第175話 断じて違う

「メルクーリ様なら、おそらくお父様たちとの会合ですわ」


 ジュディは口からティーカップを離しながら答えた。


 リュウからジルド・メルクーリが外出したと聞いた俺は、早速、ジュディがいる館にやってきていた。


 ガブラス家の令嬢であるジュディはちょうど、朝食を終えたところだった。


 話すには、いいタイミングだったのだ。


「三家の当主揃って会合ってことは、三貴族会談だよな」


「あら?

 ご存知でしたのね」


 三貴族会談は、イズンを統治するガブラス、ペルサキス、メルクーリの三家の大貴族が顔を合わせて行う会談のことだ。


 多忙な三貴族の当主が直接会うという場だけあって、議題の内容はイズンの今後を左右する重大なものばかりになっている。


「ペルサキス家から招集があったそうですわよ」


 ペルサキス家──ってことは、リーゼの父親であるディモステニスだな。


 そういえば、俺とリーゼが部屋を訪れたときにどこかへ連絡を取っていたけど……あれは三貴族会談を開く準備だったのか。


「ということは、街にいる魔族についてだな」


「おそらくは。

 ですが、わたくしたちには関係ありませんわ」


 ジュディはティーカップをソーサーに置いて、俺を正面から見つめてきた。


「あなたには、結界の代わりに警備を頼んでおいたはずですが。

 どうなさったのですか?」


「今はウェルン──エルフの子がやってくれてるよ。

 アイーダの朝食が終わるまでな」


 ウェルンは、館の中から俺がリュウと話していたのが聞こえていたらしい。


 エルフの聴覚は、本当にすごいものだ。


「そんなソワソワして……やりたいことがあるなら、ウチが代わるッスよ」と俺のところへ来て、言ってくれた。


 自覚はなかったけど、俺は門の近くをうろうろしていたらしい。


 まあ、動き出そうとしたけど、警備の罰もあるし、どうしようかなーと思っていたからな。


「それならすぐに戻ってくださいな。

 ジルド様が外出された理由もわかったでしょう?」


 そう言うと、ジュディは話は終わりとばかりにティーカップを口に運んだ。


「いやいや、俺は三貴族会談に突入するつもりだけど?」


「ブブッ!?」


 ジュディが紅茶を噴き出した。


 うおっ、危なっ!


 ちょっとかかりそうだった……


 生粋のお嬢様であるジュディが噴き出すと思わなかったので、反応が遅れてしまった。


「あなた、何を言っていますの!?

 三貴族会談は当主だけしか参加できないんですのよ?」


「知っているが?」


「部外者はつまみ出されると言っているのです!

 行くだけ無駄ですわ。

 そもそも、何をしに行くのですか?

 イズンの魔族についての取り決めがなされるにしても、あなたが口出しできるものではありませんわよ」


「口出しはしないさ」


「では、どうして」


「手を出そうと思って」


「なお悪いですわ!!」


「まったく、何を言いだすのやら……」とぶつぶつ呟くジュディの濡れた口元を、メイドさんがせわしそうにハンカチで拭っていた。


 驚かせるつもりはなかったんだけど……余計な仕事をさせているようで申し訳ない。


 それにしても、ジュディは俺が三貴族会談に殴り込みに行くと思っているのか。


 間違ってないけど、補足しておこう


「えーっと、メルクーリ家を魔族が襲撃したのは知っているか?」


「リーゼさんから聞きましたわ。

 ジルド様の魔法を見て逃げていったとか」


「追い払われただけだ。

 その魔族が、今回の三貴族会談を狙うとは思わないのか?」


「……!」


 ジュディが息をのんだのがわかった。


「……外出中のジルド様を狙って、というわけですか。

 可能性はありますわね。

 しかしそれでも、魔族ごときが三家を相手にどうにかできるとは思わませんわ」


「まあ……ジルドが追い払ったような連中ばかりだとそうだろうな。

 だけど、それ以上が出てくることだって考えられるぞ」


「ご冗談を。

 それなら街へ入る際に報告が来ているはずですわ。

 もしも万が一、あなたがおっしゃったように、街の中へ入り込まれていたとして、相手がそれほど強いなら、あなたが会談へ行ったところで、勝てるんですの?」


「勝てるかは微妙だな。

 だけど、どうにかできるさ」


 俺はそこでようやくジュディのところへやってきた理由を伝えた。


「そういうわけで、ウェーパルは借りていくからな」


「は?」


「彼女に、魔族を判別してもらう。

 魔法復活派か、反対派か」


 外見モチーフは覚えているけど、汎用魔族は『ヴレイヴワールド』のストーリー上で重要な役割を与えられていたわけじゃない。


 ウェーパルと同じで、見ただけで何をしている魔族なのか、判別ができないんだよな。


「じゃあ、そういうわけで」


「ちょっ、ちょっと待ちなさい……!!

 ウェーパルをそんな危険な場所には……

 それに!

 あなたには警備の仕事が──」


 ジュディが何か言っていたけど、俺は構わず本館を出て、ウェーパルのいる従業員の館へと引き返した。


 大丈夫、ウェーパルは守るさ。


 警備の仕事は……アイーダとウェルンに任せておけば大丈夫だろう。


 事態が事態だからな。


 けっして、警備の仕事が面倒になったわけじゃない。


 断じて、違う。


 そこだけは、全部片付いたあとでジュディにも強く言っておこう。

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