第165話 ポータブル工房

 俺とウェルンはペルサキス家のメイドさんに頼んで、街外れまで馬車で送ってもらった。


 そこは寂れた家屋が建ち並ぶ区画だった。


 かつてこの場所では魔道具の研究が盛んで、魔道具を作る職人たちが多く住んでいた。


 しかし、設備が古くなった関係で、拠点が別の場所に移ったのに合わせて、人々も移動していった。


 それだけなら、まだ住む者もいたのだけど、建物の老朽化も深刻になっており、魔法の衝撃で建物が一棟丸ごと崩れる事件が起きてからは、すべての住民が引っ越してしまった。


 そのため、この場所は無人の建物ばかりが、所狭しと並ぶエリアとなっているのだ。


 時折、ローブ姿の老婆を見たとの目撃談もあるらしいけれど、その人物に会った者はいない。


 もしかしたら、過去にこの場所に住んでいた人の霊なのでは……


 そんな囁きが聞こえてくるほどだった。


「ミツキさん、本当にこんな場所で買い物なんてできるんスか?

 薄暗くてあやしさ全開なんスけど……」


 馬車の中でこの区画について話したこともあってか、馬車を降りたウェルンは腕で自分の体を抱きしめるようにして、目の前に広がる背の高い建物を眺めていた。


「ハッ!

 わかりましたよ、ミツキさん!

 ウチをこんなところに連れ込んで、あんなことや、こんなことをするつもりなんスね……!」


「置いていくぞ」


「あ、ちょっとー、待ってくださいッス!

 言ってみたかっただけなんスから!!」


 まったく、設定上は俺よりも年上だからか知らないけど、すぐにからかおうとするのはどうかと思う。

 

 俺は後ろでウェルンが騒ぎながらついて来ているのを確認しつつ、路地を進むことにした。


 継ぎ足し継ぎ足しで家を乱雑に建てたせいで、この区画の路地は大人がひとり通れるくらいの横幅しかない。


 それでいて周囲には背の高い、似たような建物ばかりなので、進んでいる感じがせずに、ちょっとした迷路のようになっている。


 そのため、初めて来る者はダンジョンだと勘違いしてしまう──


 そんな設定だった気がする。


 俺は道順を知っているので、そんなことはないけどな。


「ねえねえ、ミツキさん。

 なんかココ、さっき通らなかったスか?

 それに、かなり歩いているはずなのに、誰ともすれ違わないんスけど……

 これが、外の世界の『迷いの森林』ってやつッスか!?」


「いや、エルフの里にあったのと比べると、かなりヌルいぞ?」


 エルフの里の『迷いの森林』は低レベルの魔法が無効化される上、モンスターも出てくるからな。


「まあ、迷うことには違いないから、ちゃんとついてきてくれよ」


「はいッス!!」


 むにゅ。


 ウェルンが後ろから思いきり抱きついてきた。


 彼女の胸にある大きな果実がグイグイ押しつけられる。


 怖がっているように見えたはずだけど……すぐこれだ。


 また、俺をからかっているのか?


「おい、ウェルン。

 あんまり抱きつくと動きにくい……」


「いやぁ、でも……離れると、足がガクガクしちゃうッスから……」


 振り返ると、ウェルンが申し訳なさそうな顔で足を震わせながら俺にしがみついていた。


 どうやら、怖がっているのは本当のようだ。


 むぅ……ちょっと素っ気なくしぎてしまったか。


 考えてみれば、エルフの国を出てから、そこまで日が経っていない。


 ウェルンにとっては、国の外に出るのは初めての経験だ。


 知らず知らずのうちに、ゲームのキャラクターと同じ顔、同じ声だから、このくらい平気だろうと思ってしまっていた。


 もう少し、ちゃんと見てやらないとな。


「転ばないように注意してくれ」


「わかったッスぅ……」


 ウェルンが怖がらないように、俺はウェルンを背中にくっつけたまま、ゆっくり歩いて目的の場所へと向かった。




 目的の建物は、俺の記憶どおり、路地の奥で見つけることができた。


「ミ、ミツキさん……本当に、ここに入るんスか?」


 ウェルンは顔が引きつっていた。


 俺たちの前にあるのは、屋根瓦が吹き飛び、壁には植物のツタがびっしりと這っており、それ他の見えている部分はすべてサビだらけという、みすぼらしい屋敷だった。


「そうだけど、イヤか?」


「イヤッス!!

 だって、幽霊屋敷じゃないッスか!?」


 確かに、ボロボロの外観を見るとそう思うよなー。


「大丈夫だ。

 ただの骨董屋だから。

 怖いなら、外で待っているか?」


「それはもっとイヤッス!

 この辺りって、ローブを着た得体のしれない人が出るんスよね?

 だったらミツキさんといっしょがいい!!」


 子供みたいな返事をされた。


 結局、屋敷にはいっしょに入ることにしたようだ。


 俺が、建てつけの悪くなった引き戸を開ける。


 その瞬間、屋敷の中から誇りとカビの入りじまった臭いが漂ってきた。


「ケホケホ……」


 ウェルンは軽くむせて、目には涙をためていた。


 鍛冶をしていたとはいえ、お姫様にはちょっときつかったかもしれない。


 俺は『アイテム欄』からハンカチになりそうな布を取り出して、ウェルンに渡した。


「感謝ッス」と言って、ウェルンは布を口元に当てた。


 ウェルンが落ち着いたのを見てから、俺たちは揃って屋敷の中へと入る。


 屋敷の窓はすべてしまっており、薄青色の灯りがほんのりと室内に並ぶ棚を照らしている。


 棚の上には、水の入っていない水槽や、干からびたミイラの手や、「クチャクチャ……」と中から音の聞こえる壺など……一見だと何に使うかわからない物ばかりが並んでいる。


「ホ、ホントになんか出そう……!」


 ここに来て、一段と怯えるウェルンが、俺の腰に両腕を回して、ピッタリと体を寄せてきた。


 動きにくい……


 と思いつつも、ウェルンを引きはがすわけにはいかないので、そのまま店内をうろつく。


 そんなとき、屋敷の中を白い球体がふわふわと飛んでいるのをウェルンが見つけてしまった。


「ゆ、ゆゆゆ幽霊……!?

 はぅ──」


 絶叫して倒れそうになったので、俺は慌てて抱き留めた。


「落ち着け。

 あれは自律型のライトだ。

 ただの魔道具だよ」


 室内にいる客が商品を見ようとすると近寄ってきて、手元を照らしてくれる優れものだ。


 まあ、暗い中で飛んでいると、霊魂のようにも見えてしまう欠点もあるけど。


「大丈夫だから」


「は、はひぃ……」


 ウェルンは涙目だった。


 きっと室内が埃っぽいからという理由だけじゃないのだろう。


 早く用事を済ませないと、ウェルンがおかしなことになりそうだ。


 俺の体の一部みたいにくっついてしまったウェルンを連れながら、俺は室内の棚を眺めた。


 商品の配置は『ヴレイヴワールド』と同じようだ。


 それなら、店の1番奥の棚に……


「お、あったあった」


 俺は棚に置かれた、手のひらサイズのキューブを手に取った。


「ミ、ミツキさん……!

 ほしいものは見つかったスか?」


「ああ。

 会計するから、もう少し我慢な」


「早く、早く……」


 急かすウェルンの声を聞きながら、俺は商品をレジへと持っていった。


 レジといっても、古びた木製の机だ。


 その奥には、この店の店主であるフードを被った人物がいる。


「あ、あれ……?

 この人ってもしかして……ミツキさんが言っていた……」


 ウェルンがブツブツ何か言っていたけど、気にせずにキューブを机の上に置く。


 代金として『アイテム欄』から金貨の入った袋を取り出し、キューブの横に並べた。


 フードの人物は、ゆっくりと俺たちを見上げると、カサカサの唇を震わせた。


「見せよ」


 かすれているのに、体の芯にまで響く声がローブの奥から発せられた。


 俺はうなずき、背中に張りついているウェルンに声をかける。


「ちょっと手を借りるぞ」


「へ?」


 俺は、腰を締めているウェルンの手をつかみ、ローブの人物の前に差し出した。


 するとすぐさま、骨と皮だけになった両手がローブから伸びてきて、ウェルンの手を握った。


「っ!?!?」


 ウェルンが声にならない悲鳴を上げる。


 もしかしたら、骸骨に手を握られたように感じたのかもしれない。


 それとも、店に置かれたミイラの手のようにされると思ったのか。


 いずれにせよ、恐怖と危機を覚えたらしく、ローブの人物に差し出していないほうの手が、すごい力で俺の腕を握ってくる。


 怖いかもしれないけど、耐えてもらおう。


 こうしないと、魔道具が手に入らないからな。


 おー、よしよし、大丈夫だよ。


 すぐに終わるからね。


「よかろう」


 俺が注射を嫌がる子供をあやすように、心の中でウェルンをなだめていると、ローブの人物はウェルンの手を放し、金貨の袋を握った。


 ウェルンはすごい勢いで手を引っ込め、触られていた手に何かされていないか確かめていた。


 大丈夫だ、何も変わっていないから。


 あれは向こうが売り手を確かめるためのもの。


 ゲーム的に言えば、鍛冶師としてレベルが低い場合は、売ってくれないという制限を解除するためのイベントだ。


 取引は成立した。


 もう少し見ていきたい魔道具はあるけど、ウェルンが限界っぽいので、早く店を出たほうがいいだろう。


「そこの森の人よ」


 俺が背を向けると、ローブの人物はウェルンを指差して、口を開いた。


「『威圧』の黄金の目、高く買うよ。

 ヒッヒッヒ……」


「ヒィッ!?」


 ここでウェルンが耐えられなくなって、俺を店から出そうと全力で後ろから押してきた。


 力関連のステータスは、俺のほうが上のはずなのに、体が押されていく。


 気持ちが入ると、こんなにステータスにプラスの補正がつくんだなー。


 なんて、考えているとウェルンが涙目で頭を左右に振っていた。


 もういろいろ限界を突破したらしい。


 俺は「この子は売らないよ」とローブの人物に伝えて、屋敷を出た。




「ミツキさん、私……生きてますか?」


 店を出たウェルンの開口一番のセリフがソレだった。


「ビビリすぎだって。

 ちゃんと生きているから安心しろ」


「はぁー……よかったです……」


「そんなに怖かったのか?

 口調もお姫様になっているぞ」


「ああ……まあ、ミツキさんしか近くにいないので、大丈夫でしょう。

 すぐに戻します。

 ……いえ、戻すッス!」


 ウェルンにいつもの調子が戻ってきた。


 落ち着いて来たみたいだな。


「でも、こんなに怖い場所だって知っていたら、来るのを断っていたッス……」


「まぁまぁ。

 目星の魔道具を買うには、ウェルンに来てもらうしかなかったんだよ。

 熟練の鍛冶師にしか売らない設定だからな」


「設定?」


「いや、こっちの話。

 それよりもほら」


 俺は骨董屋で買ったキューブをウェルンに渡した。


 キラキラと輝くサイコロのようなソレを受け取ったウェルンは、手のひらの上で転がしていた。


「これは?」


「キューブのどこかの面についている黒いボタンを押して、近くの地面に放り投げてみてくれ」


 ウェルンはうなずき、黒いボタンを押した後、キューブを放り投げた。


 その直後、キューブから蒼白い光がほとばしったかと思うと、木製の扉が出現した。


「これは……?

 え……とびら?」


 ウェルンが言う通り、何もない空間に、成人男性がくぐれるくらいの大きさの木製の扉が、突然現れた。


「…………」


 不気味な骨董商から買っただけあって、ウェルンは扉の前で固まってしまった。


 開いてみたい気持ちよりも、もう関わりたくない思いのほうが強いんだろう。


 だけど、それじゃあ困る。


「扉を開けてみてくれ。

 びっくりすると思うぞ」


「これ以上、ウチの心臓に負担をかけるわけには……」


「いいから」


 俺はウェルンの手を引いて、扉に触れさせた。


 ウェルンは意を決した様子で、扉を開いた。


 中にあったのは──


「えっ……炉?

 それにこの広さは……」


 扉の内側に広がるのは、見上げるほど天井の高い、高級ホテルの一室のような空間。


 そこはエルフの国の王都にあったウェルンの工房に近い部屋だった。


 キューブ型の魔道具の名前は、『アマノマヒトツ』。


 鍛冶の神が、閉じこもった工房をモチーフにして作られた、持ち運びできる工房だ。


 キューブのボタンを押すと、異次元に繋がる工房が開き、部屋を出た後に扉についているボタンを押すと、キューブへと戻る。


 空間魔法を使った魔道具で、鍛冶をやるのにここまでの利便性と機能性を兼ね備えたものは、『ヴレイヴワールド』には、2つと存在しない。


「もしかして、ここで鍛冶を……」


「ああ。

 道具もこの中にしまっておけるから、本当に便利だぞ。

 まあ、収納魔法に比べると収納数は落ちるかもしれないけど……」


「何言っているんスか!

 最高ッスよ!!」


 ウェルンはよほど嬉しかったらしく、工房内をくるくると回りながら見渡していた。


「ウチの工房……こんなに早く手に入るなんて……

 ミツキさん、ありがとうッス!!」


 旅に出てから一番の笑顔で、ウェルンはそう言ったのだった。

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