第167話 夜の密会
ウェルンに武器の手入れを頼んだ後、俺たちはそれぞれの部屋に戻ることにした。
リーゼは俺たちが部屋から出ていくときも、ずっとベッドの上でうつ伏せになっていた。
サタナとどんなことを話したのかは知らないけど、かなり引きずっているような気がするな……
まあ、そのうちいつものようにケロッとしているだろう。
その後、日が落ちてきたあとに食事を取り、部屋のベッドで寝転がっていた。
リュウからの連絡はまだない。
この街の魔族とはメルクーリ家で会った。
だから、すぐに見つけられると思ったんだけど、見通しが甘かったみたいだ。
もっとも、リュウに頼んでからまだ半日くらいしか経ってない。
焦る必要はない。
のんびりとはいかないけど、確実に攻略していこう。
そうすれば、女神に会うためのアイテムも手に入るはずだ。
女神に会ってこの世界のことを聞いて……
そうしたら俺は、元いた世界に……
──コンコン。
おや?
こんな夜更けに俺の部屋をノック……?
遠慮しがちなノックだったから、ドアの外にいるのはルナか、あるいはウェルンか……
「どうぞ」と声をかける。
ドアが開き、部屋に入ってきたのは……リーゼだった。
おっと、予想が外れたか。
それはさておき、どうしたんだろうか。
「…………」
リーゼはうつむいたまま、ドレス風のネグリジェがしわになるのもお構いなしに両手で握りしめている。
「リーゼ?」
何かあったのか?
俺がベッドから降りようとすると、リーゼは顔をあげた。
その顔は、顎先から耳まで真っ赤っ赤だった。
「どうし──」
「『イグニス・ファトゥス・カルケル』!!」
俺が声をかけるよりも早く、リーゼが魔法を発動させた。
驚く間もなく、俺の体に熱くない炎の縄が巻きついた。
なんでこんなことを……
と思っていると、今度は赤い髪が目の前まで迫ってきていた。
そのままベッドに腰掛ける俺にダイブ!
って、ちょっと待──!
「グエッ!!」
みぞおちにリーゼの頭が……
苦しい……息が……
ピクピクしている俺の上には、リーゼが馬乗りになっている。
その顔は相変わらず赤いままだ。
「お母様に、言われたのよ……」
「何を……」
かろうじて言葉を絞り出す。
するとリーゼはためらいがちに口を開いた。
「強くなりたいなら……きききき、キスしてきなさいって!!!」
……………………はあ?
「それを信じたのか……?」
「お母様はあんなに強いのよ!
だったら──やるしかないじゃない!!」
ああ……だから日中に俺が部屋にいったとき、ベッドで寝そべっていたのか。
恥ずかしさを隠すために。
「いや、そんなので強くなれるなら、苦労はしない……」
「な、何言っているのよ!
こんな、恥ずかしいことよりも大変な苦労なんてないわ!!」
リーゼは俺の肩に手を置いた。
待て待て。
そんなことしても、強くはならないのがなんでわからないんだ。
「本気なのか?」
「本気じゃなきゃこんなことしないわ。
大丈夫よ、あたしだって初めてなんだから、これでおあいこよ……」
リーゼの顔が近づいてくる。
むむむ、どうすれば……
「リーゼ、拘束を解け」
「嫌よ、アンタのことだから逃げるでしょ」
「逃げないって。
キスしても強くなれないことを証明するだけだ」
「証明?」
リーゼの動きが止まる。
「証明、できるの?」
「できる。
だから、魔法を解除しろ」
「むぅ……」
リーゼは唇を尖らせながも、俺の体に巻きつく炎の縄を消した。
「やったわよ。
じゃあ、しょ、証明してみなさいよ……」
リーゼは顔を赤くして俺をじっと見つめてくる。
俺は体を起こすと、リーゼの顎に手を当てた。
そして、そのまま……リーゼの額に唇を軽くつけた。
「っ!?」
「ほら、こんなことで強くなれるわけないだろう?」
「…………」
リーゼは俺をじっと見たまま、動かなかった。
どうしたんだ?
俺が呼びかけようとした瞬間、
「ふにゃあ……」
突然、倒れ込んだ。
「リーゼ!?」
慌てて顔を覗き込むと、見えている肌の部分がすべて真っ赤になっていた。
もしかして、恥ずかしさで気絶したのか?
キスを迫ってたのに?
そんなバカな。
「だけど、リーゼのキャラを考えると、そうなる……のか?」
しかし、あんなふうに迫られるとは思わなかった。
『ヴレイヴワールド』では、主人公は男女を選べるゲームだったため、そもそもこういった異性を意識するイベントは発生しないようになっている。
だけど、ここはゲームではない、異世界だ。
こういったことも、誰かに焚きつけられれば起こりえるんだろう。
「……サタナ、そこにいるんだろう?」
俺は部屋の隅に声をかけた。
一瞬の静寂。
そのあと、クスクスと笑い声が聞こえ、部屋の隅からリーゼそっくりの少女が現れた。
「あれー?
魔法は完璧だったんだけどなー。
よく気づいたね、カレシくん」
「半分は勘だよ。
透明化の魔法が使えるのに、本人がいないのは変だと思ったからな」
「おや?
よくわかったね」
「サタナの性格を考えれば、このくらいは……」
「違うよ。
わたしの透明化の魔法のこと。
リーゼちゃんに見せてなかったはずだけど、なんで知っているのかな?」
むむっ、この世界ではそういう設定だったのか。
「知っているから、知っている──とだけ言っておくよ。
それよりも、なんでリーゼにあんなこと言ったんだ?」
「キスしたら、強くなるって?
だってー、リーゼちゃんが顔を真っ赤にして、キスをお願いしにいくんだよ。
とっても可愛いじゃない!」
「おい」
「もぉ、怒んないでよ。
ちょっとした度胸試しみたいななんだからさー。
カレシくんに堂々とキスをせがむくらいの度胸があれば、魔法もどんどん強くなるでしょう」
「それとこれとは話が違わないか?」
「同じだよ」
サタナはベッドに近づくと、目を閉じているリーゼの頭に手を置いた。
「この子は臆病なところがあるからね。
だから自分の身を護るときはいつも強い魔法に頼ろうとする。
だけど、そればかりじゃダメなんだよね。
少なくとも、わたしを目標にするのなら、もうちょっと度胸をつけてもらわないと」
眠っている子供の頭を撫でたあと、サタナはドアのほうへと向かった。
「その子が殻を破るときは、きっとカレシくんのことだと思うな。
だから、これからもリーゼちゃんをよろしくね」
それについては言われるまでもない。
「リーゼは大切な仲間だからな。
心配しなくていいよ」
「そう……ま、今はそれでいいか。
でもいずれは、孫の顔を見せてくれると嬉しいなー。
じゃあ、おやすみなさい」
サタナはニヤっと笑ってから、部屋を出ていった。
見た目は幼女なのに、ひたすら娘の子供を期待するっていうのはどうなのだろうか。
何はともあれ、リーゼの襲撃は何事もなく終わった。
「しかし、これからどうするべきか……」
リーゼは俺のベッドの上ですやすやと眠ってしまっている。
ここで寝かせておいてもいいけど、それだと起きたときにまたひと悶着ありそうだ。
「仕方ない、メイドさんに頼むか」
俺はドアノブに手をかけて、気づいた。
「あれ?
鍵がかかっている?」
力を込めて回してもドアはびくともしない。
どうやら、外側から鍵がかけられる仕組みがあったらしい。
メイドさんを呼べば来てくれるだろうけど……
いや、ダメだな。
これは間違いなくサタナの仕業だ。
メイドさんたちにも、ドアを開けないよう言っているに違いない。
「ま、しょうがないか」
リーゼはベッドに寝かせて、俺はソファーで寝るとしよう。
ベッドの上のリーゼを落ちないようにしてあげて……
これでよし。
「んん……」
寝言だろうか、リーゼの唇がわずかに震えた。
あのままリーゼが拘束を解いてくれなかったらどうなっていたか。
…………
いやいや、何を考えているんだか……
「はぁ、寝よ……」
ソファーで横になると、一気に寝向けた襲ってきて、夢の中へと落ちていった。
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