第178話 魔族を捕獲

 サタナに見つかった。


 彼女は、この街で最強の魔法使いである。


 見た目は小学生のように幼い少女だけど、それは膨大な魔力で肉体が活性化しているために他ならない。


 実年齢はもっと上、リーゼの母親でもあり、ペルサキス家当主の妻だ。


 家に害を及ぼす者には容赦しない。


 そんなやつに、ウェーパルは肩を掴まれていた。


 怯え切った表情で、俺のほうを見てくる。


 ウェーパルを引きはがして、逃がしてやりたいところだけど、それは不可能だ。


 かといって、捕まることもできない。


 俺たちが捕まっている間にに魔族が三貴族会談を襲撃したら、どうなるかはわからないからな。


『ヴレイヴワールド』でのストーリーでは、イズンのイベントが終わるまで三貴族の当主は誰も欠けていなかった。


 魔族の襲撃を受けて、当主の誰かがやられでもしたら、ストーリーがどう転ぶかわからない。


 イズンでのイベント次第では、世界の謎を知る女神に会うことができなくなる。


 最悪、俺が元の世界に帰る方法がなくなるかもしれない。


 サタナと敵対、もしくは捕まる選択肢はない。


 それなら……


「この近くに、この子と同じ魔族が潜んでいる。

 見つけるのを手伝ってくれ」


 俺は素直に伝えた。


「……他にも魔族が?

 本当にー?」


 軽い口調だが、サタナの赤い瞳はウソかどうかを見定めているかのように、じっと俺を見つめてきていた。


 じわりと汗が噴き出す。


 魔法でも何でもないのに、麻痺の状態にされたみたいだ……


 けれどやがて、サタナは口元に笑みを浮かべた。


「カレシ君が言うならそうなんだろうねー。

 わかった。

 じゃあ、ちょっと行ってくる。

『グランド・サーチ』」


 サタナの足元に幾何学模様に彩られた魔方陣が浮かびあがり、次の瞬間には半円状の光の膜となって、光速で周囲へ広がっていった。


『グランド・サーチ』は、レベル6に当たる索敵魔法で、周囲に魔力を散らして、効果範囲内にいる人物の外見的特徴と魔力の有無や強弱を知ることができる。


「ふむふむ……たしかにあやしいのがいるねー。

 じゃ、ちょっと行ってくるよ」


 サタナはウェーパルの肩から手を離すと、姿を消した。


『テレポーテーション』。


 いわゆる瞬間移動の魔法だ。


 この手の魔法の中では初歩に位置するもので、移動距離は20メートルほど。


 だけど一瞬で移動できるため、かなり使い勝手がいい。


 その分、魔力消費も激しいのがネックではあるけど、サタナの魔力量なら連発しても問題ないだろう。


 何はともあれ、サタナに信じてもらえてよかった。


「う、う……」


 解放された途端、ウェーパルがその場にペタンと座り込んだ。


「も、もう帰りたいです……」


 ウェーパルが涙目だ。


「あー……その、すまない。

 サタナが来ているとは思わなかったんだ」


 これは完全に俺の落ち度だな。


 ここにいる魔族くらいならどうにかできるけど、サタナには勝てない。


 リーゼといっしょに戦って、一撃を入れられるのがやっとだったしな。


「もう少しだけがんばってくれ。

 サタナが魔族をひとりくらい捕まえてきてくれると思うから、そいつからいろいろ聞き出して──」


「──戻ったよぉ」


 話の途中で、サタナがいきなり姿を現した。


「ひっ」とウェーパルは震えあがる。


「ずいぶんと、早かった……な?」


 驚いた。


 サタナが離れたのは10秒ほどだったはずだ。


 にもかかわらず、彼女の足元には、頭から角を生やした人物が5人ほど転がっていた。


「魔族を見つけてきたよー。

 一応、気絶させているけど、全員やっつけちゃってもいいかな?」


 杖を持っていない左手に雷を生み出して、サタナはにっこり微笑んでいた。


「あわわわわわ……」


 ウェーパルは今にも泡を吹いて倒れそうになっていた。


「待った!

 そいつらは、『魔王』復活派か反対派のどちらかだ。

 話を聞く必要がある」


「『魔王』復活派ぁ?

 何それ?」


 俺は簡単に説明した。


『魔王』を復活させるための魔道具がこの街に来たかもしれないこと。


 それをメルクーリが持っていて、魔族に狙われていること。


 ついでにウェーパルのことも、ガブラス家で雇われているメイドで、人と敵対する意思がない魔族だと伝えておく。


「ふーん……

 ガブラスが関わっているなら、わたしがその子をどうにかするのはやめようかなー。

 ディモスが大変になりそうだし」


 サタナは納得してくれたようで、ウェーパルへ敵意を向けるのはやめてくれたようだ。


 ウェーパル、よかったな。


 …………あれ?


 動かない。


 あ──この子、座った体勢で気絶してる。


 そんなに怖かったかのか……


「じゃあ、こっちの魔族に話を聞きましょうか。

 体に電気を通せば、素直に話してくれるかなー?」


 恐ろしいことをさらっと言うやつだ。


 リーゼもたまに苛烈な言葉を使うけど、まだまだ優しかったのだとわかる。


「攻撃はやめてくれ。

 先に確認を取ってからだ。

 ウェーパル」


「…………はっ!!」


 背中を叩くと、ウェーパルは目を覚ました。


「この中で、お前に声をかけてきたやつはいるか?」


「え、え……えっと……」


 ウェーパルが倒れている魔族たちの顔を確認する。


「この人……反対派の人です……」


 指差した魔族の男を見て、サタナが手の平の雷を落とした。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」


 男の口から悲鳴が飛び出す。


 おいおい、本当に攻撃したよ……


「気つけだよー。

 さぁ、目は覚めたかな?」


 少し服を焦がした魔族の男はゆっくりと目を開けた。


「あ、あんたたちは……」


 確かに意識は戻っているようだな。


「この街の魔族を追っている者だ。

 質問をする。

 素直に応えてくれ」


 俺の言葉に合わせて、サタナが魔族の頭上で「バチバチバチ」と雷を鳴らした。


「くっ……何でも聞けばいいさ」


 状況を悟ってくれたようで何より。


「キミは『魔王』の復活に反対しているんだよな?

 ここにいるメンバーは全員そうなのか?」


 魔族の男が周囲を見渡し、他にも魔族が倒れているのを知って、顔を青くした。


「……ああ、そうだ」


「ここには何をしに来たんだ?

 メルクーリを襲撃するつもりだったのか?」


「ち、違う!

 襲うつもりはこれっぽっちも……!」


「だけど、『魔王』を復活させるアイテムを奪うために、メルクーリの家は襲ったんだよな?」


「あれは……暴走した仲間が勝手にやったことだ」


「仲間、ね……」


 となると、メルクーリの家を襲ったのが、『魔王』の復活に反対する勢力だという俺の予想は正しかったみたいだ。


「それじゃあ、質問を戻すけど……ここには何をしに来たんだ?

 三貴族会談……あの教会で貴族たちが集まっているのは知っていたんだろう?」


「ああ……だけど、オレたちは誓って、人間を襲うつもりできたわけじゃない。

 復活派を監視しに来たんだ」


「監視?」


「そうだよ。

 アイツらが人間の貴族に渡したのは、あのアイテムだけじゃない。

『魔王』の復活を確実にするための──」



 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!

 


 突然、全身に殴られたような衝撃が襲い掛かってきた。


「何が……!?」


 振り返る……教会が、燃えている!?


「まずい!

 始まったぞ!」


 状況を理解しているらしい魔族の男だけが叫んでいた。


「『魔王』の復活だ!」

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