第184話 街の中から小石を探す

 ジュディはケガをした父親の容態が気になるのか、『魔の結晶』の捜索が終わると同時に、ウェーパルを従えてガブラス家へ戻っていった。


 サタナは、目を覚まさないジルドと捕まえた魔族を街の治安部隊に渡したあと、ディモステニスを連れてペルサキス家へ帰っていった。


 ジルドは三貴族のひとつのメルクーリ家ではあるが、ガブラス家とペスサキス家のふたつの貴族を手にかけようとしたため、留置させれることになった。


 目を覚ましたら、いろいろ話を聞けることだろう。


 魔族を見張ってもらっていたリュウには、引き続きイズンにいる魔族の捜索を頼んだ。


 俺はというと、ルナ、リーゼ、マイアと共にガブラス家に行くことにした。


 まだジュディから警備の仕事を解任されたわけじゃないからな。


 それに、アイーダとウェルンを置いてきている。


 馬車に乗ってガブラス家へ戻ると、竜の姿のアイーダが出迎えてくれた。


「おお、やっと帰ってきたのだ!

 待っていたのだ!!」


 ちょっと怒っているみたいだけど、元気そうだ。


 ガブラス家では何もなかったみたいだな。


「悪かったよ。

 本当はもっと早く帰ってくるつもりだったんだけど、いろいろあってな」


「ふむ……街で上がった火柱と関係あることか?」


「さすがアイーダだな。

 ここからでも、あの魔力に気づいたのか」


「当然なのだ!

 しかし、魔力はもう感じないのだ。

 もう終わったのか?」


「それについては話すよ。

 いっしょに来てくれ。

 ウェルンもいるよな?」


「うむ。

 あの空間魔法の中にいるのだ」


『アマノマヒトツ』の工房か。


 ちょうどいい。


 俺の剣もあとで手入れしてもらおう。


 そんなことを考えつつ、俺たちはウェルンの工房へと向かった。




 工房にいたウェルンは、いつもぶかぶかの旅装ではなく、薄手のシャツを着た姿で出迎えてくれた。


 額に汗がにじんでいるところを見ると、何かを作っていたのかもしれない。


「おかえりッス。

 それじゃ、話を聞かせてもらうッスよ」


 相変わらず、察しがいい。


 俺たちの帰りが遅かったので、街で事件でもあったと思っていたのだろう。


 少し長い話になるので、休憩もかねてお菓子とお茶を用意する。


 アイーダがすぐさまお菓子に飛びつき、残りのメンバーがソファーに腰掛けたところで報告会が始まった。


 俺はウェーパルを連れて出かけたあとから話した。


 三貴族会談が行われている現場に向かったこと。


 サタナと合流したこと。


 教会から炎が上がったこと。


 地下通路を進んだ先で、ジルドと戦闘になったこと。


 ジルドは倒せたが、彼に力を与えていた『魔の結晶』がいつの間にかなくなっていたこと──


 頭の中に響いた声については黙っておくことにした。


 あの声が勘違いだとは思えないけど、話すような内容でもないからだ。


 それに「突然、頭の中に魔王の声が響いてきたんだ」なんて言ったら、必要以上に心配されるか呆れられるに決まっている。


 そんな感じで俺の話が終わった。


 最初に口を開いたのは、ウェルンだ。


「はぁー、なんとなく理解はしたッスけど……ミツキさん、まーたおかしなことに首を突っ込んできたッスね」


「「「うんうん」」」


 ウェルンの言葉に、ルナ、リーゼ、マイアがうなづいている。


 ゲームのイベントなんだから、何か起きるに決まっている。


 だけど、それを彼女たちに言っても仕方ない。


「俺のことはいい。

 問題なのは『魔の結晶』の行方だ。

 アレには人のステータス……能力を高める効果がある。

 だけど、ちゃんと扱わないと危険な代物なんだ」


「たとえばどんな?」


「強力な魔力が使用者の身を滅ぼす」


 リーゼの質問に答えて、さらに言葉を続ける。


「それだけじゃない。

 使用者の周囲も巻き込む恐れがある。

 その破壊範囲は、大陸ひとつ分だ」


「た、大陸ひとつ!?」


 マイアが驚いて、口にしたお茶を噴き出しそうになっていた。


「ああ、それだけの魔力が込められている」


「だとしたら、ミツキの言ったとおり、早く見つける必要がありますね。

 けれど、みんなで探しても、あの部屋にはありませんでしたよね?」


 ルナの問いに、俺はうなずいて返す。


「そうなんだよな……

 魔道具なんだから、ジルドが放り投げるにしても、部屋の中か、遠くに行っても傍の通路には転がっているはずなのに」


「魔法で飛ばしたってことはないんスか?」


「うーん……その線は、薄いと思うな」


 ウェルンが言った可能性もなくはない。


 だけど、あの場所は室内だった。


 魔法を使って飛ばしても、天井へ壁にぶつかるから、そこまで遠くへ行くとは限らない。


 次元をいじる空間魔法だとその限りではないけど……ジルドにその魔法は使えない。


 魔王の魔法にも、『魔の結晶』の力を完全に隠しきる空間魔法はなかったはずだ。


「それならば、答えは簡単ではないか?」


 テーブルのお菓子をバクバク食べていたアイーダが、唐突に口を挟んできた。


「『魔の結晶』とやらには、『意思』が宿っていたのだ。

 だから、自分で逃げていったのだ」


 アイーダは、そう言い切った。


 それに対して、「あのねぇ」とリーゼが呆れたような目をアイーダに向ける。


「道具が意思を持つわけないでしょ。

 自動で動くように回路が組み込まれていることはあっても、あたしたちの目を逃れるなんて出来っこないわ」


「なぜなのだ?

 お主だって『意思』を持った魔道具を見たことあるはずなのだ」


「はぁ?」


「あの傾いた塔で我を切り刻んだ奴……

 アレは、魔道具の一種なのだ」


『堕天の魔塔』の地下にいたゴーレムか。


 確かに、ゴーレムも広義では魔道具になる。


 ルナが思い出したように口を開く。


「あの子が魔道具……

 もしも、『魔の結晶』が同じなら、自力で魔法を使えても不思議じゃないですね」


「そのとおりなのだ!

 恐ろしいほどの魔力がこもった魔道具、それが『意思』を持って逃げたのだ。

 だから、お主たちが見つけられなくても仕方ないのだ」


「ちょっと待ちなさいよ!

 じゃあ、何?

 大陸ひとつを吹き飛ばすような魔道具が勝手に動いてるの!?」


 リーゼが悲鳴に近い声を上げる。


 地元に爆弾が歩いているようなものだから、穏やかではいられないだろう。


 けれどもしも、アイーダの言ったことが事実だとすると、俺の中に聞こえた声も納得がいく。


『魔王』の意識が宿った『魔の結晶』か。


 考えたくないけど、考えて動いたほうがよさそうだ。


「探す範囲を街全体にしよう」


「でもさ、ミツキ。

『魔の結晶』って拳くらいの大きさなんだよね?

 この広い街から探し出せるの?」


 マイアの疑問に工房の空気が重たくなるのを感じた。


 確かに、現実的に考えれば難しいだろう。


 サタナに頼んで魔法を使ってもらうのが一番だけど、その魔法も地下通路ではうまく機能しない。


 効きにくい場所に逃げ込まれていたら、どうしようもないだろう。


「地道に探すしかないのは確かだな。

 だけど、手がかりがありそうな場所の目星はついている」


 あの魔道具を作ったのは、ジルドだ。


 それなら、調べる場所は限られている。


「メルクーリ家の研究所に行こう。

 きっとそこに、何かがあるはずだ」

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