
この声は、無口なツンツン少女、ヒラメちゃんっ!!
「……早く行って。……ずっとそこにいると……気が散るから」
「はい~っ!! 今日も推しのために、頑張って働きますよ~っ!!」
勿論、蘭丸君の声だと分かっている。本人そっくりで、ずっと聞いている私たちさえ、本人がいるんじゃないかと勘違いしてしまう。
けど、私のスマホからいつも聞こえる、あの声が目の前から聞こえてしまうと、私の体が反応してしまい、推しのために働かないといけないと思い、一気に体にエンジンがかかる。
「行ってきます」
「行ってら――ちょっと待て」
すぐ着替えて、私は蘭丸君に見送られながら、マンションを出てようとしたら、蘭丸君に呼び止められた。
「それで行くのか?」
会社の作業着で行くのが、そんなに変なのだろうか。
「これが正装みたい」
「ならいいけど」
昨日は作業着が無かったから、スーツで行っただけだ。すべての従業員は、この灰色の作業着で出勤して、作業している。
「こう言うのって、ワーク何とか女子っていいんだっけ? 蘭丸君、私の作業着姿、似合ってる?」
「似合ってる」
蘭丸君に、まっすぐな眼差しでそう言われてしまうと、私は照れ臭くなって、何も言わずにマンションを出た。
会社に到着し、今日も研修だ。それぞれの部署の部長や課長の話を聞いたり、よく分からない適性検査。そんな面倒な事をするなら、推しを育成したい想いながら、私は新入社員が待機する部屋に入ると。
「おはようっ!! 木下さんっ!!」
鼓膜が破けそうなぐらいの爆音で、私は小金井さんに挨拶された。
「今日も元気に頑張ろうっ!!」
「は、はい……」
小金井さんのせいで、一気に一日分の体力が削られた気がする。もう帰って、推しの声を聞きたい。
「それはそうと、木下さんっ!! 週末の事だが、こちらで予定を考えてみたっ!!」
「へ、へぇ……」
この性格上、バッティングセンターに行こうとか、野球観戦に行こうとか。女子受けしない日程を考えていそうだ。
「朝の6時。会社近くにある河原に集合っ!! そしてそこから川に沿って走り続け、それから滝に打たれ、今後、会社にどう貢献していくか、抱負を唱えながら、精神力を鍛えようと思っているっ!!」
女子受けしないのは合っていたが、まさか修行になるとは思わなかった。
大人になるには、こんな修行をしないといけないのだろうか。小金井さんは、仙人でも目指しているのだろうか。
「た、楽しそうだね……。木下さん……っ!」
このアマ――高松さんは、少し黙っていて欲しい。と言うか、私とお茶会するのはいいのだろうか。
「い、意外なパターンの親睦会なんて、すごく面白そうですね……」
高松さんが変な事を言ったせいで、私もこうやって小金井さんの提案を褒めないといけなくなってしまった。
「そうだろっ!! ありきたりな所では、仲を深める事、将来的に印象に残らないっ!! だから僕は、このような親睦会を提案するっ!!」
そうだ、ここでは断りづらいから、当日に急用が出来たと言って、サボろう。そうすれば、小金井さんと高松さんと二人きりになって、もしかすると何か良いことが起きるかもしれない。
そして、私は小金井さんと距離を置くことが出来て、どこのグループに属する事無く、休み時間は推しの育成に専念できる。
「何それー。めっちゃ楽しそうじゃない?」
意外な展開。まさか、一番嫌がりそうな市川さんが、小金井さんの提案に乗って来た。
「えー、木下さんも参加すんなら、うちも行こうかな? ねえ小金井さん、うちも参加していい?」
「もちろんだっ!!」
なぜか市川さんも、小金井さんのグループに入って来たせいで、尚更サボれなくなり、小金井さんと高松さんの接近作戦も失敗した。
「……」
そして反対派の熊谷さんは、私たちを今にも殺しそうな、蘭丸君とは違う、まっすぐな目でこちらの光景を見ていた。
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