第170話 ただいま監視中

 俺たちは、ガブラス家の門の前までやってきていた。


 見上げるほど高い門の両脇には、一対のガーゴイル像が鎮座しており、客人である俺たちを威嚇するかのように見下ろしている。


 このガーゴイルは魔道具で、無理やり門を突破しようとする者を見つけると襲いかかる仕組みになっている。


 ガーゴイル自体は、冒険者の『シルバー』レベルの実力なので、実力さえあれば倒すことはできる。


 だけどそんなことをしていれば、当然、ガブラス家の人間や街の治安部隊がやってくる。


 戦わないといけない状況になった時点で、敷地内に進むことはできないだろう。


 そんな門の奥に視線を移してみれば、通路を挟んで木々がずらりと並んでおり、その奥には噴水、さらに奥には館があった。


 あの館は従業員たちの住まいだ。


 そこからジュディたちがいる本館へと出勤している。


 従業員たちの住む館までも門からかなり離れているけど、本館はさらに先だ。


 ペルサキス家は魔法で空間を歪めて、別の屋敷を自分たちの家のように見せていたけど、ガブラス家は見えているものすべて本物なので、敷地面積も恐ろしいことになっている。


「見栄っ張りよね、ホント」


 リーゼが呆れ混じりに呟いていた。


 まあ、ガブラス家は、イズンで権力のある家のひとつだからな。


 このくらいの敷地を持っていても、おかしくはない設定だ。


「それじゃ、そろそろ作戦に移ろう」


 俺は集まっているメンバーを見て、口を開いた。


「俺とルナとウェルンは、家の外から監視する組、リーゼとマイアとアイーダは中を探る組だ」


「ええ。

 よろしくね」


 リーゼの言葉と同時に全員がうなずいたのを見て、俺とルナとウェルンはその場を離れた。


 リーゼはガブラス家に連絡を取り、マイアとアイーダと共に門が開くのを待つ。


 監視組の俺たちは近くの路地裏に入り、そこから風の魔法で建物の屋上へと飛び上がった。


 その屋上は倉庫のように使われているため、身を隠せるほどの、大きな荷物も置かれている。


 そして何より、ガブラス家を奥の館まで見渡すことができた。


 ウェルンに頼んで『アマノマヒトツ』を使ってもらう。


 ウェルンがサイコロ上の魔道具のスイッチを押して放り投げると、その場所に扉が出現した。


 そこから、ウェルンのポータブル鍛冶工房に入る。


 そして扉を閉めると、俺たちは工房のソファーに腰掛けた。


「この魔道具、本当に便利ッスね。

 監視にも使えるなんて」


「そうね。

 私もほしくなってきたわ」


「悪いけど、空間魔法が付与されたアイテムは、そうそうポンポンと出てくるものじゃないんだ。

 ……ウェルン、窓をつけてくれ」


「OKッス」


 ウェルンが近くの壁を指で突くと、そこに半径30センチほどの窓が出現する。


『アマノマヒトツ』は、使用者──ウェルンが望めば、外の状況を窓から覗けるようになっている。


 ただし、このときに見える景色は、出入り口となる扉が設置された方角から眺めることができる景色に限定される。


 全方位見渡すことはできない。


「本当に便利ですね。

 ……あっ、リーゼたちも動きましたよ」


 ルナの声で窓の外を眺めてみると、リーゼたちが開いた扉からガブラス家の敷地へと入っていくところだった。


 うまくジュディと連絡が取れたのだろう。


 このまま、魔族を見つけられるといいけど……


「リーゼさんたち、大丈夫ッスかね」


「問題ないだろう。

 もしも魔族と戦いになっても、アイーダがいる。

 この辺りに竜神を倒せる魔族はいないよ」


「いやー、そっちじゃなくて……アイーダさんのほうッス。

 あの食欲で家のものを食べつくさなければいいんスけど……

 それにガブラスさんっていうのは、貴族なんスよね?

 礼を欠いたら、魔族がいるか調べる間もなく、追い出されるんじゃないッスか?」


「それはありえそうね」


「否定はしない」


 アイーダの食欲は底なしだ。


 出されたお菓子を食べすぎて、それがひんしゅくを買って、追い出される可能性はある。


 むしろ頭の回る魔族だったら、戦わずに追い出すために、そういうことをしてくるかもしれない。


 だとしたら、アイーダを行かせたのは悪手だったか?


 いや、リーゼやマイアの安全を考えるなら、アイーダを行かせない選択肢はない。


 だけど、もしもそんな間抜けな結果になったら……


 ……そのときは、そのときだな。


 別の手段で確かめよう。




 それから俺たちは『アマノヒトマ』からガブラス家の監視を続けた。

 

 窓から入る日の光が傾いて来たけど、館に変化はない。


 そろそろ昼を回ったころだから、もしかしたら、今頃ガブラス家でランチをごちそうになっているのかもしれない。


「持久戦ですね」


「魔族を探すのもそうッスけど、館の中を探すのも大変そうっスからねー」


 ルナとウェルンは、紅茶を飲みながら窓の外を眺めていた。


 俺たちも先ほどランチを終えたばかりだ。


 長丁場になると思って『アマノマヒトツ』に食べ物などを持ち込んでおいたのだけど、正解だったな。


 リーゼたちが一晩泊まることになっても、見張っていられる。


 もしも魔族を見つけた場合は、リーゼが上空に魔法を撃つ手筈になっていた。


 なので、花火だけは見逃さないようにしないといけない。


 俺は窓の外を眺めつつ、手にした饅頭にかぶりついた。


 この饅頭はイズンの特産で、魔法芋まほういもと呼ばれる、普通の芋よりも魔力を含んだ芋餡いもあんで作られている。


 味もさつまいものような感じでなかなかおいしい。


 魔力も回復できる。


 イズンを出るときは、大量に買い込んでアイテム欄に入れておこう。


 こういうときに、腐らない仕様のアイテム欄は本当に便利だな。


 俺は頬張りつつ、窓の外を眺め続けた。




 動きがあったのは、日が傾き始めたときだった。


 パンッ!!


 ガブラス家の上空に花火が上がった。


 リーゼの炎魔法だ。


 それに続いた、巨大化した虹色の竜がガブラス家の庭園にあらわれた。


「アイーダさん!?」


「なんかヤバそうッスよ!」


 ルナとウェルンの顔に焦りの色が滲む。


 アイーダが竜の姿にならないような状況……


 何かあったのは間違いないな。


「いくぞ!」


 俺はルナとウェルンを連れて、ガブラス家に突入した。

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