第174話 警備員になってみた
警備員の朝は早い。
日が昇る前に目を覚まし、着替えをすませたあとは、すぐに持ち場へと向かう。
持ち場というのは、イズン三貴族の名門ガブラス家の正門だ。
見上げるほどの高さもあるその門の近くでは、その門をしのぐ高さの生き物が眠っている。
竜だ。
全長10メートルを超え、人間などまるで相手にならないだろう。
そんな竜に警備員は近づいていく。
普通の人間ならば、命がいくつあっても足りないだろう。
しかし、警備員は違う。
寝ている竜の耳元まで近づくと、大きな声を張り上げた。
「おーい!
朝ごはんだぞー!」
その瞬間、竜は血走った眼を開け、街全体が震えるほどの咆哮をあげる。
ゆっくりと起き上ったその姿は、まさに神話から飛び出してきた生物そのもの。
圧倒的な威圧感を放つ竜は、まるで警備員を朝食にせんとばかりに大きく口を開けた。
危ない。
警備員の命も、もはやこれまでかと思われた。
しかし、
「やっとご飯なのだ!
いっぱい食べてくるのだ!!」
竜は小学生くらいの少女に変身すると、館のほうに走って行ってしまった。
警備員は、竜のいなくなったその場所に座る。
こうして今日の警備員の仕事が始まった。
…………
俺はジュディとの約束通り、俺はガブラス家の警備員をやっていた。
警備といっても元の世界とは違い、施設を回ったりはしない。
ガブラス家の結界と同じく、不審な者や物が入ろうとしてきたときに、排除するだけだった。
この役目も、アイーダが竜になって門の近くで寝ているだけで、問題なかった。
誰も危険を冒してまで竜のシッポを踏みに来ようとは思わないからな。
俺はといえば、そんなアイーダに食事を報せる時計係になっていた。
朝起きてからアイーダを呼びに行き、お昼と夜も食事ができるとアイーダに声をかけにいく。
…………
俺、いなくてもよくね?
アイーダだけで、警備できているよな……
いやまぁ……ガブラス家の結界とガーゴイルを壊したのは俺なんだから、罰は受けるけどさ。
アイーダが食事をしている間だけ、座ってぼーっと門を監視しているだけだと、償っている感覚もないんだよな。
できることなら俺も、館に残ったルナたちといっしょに、魔族であるウェーパルからいろいろ話を聞きたかった。
ウェーパルは、『ヴレイヴワールド』では大きな役目を与えられていない魔族だけど、こっちの世界だとガブラス家にいるし、イズンでのストーリーを進めるキーパーソンと考えていいだろう。
「だから俺も、そっちに行きたかったんだけどなー。
はぁ……」
せめて魔法や『練術』の練習ができたらよかったんだけど。
でも、そんなことをしていたら、サボっていると思われるかもしれない。
それでジュディの心証を悪くすれば、罰が追加される恐れがある。
真面目にやるべきだな、うん。
まあ、そうはいっても、おかしなことは何も起きない……
「……ん?」
正門から離れた塀の上を飛び越える影を見つけた。
軽やかな身のこなしから見て、ただの住人ではなさそうだ。
もしかして、魔族か?
ちょうど暇にしていたし、入ってきたやつを捕まえて、警備員の期間を短くできないか、掛け合ってみよう。
俺は敷地内に入った影を追いかけようとし──立ち止まった。
影が俺のいる場所に向かって来たからだ。
「ミツキ殿、ここにいましたか」
影はリュウだった。
動きが軽やかなのは当然だ。
「……どうかされましたか?」
俺が黙っていたので、変に思ったようだ。
違うんだ。
リュウを賊として差し出せば、少しくらい監視の期間が短くならないか考えていたわけじゃないんだ。
「……いや、何でもないよ。
それよりも、どうしたんだ?
魔族に動きが?」
リュウには引き続き、街にいる魔族を探してもらっていた。
「いえ、今のところは……」
ふむ、どうやら魔族のことではないようだ。
それならやっぱり、ルナたちがウェーパルから何か聞き出すのを待つのが最善か。
「ですが、気になることがありまして……」
「……?」
「魔族に襲撃を受けたメルクーリ家を見に行ったのですが……
当主が外出していました」
「ジルドが?
……なるほど」
ジルドは、「超」がつくほどの出不精だ。
この間のときに少し確認できたけど、その設定はこちらの世界でも変わっていないようだった。
それが、外に出るなんて珍しい。
リュウは知らないはずだけど、ジルドはこの街のストーリーでキーになるキャラクターのひとりだ。
何かが起こりそうな予感がする。
「報告ありがとう。
引き続き頼むよ」
「ははっ!」
リュウは頭を下げると、入ってきたときと同じように兵を飛び越えて去っていった。
ゆっくりとだけど、事態は動いているようだな。
それじゃあ、俺も動くとするか。
俺は、ジュディのいる館へと向かうことを決めた。
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