第185話 メルクーリの館

 夜も更ける中、俺たちはメルクーリ家の前までやってきた。


 道と敷地内を隔てる背の高い門は、前に魔族が暴れたときから直していないのか、大きく歪んでおり、ちゃんと開くかわからないほどだった。


 とりあえず、門を開けてもらおう。


「すみませーん、誰かいませんかー?」


 …………反応なし。


「誰かいないの?

 ペルサキスが来たって言いなさい!」


 リーゼが声を張り上げるも、やはり反応はなし。


 門の外から敷地内を見渡してみるけど、近くに人の姿はなかった。


 ガブラス家やメルクーリ家と違って、門番を置いていないのかな?


 ゲームではいた気もするけど、こっちの世界では違うのかも。


 しかし、せっかく来たのに、中に入れないとは。


 どうしたものか。


「それなら、こうするのだ!」


 バキバキバキ、ガタンッ!!! 


 人の姿のアイーダが、まるで紙細工で遊ぶかのように鉄製の門を引きちぎった。


 手が早いなー。


 まあ、アイーダがやらなかったら俺がやるつもりだったんだけど。


 それにしても、ガブラス家の結界に続いて、メルクーリ家の門まで壊すことになるなんて。


 賠償とか要求されたりしないよな?


 ……緊急事態ってことで、許してもらおう。


 アイーダが開けた門から敷地内へと入る。


 もう一度周りを確認………………誰もいないようだな。


 ウェルンにも確認してみたけど、人の音は聞こえないようだ。


 忍び込む形になってしまったけど、仕方ない。


『魔の結晶』に関する手がかりを手に入れなくちゃいけないからな。


 とりあえず、館を確認しにいこう。


 俺たちは門から館へと続く、レンガの敷かれた道を進んだ。


 メルクーリ家は、ガブラス家のように広いわけでも、ペルサキス家のように空間魔法を使っているわけでもないので、少し走れば着く距離に館がある。


 館の外観は海外の古屋敷といった様子で、なかなか赴きがある。


 そのため、夜中であっても、館からは歴史的価値を漂っていた。


 ただ、悲しいことに先日の襲撃の際の火事でアチコチ焼けてしまっている。


 木の板で補修した跡が生々しい。


 いいデザインだったのにな……


 それはさておき、館では妙なことが起きていた。


「もしかして、灯りがまったくついてない?」


 マイアの言ったとおり、メルクーリの館は闇に包まれており、窓から光がまったく漏れていなかった。


 最初はすでに就寝したのかと思ったけど、主であるジルドが帰ってきていないのに、すべての灯りが消えているのはおかしい。


「治安部隊が調べにきたのか?」


「それはないわ。

 お父様たちを襲ったけど、あれでもまだイズンの三貴族のひとつよ。

 治安部隊がおいそれと手を出せるわけない。

 全部片付くまでは館に手は出さないんじゃないかしら」


 リーゼが怒りと呆れを混ぜ込んだ様子で教えてくれた。


 だとすると、人がいるはずなのに、まるで灯りがついていのは、やはりおかしいな。


「行ってみるしかありませんね」


 ルナの言葉に皆がうなずく。


 俺は館の入り口の扉をノックした。


 …………


 返事がない。


 俺は、ルナたちと顔を合わせると、勢いよく扉を開けた。


 暗い室内。


 玄関から見える、どの部屋にも灯りはついていないようだ。


 年代物の建物だけど、埃っぽい感じはしない。


 しっかりと手入れは行き届いているようだ。


 それなら、誰かはいつはずだけど。


 気配は……


「ミツキさん!」


 ウェルンが指差した先では、燕尾服を着た男性が横たわっていた。


 すぐに近寄って首筋に手を当ててみる。


 脈はある……


「眠っているだけみたいだな」


 しかし、なぜこんなところで……


「あれ……!」


 マイアが奥の廊下を指差す。


 そこでは、メルクーリ家の使用人と思われる人々がうつ伏せの形で倒れていた。


「何かあったのは、間違いなさそうね。

 起こして話を聞く?」


 リーゼは手にしていた杖の先を、倒れている男性に向ける。


「いや、洗脳系の魔法がかかっていたら厄介だ。

 回復魔法をかけて、部屋に運ぼう」


 ルナがうなずき、『ヒール』を男性にかけてくれる。


 それから近くの部屋に運び込み、ソファーに寝かせた。


 念のため、暴れないようにロープで縛っておくのも忘れない。


 他の使用人にも同様の処置を施した。


 使用人たちはひとまずこれでいいだろう。


 探索を再開する。


 メルクーリ家の使用人たちは何者かに気絶させられていた。


 もしも『魔の結晶』が意思を持っていたなら、人を襲うこともできるだろう。


 ここには手がかりを探しに来ただけだったけど、『魔の結晶』が出てきてもおかしくない状況だ。


『探索』スキルで周囲を探りつつ、館の奥へと進む。


 そのとき、階段の上を人影が走って行った!


「見つけたのだ!」


 真っ先に動いたのは、アイーダだった。


 竜の翼を生やして、2階まで飛び上がり、人影の後を追いかける。


 って、アイーダに行かせるのは、まずい!


 アイーダは敵じゃなくても、とりあえず攻撃する。


 生身の人間だったらタダでは済まない!


 俺が駆け出すと、ルナとリーゼもハッとなってついてくる。


 マイアとウェルンは少しおっかなびっくりと言った様子だ。


 人影をお化けだとでも思ったのかもしれない。


「待て待てー待つのだー!」


 お化けよりもおっかないドラゴン娘が、人影を追いかけていく。


「アイーダ、攻撃はするなよ!」


「わかったのだ!

 くらえ!

 ゴアァァァ!!」


 俺に返事をした瞬間、アイーダが口から炎の球を吐き出した。


 全然わかってないな、アイツ!


 アイーダの放った炎の球は、人影を脇を通り過ぎていった。


 しかし、攻撃されてびっくりしたのか、人影は足をもつれされて、その場に倒れ込んだ。


「今なのだ!

 我が捕まえるのだ!」


「待て、アイーダ!

縮地速影しゅくちそくえい』」


 移動用の練術を発動する。


 今まさに人影に飛び掛かろうとするアイーダに追いつき、その首根っこを掴んだ。


「フガッ!?

 何をするのだ、ミツキよ!」


「やりすぎなんだよ」


 これからいろいろ聞かないといけないのに、消し炭にさせるわけにはいかない。


「……!」


 けれど、俺がそうやってアイーダを止めていると、倒れていた人影が立って走り出そうとした。


 逃がさない。


 拘束用の魔法を……


「待ちなさい!!」


「…………!!」


 リーゼの大声に、人影の動きがぴたりと止まる。


 リーゼは人影の前までやってくると目線を合わせて近づいた。


「大丈夫?

 何があったの、ロウヒー」


「リーゼさん……」


 人影──ロウヒー・メルクーリは、リーゼに抱きつくと、安心したのか泣き始めてしまった。


 

 









 




 


 


 


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