第18話 【幕間】暗躍者の焦燥1

 深夜、とあるマンションの一室に6人の男が集まっていた。長机が配置された会議室のような部屋で、皆一様にスーツをまとい、パイプ椅子に腰かけている。

 6人のうち3人は、ヤクザとの取引現場にいた警察官だった。他の面子も漏れなく警察官で、鎮痛な面持ちのまま、ある一人が口を開くのを待っている。

 視線を一身に受けているのは、取引現場でアカマツと呼ばれていた男だった。この会合を主導する立場にある上位者で、若くして警視の階級にあるエリートだ。

 彼だけではない。警視庁及び警察庁から集ったこの場の警官達は、軒並み同期・同世代で出世頭とされているキャリア組だった。

 その全員を見渡し、アカマツが重い口を開く。


「…ヤツについて、何か情報は出たか?」


 上座に座ったアカマツは、集ったメンバーに向けて情報共有の開始を告げた。それを受け、アカマツから見て右の席の男が口を開く。


「あの背格好と運動能力に優れるという条件で要注意リストから洗った結果、疑い含めて112名ヒットしました。優れているとはいっても、あんな動きができるかははなはだ疑問ですが…」


 そう言って目を伏せたのは、アカマツと共に取引現場にいた男だ。この二日で、通常業務の合間に行った黒づくめの調査結果を簡潔に述べた。

 それに対し、現場にいなかった男が一人、対面から眉根を寄せて確認を差し挟む。


「…そこまで、ですか?」

「人間に出来る動きとは到底思えん」


 答えたのはアカマツだった。眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような顔をしている。そのまま視線を右の男に向けて、報告の続きを促した。頷いた男は、改めて言葉を続ける。


「収監中などで明確にアリバイがある人物を覗けば71人。うち半数ほどが所在すらつかめていません。あるいは、この中にいない可能性も高いでしょうね」


 調査を行った男は、その作業が徒労に思えて仕方なかった。あんな真似のできる人間が危険人物として認知されていれば、特記されていないはずがないからだ。


「監視カメラの映像はさらえないか?」


 その報告に、もう一人現場にいた男が焦燥の表情を浮かべて、集ったメンツに確認の声をかけた。しかし、何人かが暗い顔で「難しい」と否定を口にした。


「開示申請の理由が立ちません。合理的な範囲で別件の捜査に混ぜ込むしか」

「民間への映像提供依頼も同様です。文書での照会が原則ですからね。下手を打つと状況証拠が残りかねません」

「動画が即時公表されてしまえば、内部調査は避けられません。不自然な痕跡を残すのは…」


 応えたのは軒並み現場にいなかった人間だ。保身にも思える提言だが否定もできず、アカマツは苛立ちを隠せなかった。舌打ちを一つ挟んで全員に告げる。


「手持ちのヤマで監視カメラのチェック作業があるやつはいるか?」


 その確認に、全員が首を縦には振らなかった。当然だ。警察庁の人間はそもそも現場での捜査はまず行わない。警視庁の人間も明確に担当業務はあり、この少人数では都合のいい事件を受け持っていることなど期待できよう筈もない。課長クラスの責任者もおらず、担当案件の調整を行える権限を持つものもいないのだ。

 唯一アカマツはそれに当たるが、他部署にまで手が及ぶわけではない。警察機構の裏で暗躍する彼らだが、頭数の少なさは如何いかんともしがたい。活動の秘匿性を保つには、そうそう無茶もできないのだ。

 無論ここにいるメンバーが全てではないが、裏での協力者や、後ろ盾となっている警視庁幹部を含めても12人しかいない。特に幹部は立場が上過ぎて、現場の人事に口をはさむのはいささか不自然だ。これも状況証拠になりかねなかった。


「…分配も当面控えるべきか」


 ここ3か月の収益。それはアカマツが管理している。それよりも過去の分はすでに清算し、関わった人員に分配済みだ。電子化しては記録が残るため、全て現金で保管してあるが、分配しては、その統制も取りにくい。


「…致し方ありませんな」

「あくまで副産物。追々で構いません」


 そう。あくまで彼らにとって、得られる金銭は副産物でしかなかった。少なくとも、この集団の理念としてそういう前提があったのだ。内心でどう思っていようとも、大義名分を優先する以上、その言に文句は出なかった。例え、ほとんどの人間が渋い顔をしたとしても、だ。


 毒を以て毒を制す。特定のヤクザとのパイプを密接にして、他のヤクザが関わった犯罪情報を収集する。結果、ここにいるメンバーは多くの犯罪集団を検挙してきた。当然、成果に見合った昇進もしており、この会が継続するメリットは非常に大きい。目先の金銭に固執するようなこらしょうのない人間は流石さすがにいなかった。


「後を追った柊蘭会しゅうらんかいの連中から何か報告は?」

「あの後接触できていません。他に眼が無い確信がなかったので」

「次の定期連絡で情報の共有を図るしかなかろう」

「何を悠長な!事は一刻を争うぞ!」

「敵の正体も動きも目的も、何も分からないんだ!通信記録を残すべきではないだろう!」


 現場にいた二人を中心とした強行に動くべきとの意見と、現場にいなかった人間の慎重に探るべきとの意見で、次第にヒートアップしてくる。

 それをいさたのはアカマツだった。


「落ち着け。警視庁の内偵か、他組織の横やりかは分からんが、いずれにせよ今の段階で動くとは思えん」

「なぜそう思うのですか?」

「現場にいた人間しか抑えられんからだ」


 アカマツの言は、現場にいなかった人間と同じ慎重派だった。ただ、その言には相応の根拠がある。それを問う視線と声に、アカマツは泰然と答えた。

 撮影された動画は取引現場そのもの。だが、逆に言えば現場にいた人間しか関与したという証拠がない。暴露、交渉、根絶。敵の目的がどれであっても、あの動画だけでは致命には至らない。敵の規模が大きければ大きいほど、現場の動画だけではリターンが見合わないのだ。関与した人間の一掃が叶うレベルの複合的な証拠が必要となる。


「我々の知らないところで他に証拠を抑えられていたら、さすがにどうしようもないがな」

「あれはヤツにとっても相当なリスクだったはずだ。単身でそれを犯すという事は明確な証拠は掴んでいないのだろう」

「とはいえ、取引現場に踏み込まれたという事は、相応の情報が漏れていると見るべきか」

「動画も、公表されれば会の消滅には至らないまでも活動そのものには致命的な障害となることも確かだ」


 少なくとも、現場にいた3人は終わる。当然、終わる側にいるアカマツは眉根に皺が寄るのを抑えられなかった。

 それを飲み込み、努めて冷めた声を装い、導き出した方針を告げる。


「即時公表されても、傷口は広げるべきではない。時間があるのならなおのこと、痕跡を残さず探るべきだ。当面は慎重に動け。改めての証拠隠滅と漏洩ろうえいルートの洗い出しが最優先だ」

「「「了解」」」


 会の発足から6年。これまで順調に富と地位を築き上げてきた活動に、初めて亀裂が走った事案だった。

 前身となる仕組みがあったとは言え、発足から会を主導し、押収品の持ち出しフローを確立させ、ヤクザとのコネクションを堅固に築き上げてきたのは、すべからくアカマツだった。当然、自身の正義を脅かす無粋な輩を許容などできず、冷静な面貌の裏でははらわたが煮えくり返っていた。


(これだけ慎重に動いていた取引の情報を得ていたというのなら、相応の力がある組織が敵対していると見るべきだ。その上で、大胆にも程がある現場への単身偵察。人選、というか抱えた人員の質も馬鹿に出来ない。考えれば考えるほど厄介だ…!くそったれが!)



 カナタの知らないところで、勘違いが加速していた。

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