第172話 危険な存在?

 俺たちはメイド服の魔族の話を聞くため、ガブラス家の館に移動した。


 家族ひとつがみんな入れそうな広さの部屋に、俺たち『グレイス・ウインド』のメンバーとジュディ、それにメイド服の魔族が集まっている。


 ジュディとリーゼが魔族の正面に座り、俺とルナとウェルンがふたりの座るソファーのサイドに立つ。


 マイアと人の姿になったアイーダは、万が一にも魔族が逃げても捕まえられるように、魔族のソファーの後ろに陣取っていた。


「それで、アンタが魔族なのは間違いないのよね?」


 リーゼが低めの声で尋ねると、魔族は体を震わせながらうなずいた。


「は、はい……

 わたしは、ウェーパル……と言います」


 ウェーパル……確か、容姿と同じく、汎用魔族の名前のひとつだな。


 ただ、物語上は、メインキャラクターに絡むような動きはしなかったはずなんだけど……


「魔族って、体のどこかに元『魔王軍』の証があるんでしょ?

 それを見せてくれる?」


「え?

 えっと、わたしは……」


 ウェーパルが言いよどむ。


 その態度が反抗的に映ったのだろう、部屋にいる女性陣の目つきが厳しくなる。


 ウェーパルが小さく「ひっ!」と悲鳴を上げると、震えてしまってしゃべらなくなった。


 この調子だと、なかなか話し合いが進みそうにないな。


 仕方ない、助け船を出そう。


「ウェーパルに『魔王軍』の印はないよ」


 今度は全員の視線が一瞬で俺に集まる。


「どういうこと?」と声を出さずに聞かれているようだった。


「『魔族』と言っても、種類が存在するんだ。

 ひとつは、みんなが知っている通り、元『魔王軍』に組していた者たち。

『魔王軍』はその名の通り、魔の王である『魔王』がトップに君臨していたから、その配下たちは『魔族』と呼ばれたんだ。

 だけど、本来の魔族は違う。

 魔力が極端に強い人型の種族で、どの種族にもない特徴が表れた者たちをまとめて『魔族』と呼ぶ」


 魔王自体がこの生来の『魔族』に区分されるため、『魔族』=『魔王の配下』という構図に見えやすくなってしまっているんだけど、すべての『魔族』が『魔王軍』ではない。


「だから、『魔王軍』に属さずに、『魔族』と呼ばれる者たちはいる。

 というか、200年前に『魔王』がいなくなったあとに生まれた魔族は、生来の『魔族』なんだ。

 ウェーパルもそっちだよな?」


「は、はい!

 わたしは、今年で14になります……」


 ふむ……どうやら、キャラクターの設定自体は、俺の知識と同じようだ。


「つまり、この子は『魔族』だけど『魔王軍』とは関係ないってことね」


 リーゼが腕を組みながら、まだ思うところがあるのか、ウェーパルをじっと見つめていた。


「だけどさっきの外で話を聞いた様子だと、他の魔族を知っているみたいな感じじゃなかったスか?

『魔王』を復活させないでほしいって言ってたし」


 ウェルンの疑問で、再びウェーパルに視線が集める。


「それはその……お出かけの最中に、声をかけてきた人がいて……」


 消え入りそうな声で、ウェーパルが言葉を紡ぎ出していた。


「『街には同胞がいる。力を貸せ』って言われて……

 だけど、そのあとに……また別の人から『『魔王』の復活を阻止するため、仲間になってくれ』って……」


「『魔族』同士の抗争だと!」


「ひっ!」


 あ、やばっ。


 大きな声が出てしまった……


 だけど、それだけ驚いたんだ。


 元『魔王軍』の魔族と、それ以外の魔族との戦い。


『ヴレイヴワールド』では、終盤前に組み込まれていたイベントだ。


 結果として、『魔王軍』に属さない魔族は、プレイヤーたちの味方になってくれるのだけど、そうなるまでにいろんな課題をクリアしなくてはいけない。


 それが、このイズンの街で再現されようとしている。


 ……あーそうか、メルクーリ家を魔族が襲っていた理由がなんとなくわかってきた。


 あれも、おそらくは魔族間の対立から来るものだ。


 あの場所にいた魔族は生来の魔族か、もしくは『魔王軍』を抜けた魔族だったのだろう。


 だから、ジルドが魔王復活の魔道具を使うのを阻止するために、メルクーリ家を襲撃した。


 あのときは、味方同士で何かすれ違ったのかと思っていたけど、別の理由だったとは……


 俺が思っている以上に面倒なことになっているな……


「──話はわかりましたわ」


 今まで成り行きを見ていたジュディが、口を挟んだ。


「あなたが『魔王軍』に組していなければ、問題がありませんの。

 このまま、わたくしの家で給仕を続けなさい」


「ちょっと、ジュディ……!

 まだこのメイドが『魔王軍』かどうか確かめてないでしょ?

 それなのに──」


「確かめましたわ」


 ジュディはリーゼの言葉を遮った。


「この子はわたくしが家に雇い入れるときに体中を調べましたの。

 そのときに『魔王軍』の証はありませんでしたわ。

 リーゼさんなら、知っているでしょう?

 わたくしたち、ガブラス家は徹底した実力主義の家系だと。

 その従者も、特別に魔力の多い者を厳選していますの。

『魔族』だったことには驚きましたけど、納得もしましたわ。

 まあもっとも、この子と初めて会った時には、角は生えていませんでしたけど」


「あ、角は……魔法で隠せるので……」


 ウェーパルがそう言うのと同時に、頭の上に生えていた2本の角が見えなくなった。


 リーゼが疑いのまなざしをウェーパルに向ける。


「その方法なら『魔王軍』の証だって隠せるんじゃないの?」


 リーゼの問いかけに対しては、意外なところから返事があった。


「いいや、そやつは角だけしか隠していないのだ」


 アイーダが、背後からウェーパルの頭の上の空間を握った。


 その瞬間、ウェーパルが飛び上がった。


「ひぃっ!?」


「ふむ、消していても角の感触はあるようなのだ。

 お主も知っておると思うが、我の目は魔力を見ることもできる。

 この程度の透明化の魔法ならば看破できるのだ」


「らしいですわよ」


「フン、わかったわよ」


 アイーダが不可視の角を掴んでいるのを見せられては、リーゼも納得せざるを得ないようだった。


「だけど、他の魔族とのつながりは消えてないから。

 アンタがちゃんと見てなさいよ」


「当然ですわ。

 従者の面倒は最後まで見るのが、主としての務めですもの」


 ジュディはそう言って、ウェーパルに微笑んでいた。


 その笑顔を見てウェーパルは安心したようで、糸が切れたようにソファーに深くもたれかかっていた。


 敵対する魔族は見つからなかったけど、イズンでのストーリーは進んだようだ。


 まあ、大きな損害もなくてよかった。


「──ジュディ様!!」


 そのとき、部屋の外からメイドがノックもせずに、入室してきた。


 かなり焦った様子だ。


「騒々しいですわね。

 何事ですか?」


「それが……ガブラス家の敷地全体を守る結界が、破られました!」


「なんですって!!」


 メイドの報告に、ジュディを始めとする、部屋にいるメンバーに緊張が走ったような気がした。


「ガブラス家の結界は、並の魔法では傷ひとつつきませんわ。

 それを破ってくるなんて……」


 まさか、魔族か……


 声には出さないけど、皆が頭の中でそう思ったに違いない。


「それに、門のガーゴイルも壊されていまして……」


「ガーゴイルまで!?

 あの魔道具は貴重なだけあって、かなりお強いのですよ。

 それが……」


 ガブラス家のガーゴイルは、冒険者のランクだと『シルバー』クラスだ。


 それを撃破するなら、相当な使い手だろう。


 なかなか骨のあるやつが、ガブラス家に乗り込んできたものだ。


「「…………」」


 ん?


 ルナとウェルンが俺をじっと見ている。


 どうしたんだ?


 なんだか、心配されている気がする。


 何をそんなに……たとえ相手がガブラス家の結界を破ったり、ガーゴイルを破壊できたりするくらいの実力者だとしても、俺だって、さっき──


 ──あ。


「それで、その者は今どこに?」


「索敵の魔法を使って来たのですが、その……このお部屋に」


 メイドさんの目は俺を捉えていた。


 …………


「すみませんでした!!!」


 俺は全力で頭を下げたのであった。

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