第161話 メルクーリ家当主
メルクーリ家へ向かう道中には、人だかりができていた。
先ほどの爆発音を聞いて、みんな道に出てきてしまったようだ。
「これ以上は進めないわね。
馬車を降りましょう」
舌打ちでもしそうなリーゼに言われて俺たちは馬車を降りた。
うわっ、思った以上に人が多いな……
歩きでも進むのは厳しそうだ。
「上が空いてるよ!」
マイアが上空を指差す。
そこには、空を飛ぶ人々の姿があった。
「あれは魔道具を使っているんだけどね……
けど、飛んでいくのは賛成よ。
チビ竜はマイアを、ミツキとあたしでウェルンとルナを運んでいきましょう!」
リーゼの指示通りに、背中に翼を生やしたアイーダはマイアの肩を掴み、リーゼはルナを抱え、俺はウェルンの腰に腕を回して持ち上げた。
「ミツキさん、お手柔らかにお願いするッス……
森でやったみたいなのは、勘弁ッス……」
「俺、何かやったっけ?」
「集落から王都に行くとき、魔法で飛ばしたじゃないッスか!」
あー、あったな、そんなことも。
「加減はする。
保証はしない」
「えぇ……」
そんな不満そうな顔をされても困る。
ひとりで飛ぶならともかく、ふたりだと勝手がわからないからな。
ウェルンとそんなやり取りをしていると、リーゼが口を開いた。
「行くわよ!
飛んで!!」
俺とリーゼは『ウインド・ブラスト』の魔法を発動させた。
魔法の突風で体がその場で浮かび、空へと舞い上がる。
魔力で風の出力を調整して、メルクーリ家を目指す。
アイーダは人間の姿のまま、背中に生やした翼をはためかせて、マイアを両手で持ち上げて追いついてきた。
「うぬ……
この姿で誰かを運ぶのは慣れないのだ……」
「えっ?
ここで落ちるのは、ちょっとまずいかなー。
アイーダちゃん、ファイトー!
ガンバレガンバレ!」
アイーダはフラフラしていたけど、竜神だし、なんとかなるだろう。
「メルクール家はどこ?」
「あそこよ!」
先を飛んでいたルナとリーゼが、黒い煙が立ち上る館へと近づいていく。
館の前では数人の人影があり、互いに魔法を放っているようだった。
「あそこ!
ロウヒーさんッス!!」
ウェルンが指さした先には、確かにローブを着た少女がいた。
相対しているのは、頭から角を生やした男たち……ここからでは、しっかり見えないが、おそらく魔族だな。
ここでロウヒーが大怪我を負う事態は避けたい。
「急ぐぞ。
『ウインド・ブラスト』」
「え、ちょっ──」
突風で体が急加速し、ウェルンの声がかき消される。
その加速のままに、俺たちは地上へと急接近し、すんでのところで、今度は地面に向かって威力をしぼった『ウインド・ブラスト』を発動させる。
ガクンと地面から戻ってきた風で体がのけぞるのを感じつつ、着地に成功した。
場所は……ちょうどロウヒーと、角男たちとの中間地点だった。
俺たちが空から降りてきたのを見て、双方とも目を丸くしている。
先に状況を理解したのは、角音たちのほうだった。
「テメー、この館の奴の仲間か!
『フレア』!!」
炎の魔法が俺たち目掛けて飛んでくる。
俺は『アイテム欄』から剣を抜き取ると、炎の魔法に向かって振り下ろした。
剣の刃が触れた瞬間、炎は分断され、すぐさま刃の中へと煙のように吸い込まれていった。
「な、なんだと!?」
角男のひとりが驚きの声を上げる。
いい反応、ありがとう。
怯えてくれればくれるほど、この剣の強さが際立って、他の角男たちの戦意も刈り取ってくれるだろう。
「どうする?
まだやりたいか?」
角男たちに剣先を向ける。
こんな態度だが、俺としては戦いたくなかった。
相手が魔族だからという理由ではなく、ロウヒーを守りながら戦うのは骨が折れるからだ。
それに、今は敷地の外に人が集まっている。
魔族に大暴れされたら、ストーリーを進めるどころではなくなってしまう。
「ぐっ……ど、どうする?」
「どうするっていったってな……」
「命令を破るわけにも……」
ふむ。
どうやら、角男たちは判断に迷っているようだ。
それならそれで、先にロウヒーの身の安全を確保させてもらおう。
「ウェルン、ロウヒーのところに行ってくれるか?」
「…………」
あれ?
ウェルンから返事がない。
ちらっと目だけで確認する。
「うぅ……」
ウェルンは目を回して倒れていた。
えええっ!?
いつの間に……?
もしかして、角男たちが俺に気づかれないように何かしたのか?
「うっ……ツキ」
あ、よかった……ウェルンが目を覚ましたようだ。
しかし、いったい誰がウェルンをこんな目に……
「ミツキさんのバカぁぁぁぁ!!」
「え、俺?」
「あんな速さに耐えられるのは、ミツキさんだけッス!!」
あ……そうか、俺が急降下したときに、気を失ったんだな。
「悪い。
あとで謝るし、お詫びに何でもやってやるから、ロウヒーのこと見てくれるか?」
「もぉ!
約束ッスよ!!」
ウェルンが俺の側を離れていく。
それと同時に、リーゼたちが空から降りてきた。
「まったく、ミツキはせっかちね。
今回はそのおかげで、なんとかなりそうだけど」
リーゼが杖を構える。
ルナも剣と盾を構え、マイアとアイーダはファイティングポーズだ。
「くっ……次から次へと……」
「お、おい……どうするよ?」
角男たちは急に来た援軍に明らかな動揺をしている。
戦わずに捕まえるまであと少しだな。
「降参しろ。
そうしたら悪いようにはしない。
ちょっと話を聞くだけだ」
まあ、そのあと治安部隊には引き渡すわけだが。
その先は俺の知るところじゃない。
俺としては、情報がほしい。
イズンでのストーリーがどこまで進んでいるのかを知るためにな。
俺の呼びかけが効いたのか、角男たちが持っている剣や杖をおろし始める。
それからしゃがみこもうとした、そのときだった。
「──『ソイル・ランス』」
俺たちの背後から岩の槍が飛来し、角男たちに迫った。
「あぶねえ!!」
距離を取った角男たちは何とか槍の直撃は避けたが、足元に突き刺さって砕け散った岩の破片に当たり、うめき声を上げながら、散り散りになって逃げていってしまった。
「待ちなさい!
チッ、一網打尽にできたのに……」
リーゼが低い声でそう呟いたが、それ以上の悪態を吐くことはなかった。
この魔法を放ったのが誰なのかわかったのだろう。
俺たちが振り返ると、折れ曲がった背に黒いローブをまとった白髪の男性が向かってくるところだった。
「お、お父様……」
ロウヒーが口を開く。
ジルド・メルクーリ。
ロウヒーの父親で、イズン三貴族であるメルクーリ家の現当主だ。
「ロウヒー……大事ないな?」
深いしわのある顔からは、しわがれた声が発せられた。
ロウヒーは「はい……」と小さく返すだけだった。
「ご無沙汰しております、メルクーリ
頭を下げるリーゼに、ジルドは怪訝な顔を向けた。
「サタナ……ではないな。
その殊勝な態度、娘のほうか……」
「はい。
旅から戻ってきました」
「旅、とな?
すまんな……ほとんど外には出ないゆえ、同胞の行方にも疎いのだ」
そこまで言った後、ジルドはロウヒーに向き直った。
「戻るぞ。
あとのことは従者に任せよ」
「は、はい……」
「あの!!」
立ち去ろうとするジルドにリーゼは声をかけた。
「この街で悪事を働く商人がおります。
何か、ご存じありませんか?」
「……そのような人物、覚えがないな」
「その者の名はチャントマーと言います」
「ふむ……ふむ?
すまんな、珍しい魔道具を売りに来たなら覚えておるはずなのだが……
記憶にないということは、大したものは扱っておらなかったのだろう」
「では、その商人はこちらで処罰しても構いませんか?」
「悪事を働いたならば仕方なかろう。
外の雑事は、好きにするがよい。
話は終わりだな?
では、戻らせてもらおう」
ジルドは振り返らずに、煙が消えたばかりの館へと戻っていった。
ロウヒーはこちらに一礼したあと、父親を追っていってしまった。
敷地内で角男が暴れていたが、それについては何もないようだ。
すぐに従者がやってきて、後片付けをし始める。
じきに何事もなかったようになるだろう。
「相変わらず、何考えてるのかわからないヤツね」
「さっきのって、ロウヒーちゃんのお父さんなんだよね?」
マイアの疑問に「ええ、そうね」とリーゼは不満たっぷりと言わんばかりに返事をした。
「三貴族でもなければ、すぐにでも引きはがしてやるのに。
昔からロウヒーは、アイツのせいで大変だったんだから……
って、今はそんなこと言ってる場合じゃなかったわ」
リーゼは角男たちが逃げていった方向を睨みつけた。
「さっきのやつら、魔族っぽかったわね」
「ええ。
『魔王軍』の入れ墨はなかったけど、少なくとも人ではない特徴はあったわ」
「声も特徴的だったッス」
ルナとウェルンがリーゼに同調する。
「しかし、魔力の反応は弱かったのだ。
ザコなのだ、アレは」
「アイーダちゃんにとって弱くても、普通の人にとっては脅威だよ」
アイーダとマイアも魔族だと感づいたようだった。
「街にあんなのが入り込んでいるなんて……
一度お父様たちにも相談したほうがよさそうね。
ミツキはそれでいいかしら?」
「俺の許可はいらないだろ。
リーゼがそうしたいなら、そうすればいい」
「……そうね、わかったわ」
リーゼが俺をじっと見て、納得するようにうなずいた。
もしかして、俺がまだ何か知っていると思っているのかも。
あいにくと俺は『ヴレイヴワールド』での知識以上のことは知らない。
観察したところで、リーゼが望むような答えは出てこないだろう。
ただ、ゲームの知識を知っているせいで、さっきのジルドと角男たちの戦いを見て、違和感は覚えた。
あの戦闘は『ヴレイヴワールド』にはないものだったからだ。
そして、思った。
うまく逃がしたな、と。
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