第4話 私と同期のメンツ

 朝礼で、意識が半分以上なかった時、蘭丸君が上手い事進めてくれたらしく、難なく朝礼を乗り切ることが出来た。そのお礼を言うために、私はトイレの個室に入り、もうすぐ始まる入社式もお願いするようにと、蘭丸君と通話しようとしたら、私のスマホの画面に充電切れが表記されていた。


「マジかー」


 ここからは、私一人で乗り切れという事らしい。一瞬でも、私の推しの顔が見れないのも、かなりの苦痛だ。


「……このまま乗り切れって言うの? ……眠さと緊張のあまりに、カジキマグロちゃん尊いって叫びそうなんですけど」


 朝、急いでいたから、モバイルバッテリーは家に――いや、推しに貢ぐために、持っていたモバイルバッテリーは売ってしまった。


「……いや、今ここで叫べばいいだけじゃん」


 ずっと我慢しているから、変な場所で叫びそうになるだけだ。推しが可愛くて、叫びたくなることの何が悪い。ここでずっと我慢している方が、画面の奥でセンターになる為に戦い続けている、あの娘こたちに失礼だ。


「……すぅ」


 トイレの空気が汚かろうが、私には関係ない。


「カジキマグロちゃん、マジ尊ーいっ!!!」


 恐らく、外でも聞こえるだろう。けどそれぐらい、私はカジキマグロちゃんを推して、健気に踊る姿に心を惹かれている。


「……さあ、戦場に行きますか」


 推しの名前を叫んだところで、ようやく私の目が覚めて、そして気合が入った。

 今の私は、どこか清々しい気分だ。今日の仕事を終えたような、このまま会社の玄関に行ってしまいそうになるが、私は今日の一番のメインイベント、入社式に出席し、そして自己紹介の際には、こう言った。


『清王高等学校出身の木下マナです。学生の頃は、他の生徒の模範になるような生活を送り、学業でも優秀な成績を修め続けました。これまで培った経験、知識で、会社を更に発展できるよう、真面目に勤務してまいりますので、どうかよろしくお願いします』


 我ながら、よく出来た自己紹介だと思っている。大人の人は、若い女性の笑顔、よそよそしい態度、そしてと言う言葉が大好きなので、そう言っておけば、大体の人に良い印象を持たれるだろう。自己紹介が終わると、大人の人は大きな拍手を私に送った。





 そして午前中は工場見学。昼からは先輩社員たちとの交流。その前に1時間の昼休みになった。

 私の周りから弁当や菓子パンなどの匂いがする。けど、私には昼食は無い。急いでいたので、昼食を準備する時間が無かったとかではなく、ただ単に自分の食費に当てるぐらいなら、推したちに貢いだ方が良いと、思っているからだ。決して、後悔している訳ではない。


「……ふぅ」


 空腹を紛らわすため、私は、息を吐く。


「……まだ12時過ぎか」


 定時まで、まだ半日以上ある。高校卒業してからは、毎日のように話しかけてくれた蘭丸君、そしてスマホの中の推しに会えないのが、こんなにも苦痛だなんて思わなかった。


 早く、仕事が終わらないかなと、私はそっと目を閉じた。


「親愛なる同期の皆っ!! この小金井尊から、提案があるっ!!」


 高身長で、大卒の小金井さんが、耳をつんざくような声量で、私たちに呼びかけていた。


「この週末、土曜日か日曜日、交流を深めるために、新入社員だけでは遊ばないだろうかっ!? どちらも都合が悪いなら、日程をずらそうと――」

「……そう言うの、迷惑なんですよ」


 もう一人の大卒の男性、熊谷くまがいさんが、キッと小金井さんを睨みつける。メラメラした小金井さんとは裏腹に、どす黒いオーラを纏っているのが、熊谷さんだ。


「……全員で行く意味はないです。……今どき、飲み会を部署の全員で行こうとか思っている人ですか?」


「その通りだっ!! 河瀬部長も言っていたではないかっ!! 同期と仲を深めるのは、とても良い事だっ!! だから僕は、高卒の人もいる中で、仲を深められるよう、飲み会ではなく、親睦会を提案するっ!!」

「……そう言うの、全員が参加したいと思っていませんから。……迷惑です」


 そして、いきなり新入社員の中に、わだかまりが発生した。

 無論、私も親睦会には反対な方だ。そんな事に時間を費やすなら、私は推しの育成をし、イベントに走る。


「……あー、うちも週末は用事が」


 私と同じ高卒、女性の市川さんも親睦会の誘いを断り。


「……お、俺も週末はライブに参加するんで」


 市川さんに続いて、同じく高卒、男性の鉾田さんも親睦会を断っていた。この様子だと、簡単に同期で中を深めるのは難しいだろう。


「高松さん、そして木下さんっ!! 君たちはどうかなっ!?」


 立て続けに断られたと言うのに、小金井さんは変わらない大きな声で、私たちに話しかけてきた。小金井君には申し訳ないが、私も参加するつもりはない。親睦会でお金を使うぐらいなら、推しの育成に使った方が良い。


「小金井さん。私も――」


 私が断ろうとした時、席が隣同士の高松さんが、私と肩を組んで、こう言った。


「小金井さん……っ! き、奇遇ですね……っ! 私と木下さんで、週末お茶する予定があったんですよ……っ! そういう事なら、私たちだけでもやりませんか……っ!?」


 何を言っているんだ、このアマは……っ!! 


「良いだろうっ!! 週末、とても楽しみだっ!!」


 小金井君は、すごく嬉しそうだ。あー、この笑顔に使えなくなったスマホを投げつけたい気分だが。


「え、ええ。週末、楽しみにしています……」


 そして私は、高松さんの巻き添えによって、絶対に参加したくなかった親睦会に、行く羽目になってしまった。

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