第163話 その作戦はおかしい
ペルサキス家に戻った俺たちは、リーゼの部屋に集まって、これからについて話し合うことにした。
「まずは、メルクーリ家から逃げた魔族を見つけ出して、倒すわよ」
リーゼが提案し、俺、ルナ、マイア、ウェルンがうなずく。
「あたしはお父様から、イズンで起きたことについて聞き出すわ。
その間にルナとウェルンは戦いの準備をしていて」
「買い物と」
「装備の手入れッスね」
「ええ。
マイアは……チビ竜の面倒を見てなさい」
「ちょっ!?
ボクも準備じゃないの?」
「チビ竜を万全の状態にしておくのも、立派な準備よ。
だってほら」
リーゼが指差した先では、ソファーの上に寝転がったアイーダが、いびきをかいていた。
「食うか寝るかしない怠け者をちゃんと戦える状態にしておくの。
もしかしたら、強い魔族がいるかもしれないでしょ。
ちゃんと逃げずに戦うよう、言い聞かせておいて」
「むぅ……わかったよ」
マイアは渋々といった様子でうずいていた。
「で、俺は何をすればいいんだ?」
「アンタはあたしといっしょに来なさい。
ちょっとやってほしいことがあるの」
リーゼはイタズラを思いついた子供な笑みを浮かべていた。
なんだろう。
よくわからないけど、ろくでもないことなんだろうなと思った。
俺はリーゼの『やってほしいこと』を聞いたあと、ディモステニスの書斎へと向かった。
部屋の前にいるメイドさんに入室の許可をもらうように伝える。
メイドさんが扉越しにノックし、俺たちの名を告げたところ、中から「入りたまえ」と返事があった。
扉をメイドさんに開けてもらい、中へと入る。
ディモステニスの書斎は、20人くらいが同時に入っても、くつろげるくらいの広い部屋だ。
にもかかわらず、実際に入って見るとかなり狭く感じる。
というのも、窓が設置されている場所以外のすべての壁には本棚が設置されており、分厚い本ですべて埋め尽くされているからだ。
そんな本に囲まれた空間で、ディモステニスはシリンダー式の机で書き物をしていた。
しかし、リーゼが近づいてくるのがわかると、手を止めて机から立ち上がる。
「おお、リーゼちゃん……よく来たね」
満面の笑みをリーゼにのみ向けていた。
俺はいないものとして扱うことにしたようだ。
「お父様、今日は大事な話があってまいりました」
「大事な話?
何かね?」
ディモステニスはまだ穏やかな笑みを浮かべている。
そんな父親に向けて、リーゼは言い放った。
「あたし、彼と結婚します」
そう言って、リーゼは俺の腕に自分の腕を絡めた。
──ピシッ!!
と、音が聞こえそうなほど、ディモステニスは笑顔のまま固まった。
そんな父親の反応を無視して、リーゼは続ける。
「彼と旅をしていて、いつかはいっしょになろうと誓い合ったんです。
イズンに戻ったのも、お父様たちにそのことを伝えるためです。
ね、そうよね?」
リーゼが俺の腕を引っ張る。
「そーですねー。
俺は彼女を愛してますー」
次の瞬間、リーゼが俺に寄りかかったまま、思い切り足を踏んづけようとしてきた。
咄嗟に回避すると、リーゼの顔がしかめ面に変わる。
「(もっと心を込めなさい!
ちゃんとお父様を騙さないと聞き出せないじゃない!!)」
小声でそんなことを言ってくる。
そう、この部屋に来る前、リーゼはディモステニスからいろいろ聞き出すために、俺に芝居を打てと言ってきたのだ。
俺とリーゼが婚約していることにして、それをやめさせたいなら、知っていることを全部教えて、と頼むらしい。
…………。
どこから突っ込めばいいのか。
俺とリーゼが婚約しているとして、なんで知っていることを教えたら、婚約が解消できると思うんだ?
そこに因果関係はないだろう。
無茶苦茶だ。
そんなずさんな作戦で、身が入るわけはない。
……まあ、身が入ったところで、俺の演技が向上するわけじゃないけど。
それに、もしもその交換条件が成立するとしても、無理な点はまだある。
ペルサキス家にやってきた日、リーゼは俺と付き合っているわけではないと、みんなの前で宣言していたはずだ。
あれを見ていて、いきなり婚約だって言われて信じるわけがない。
しかし、リーゼはこの作戦は必ず成功すると自信たっぷりだった。
なので、俺も乗るしかなかった。
成功をするとは思っていない。
失敗したとしても、ディモステニスはリーゼに甘いので、話してくれるだろうと思ったからだ。
俺がリーゼの踏みつけ攻撃をかわしていると、ディモステニスがようやく口を開いた。
「そ、それは本当なのかい、リーゼちゃん……?」
「はい。
もう彼と決めたんです。
だから、お父様に反対されても、彼と離れることはありません」
「なんと……なんと……」
ディモステニスはこの世の終わりのような顔をして、その場に崩れ落ちた。
どうやら、リーゼのウソを信じてしまったようだ。
なんでだよ。
リーゼはこの間と真逆のことを言っているのに。
『ヴレイヴワールド』でも、ディモステニスはリーゼを溺愛している設定だったけど、記憶が飛ぶほどなんて……
「き、貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
すると、ディモステニスが血走った目で俺を睨みつけてきた。
「よくも、吾輩のリーゼちゃんをぉ!!!」
そのまま飛び掛かってくる。
俺が身構えると、その間にリーゼが割り込んだ。
「お待ちください、お父様」
「リーゼちゃん、その男を庇うというのか?」
「もちろんです。
愛する彼のためですから」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!」
ディモステニスは泣いていた。
おっさんのマジ泣きだった。
そんなディモステニスに、リーゼは魔女のようにささやく。
「お父様、あたしに婚約してほしくないのですか?」
「も、もちろんだとも……!
リーゼちゃんは、一生、吾輩の元で暮らすのだ!!」
「それでしたら、ひとつだけあたしの婚約を解消する方法があります」
「な、何かね!?」
「この街で起きたことを、すべて教えてくれませんか?」
「そんなことで……!
いいだろう。
なんでも聞きたまえ」
…………え?
「それでは……チャントマーという商人について知っていますか?」
「ああ。
最近街に出入りしている商人のようだな。
魔道具を扱っていると聞いておる。
吾輩は取引していないがな」
「そのチャントマーが、メルクーリ家と取引しているのはご存知ですか?」
「知っているとも。
商人がそのように売り込んできたからな。
メルクーリのやつは、魔道具を買い込んだようだ。
あの実験好きは魔道具に目がないからな……
出どころのわからんものも、買い漁る癖がある」
「あたしがいない間、そのメルクーリ家に怪しい動きはありませんでしたか?
たとえば、身元不明の者たちと密会しているなど」
「それはわからんな。
ジルドのやつは基本的に家から出て来はしないし、出掛ける際は気配を隠す魔法を使う。
昔からそうだ」
「そのメルクーリ家が、魔族と接触していたりはしませんでしたか?」
「魔族だと?
…………ないな。
実験好きの世間知らずとはいえ、イズンを発展させる思いは、吾輩やガブラスと変わらん。
自ら災いを呼び寄せることはせんだろう」
「では、最後に……
この街に魔族が入り込んでいるのをご存知でしたか?」
「何?
そんなことはないはずだ。
この街は結果で守られている。
魔族といえど、突破できるはずはない」
「それはわかっています。
ですが、あたしたちは見たんです。
メルクーリ家から逃げる魔族を」
「なんだと!?
だとすれば、すぐに探すように指示を出さねば!」
ディモステニスは踵を返すと、事務机へと戻っていった。
通信系の魔道具でどこかに連絡を取るのだろう。
「それでは、お父様。
あたしたちもこれで」
「うむ。
それでリーゼちゃん……
吾輩は答えたのだ、婚約はしないと約束してくれるのだな?」
「……考えておきます」
「リーゼちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
ディモステニスに叫びを背中に浴びつつ、俺たちは部屋を出た。
廊下をしばらく歩いたあと、リーゼが俺ににっこりと微笑えみかけてきた。
「ほら、見なさい。
あたしの作戦、大成功だったでしょ!」
なんでだよ!!
俺はそう叫びたいのを抑え、ため息をつくばかりだった。
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