第166話 お値段はいかほど
『アマノマヒトツ』の中で、嬉しそうに家具や道具の配置を決めるウェルンに付き合っていると、かなりの時間が過ぎていた。
そろそろ屋敷に戻ったほうがいいだろう。
工房の外に出て、ドアノブのボタンを押し込む。
すると、扉は手のひらサイズのキューブに変形した。
「わっ……ずいぶんと簡単に戻るんスね」
「便利だろ。
扉が出せる場所ならどこでも使える。
屋敷の中でもな。
大切にしてくれよ」
「もちろんッス!
ミツキさんには感謝感謝ッス!」
そう言ってウェルンは大切そうにキューブを両手に包み込んでいた。
喜んでくれたようで何よりだ。
鍛冶に向ける情熱も増してくれていたら嬉しいかぎりだ。
それじゃあ、馬車を待たせているところに戻るか。
「はぁはぁ……怖かったッス……」
ウェルンは行きの時と同じように、震えながら俺の後ろにピタッとくっつく形で、来た道を戻ってきた。
「同じ道だったんだから、そんなに怯えなくてもいいのに……」
「怖いものは怖いッス!」
半泣き状態になったウェルンを馬車に乗せて、俺たちはペルサキス家へと戻った。
屋敷に戻り、リーゼの部屋に入ると、ルナが帰ってきていた。
テーブルには回復ポーションが並んでいる。
街で買って来てきたのを分けてくれていたらしい。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「ただいまッス」
挨拶をしていると、部屋の奥にいたマイアとアイーダも、俺たちのほうにやってきた。
「おっかえりー!」
「待っていたのだ。
うまいもの、買ってきてくれたか?」
なんでこの竜神は会うなり、食べ物をねだるんだ。
「ないよ。
何か食べたいなら、メイドさんに言ってくれ。
それよりもリーゼは?
まだ話してるのか?」
「リーゼなら、あそこだよ」
マイアの視線の先を追ってみると、ベッドの上でうつ伏せになっているリーゼを見つけた。
「うー…………」
枕を頭の上に乗せて、時折、威嚇する子猫のような声を出している。
「部屋に戻ってきてからずっとあんな調子なんだ。
何かあったのかな?」
リーゼはサタナに街の近況を聞きに行っていたはずだ。
おそらくその過程で、口が達者な母親に何か恥ずかしいことを言われたに違いない。
「まあ……たぶん大丈夫だ」
いくらサタナでも、実の娘に復帰できないほどのことは言っていないだろう。
時間が経てば立ち直れるはずだ、たぶん。
「そういえば、ミツキたちはどこまで行っていたのですか?
伝言では買い物だと聞きましたけど」
回復ポーションを分け終えたルナが、マイアに渡しながら尋ねてくる。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたッス」
それに答えたのは俺ではなく、ウェルンだ。
「実は、さっきまでウチはミツキさんに、ひと気のないところまで連れていかれていて……とても刺激的な体験をさせてもらっていたッス……」
「「え……!」」
ルナとマイアが俺を一斉に見てきた。
「どういうことですか、ミツキ……」
「本当に、そんな……まさか、口では言いにくい、あんなことやこんなことを……!」
あー、完全に誤解しているな、これは。
「違う。
おい、ウェルン。
おかしな言い方するなよ」
「だって、本当のことッスから……ひと気のないところに行ったのも、ウチにあんな思いをさせたのも……」
「もう1回あそこに連れて行って、置き去りにしてやろうか?」
「ごめなさいッス!!」
ウェルンは一瞬で俺に平伏した。
すぐに謝るなら、言わなければいいのに……
「えーっとな、俺たちは街外れの骨董屋に行ってたんだ。
ちょっと見つかりにくいところにあるし、見た目が変な場所だから、ウェルンだけ連れて行ったんだよ」
「なーんだ、そうだったんだね」
「そんなことだろうと思っていました」
ルナとマイアの誤解は解けたようだ。
「それで、何を買って来たの?」
「コレッス。
驚くと思うッスよ」
マイアに言われて、ウェルンがキューブ状の『アマノマヒトツ』のボタンを押し、何もない場所に扉を出現させた。
「む……もしや、空間魔法を使った魔道具か?」
「正解っス。
さすがはアイーダさんッスね」
「ふふ、当然なのだ。
我は、ソーメイな竜神なのだ!」
アイーダは腰に手を当てて威張っていた。
そんなアイーダの頭を撫でながら、マイアが質問する。
「それで、これはどんな魔法なの?」
「中に入ってみればわかるッスよ」
ウェルンはマイアを手招きした。
ルナとアイーダもついて行く。
扉を開けると、そこにはウェルンの工房があらわれた。
「おおおおーっ!」
マイアの口からは驚きの声が漏れていた。
ルナとアイーダも驚いたように工房内を見渡している。
「このように、鍛冶ができる空間を出現させる魔道具ッス。
すごくないッスか!!」
「いつも鍛冶道具を持ち歩いたり、場所を探すのは大変だろうからな」
俺は『アイテム欄』から、エルフの国で鍛え直してもらった剣を取り出して、ウェルンに差し出した。
「じゃあ、手入れを頼む」
「はいッス!」
ウェルンは、俺から鞘に入った剣を受け取ると、ウキウキした足取りで部屋の奥へと持っていった。
「……こんな魔道具があるのね」
「ふむ……
我もコレに近いものは見たことあるが……この広さと鍛冶に特化したものは初めてなのだ」
「そんなに珍しいものなんだ……」
ルナ、アイーダ、マイアは、驚きの感情を混ぜながら、部屋中を見渡していた。
「みなさんの装備も鍛えておくッスよ」
奥から戻ってきたウェルンが、ルナたちの前に両手を差し出した。
「ええ、お願いするわ。
それにしても、ウェルン……よく、これだけのものを買うお金があったわね」
ルナがウェルンに剣と盾を渡しながら、聞いていた。
「ああ、代金は全部ミツキさんッスよ。
そういえば……ウチ、あのときは怖くて目を閉じてたんスけど……この魔道具っていくらくらいしたんスか?」
「ん?
そうだな……」
俺はあの袋に入っていた金貨の枚数を思い出す。
「たしか、大きめの金貨100枚くらいか?」
──カシャン!
金属同士がこすれ合う音が聞こえて、そちらを見ると、ウェルンの腕からルナの装備が零れ落ちそうになっていた。
「ご、ごめんなさいッス……!」
「いいわ、気にしないで。
……それよりも、ミツキ……大金貨100枚は、本当ですか?」
「ん?
ああ、そうだけど」
「「「…………」」」
俺がうなずくと、ルナとマイアとウェルンが、目を丸くしてこちらを凝視してきた。
「ええっと……大金貨100枚って、ヘイムダル王国なら、お城が建てられるくらい、だよね?」
「エルフの国なら、魔石が採れる森をほとんど買える額ッスね……」
「それどころじゃないわ。
下手したら、国が買えるから」
3人はどうやら、価格について驚いていたようだ。
だけど、俺が支払った値段は、特殊な条件をクリアして買った場合のゲームの設定値……つまり本当の値段はもっと高い。
「あそこで買えたのは、条件がよかっただけだ。
本来の価値は、そうだな……このブラギごと、大陸を買えるくらいの値段はするんじゃないかな」
「「「……!!」」」
3人は肩を震わせたかと思うと、そろって俺に背を向けた。
「大陸……そう。
……よかったわね、ウェルン。
ミツキはあなたをずいぶんと買ってくれているみたいよ」
「うんうん。
この工房、絶対になくさないようにしないとね」
「ちょっ……!
ふたりとも、なんでそんな優しそうな顔でウチを……
あ、もしかして、ふたりとも……」
「そうね。
私たちも、ね」
「うん。
ちょっとね」
「なるほどッス。
先輩だったんスね……」
ルナは指輪を、マイアはチョーカーに触れ、ウェルンはルナの装備を抱えたままどこか遠い目をしていた。
よくわからないけど、3人とも仲良くなったように見えたので、よしとしよう。
ちなみにアイーダは「大金貨100枚は、どのくらい肉が食べられるのだ?」と聞きながら、俺の服の袖を引っ張ってきた。
そうだな、アイーダにもいつか役に立つアイテムを買ってやろう。
ただ『アマノマヒトツ』を買ったら、財布の中はすっからかんになってしまったので、もうしばらくあとになりそうだけどな。
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大金貨1枚=約100~300万円。
100枚で約1~3億(地域によって、これ以上の値になる場合あり)
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